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二刀流

 さて、魔力も尽き果てたのでブランカとの授業はもう終わりかと思ったのだが、次は心霊術の御勉強である。霊体生物である悪魔は心霊術との相性が極めて良いそうなので、これは期待している。まかり間違っても注射は御免だ。・・・なんかトラウマになってるな。


「霊力と心霊術に関する説明は覚えているかしら?」


 えーっと・・・ダメだな。注射の影響で全ての知識が抜け落ちてしまった気がする。 


「霊力というものは魔力と違って、最大霊力量のみが計測されます。これは心霊術が魔法術と違ってその強さがほぼ習熟度に依存するからです。って話よ。」

「ああ、思い出しました。」

「心霊術は習熟度が重要なので、魔法のように何でもかんでも練習していって魔力容量や魔力流速を上昇させる鍛錬を積むわけにはいきません。伸ばしたい術を少数に限定し、それを集中的に磨いていくという方法を取る必要があります。薄く広く学習しようとすると、習得した心霊術が混乱して互いに阻害し合うのも、そうしなければならない理由ですね。なので、心霊術の学習において最初にするべき事は何を習得するかの選択です。」


 ほほう。これは最初が肝心だな。ここで浅い考えで役に立たないスキルを選んでしまったら一生後悔する事になりそうだ。


「全く新しい心霊術を作る事も可能ですが、お勧めしません。私のように膨大な時間を暇で持て余している様な存在ならともかく、生き過ぐ必要のある者は既にその心霊術の概念や構造、訓練法が確立されている物を習得する方が良いです。」

「俺は3年先のハデッサを乗り越えなきゃいけないから、既存の物を学ぶのが絶対条件ってことですね。」

「そういうこと。既存の物もレパートリーはそれなりにあるから心配しなくても良いわよ。」

「で、実際どんなのがあるんです?」

「そうねぇ。いくつか系統があるんだけど。まずは一番種類が多い心系。伝心・読心・操心・交心・幻心・追心・時心・防心・静心・奮心・癒心・威心・添心・・・他になんかあったかしら??」


 うわぁ、めちゃ多いな。前世でコミュ障だった身としては読心、操心あたりに心ひかれるものがあるが。


「因みに、ハデッサの試練を与える敵は私の分離猫兵と同じく疑似生命体だから読心、操心は効果が無いわよ。」


 あ、じゃあ却下ですね。残念。


「次に眼系統ね。過去視・未来視・千里眼・透視・遠隔視。主な物はこんなところかしら。眼系統は人気が高いけど、ハデッサ攻略には一切役立たないっていうので有名よ。だから、非黒石魔の魔児が眼系を取るのは忌避されがちね。透視はステージによっては役立つのだけど・・・。」


 う~む。いわゆる魔眼ってやつか。忘れていた中二心がくすぐられますなぁ。未来視とか便利そうだし欲しいと思ったのだが。一個くらいは習得してみたいのが本音である。


「眼系は成長させるのが大変だから、3年ぽっちじゃ間に合わない所が難点なのよねぇ。」


 うん。諦めよう。


「それから、思考系ね。思考加速・並列思考・思考拡張・記憶拡張の四つが主ね。私としてはこの中から一つは選んでおく方が良いと思うわ。」


 並列思考ってのを役に立つか否かに関係無く、ちょっと体験してみたい。


「後は、知覚系統で、感知・察知・探知・闇知ってのがあるわね。それと、例外的に他の心霊術を阻害しない審査系統の魂審表・覆魂衣・偽魂衣・審査眼・審霊眼あたりもハデッサでは使えないから今は習得する必要無いわ。私が知ってるのは、このくらいかしらねぇ。」

「結構、多くて選ぶのに迷いそうです。」

「そういう場合は、自分にはどういう能力が必要で、どういう能力があれば自分の力を活かせるか考えるのが良いでしょうね。」


 俺に必要な能力か。便利だとか欲しいとかではなく、無いと不味い能力という考え方で見るか。


「ハデッサを越えるためにも、死の運命から逃れるために、その方策を探るには未来視が良いと思ったんですが、3年でなんとかなりませんか?」

「そうねぇ・・・ちょっと私の眼を見てくれるかしら?」

「はい。」


 俺は言われた通りにブランカを仰ぎ見て、その瞳に視線を絡ませる。しばらく、じっとしていたが、ブランカは急に目を瞑ると溜息をついた。


「ええっとね。言いにくいのだけれども、ハクアちゃんは眼系の才能なさそうよ。」

「・・・。」


 そうか、才能が無いのか。じゃあ仕方ないよな。

 べ、別に魔眼に憧れてたわけじゃないんだからね!


「あ、じゃあ、逆に才能がありそうな系統って分かりますか?」

「眼系以外には、あんまり才能とかの影響って無いわねぇ。どちらかというと本人の意志や性格、戦闘スタイルに合わせる方が良いと思うわよ。」

「眼系以外は才能より相性ですか。」

「そうなるわね。」


 俺の戦闘スタイルか。未だスーノ教官の授業を2日しか受けていない。今の段階で論じられるような事があるだろうか。俺はこの二日間を思い返す。レベル1一匹には対処できたが、速さが不足していた。目で追い切れなかった。レベル4一匹は倒したが柔道技が偶然上手く入ったからだ。レベル3が2体4体と数が増えた途端串刺しになった。2日目の1対5の戦闘も第二回戦以外は結局数の暴力に負けてボコボコにされたのだ。剣技だけをもって複数の敵に対処するのには心もとない感じがある。だから対複数戦闘用のスキルが欲しい所だ。そして、俺の戦闘スタイルだがスーノ教官も指摘した通り頭でっかちなのである。思考の時間が動作の合間合間に入ってしまい、それが積み重なって絶好のタイミングを失してしまった2日目の第三回戦を思い出す。


 俺が以上の事をブランカにも相談してみると、ブランカは思考加速・並列思考・察知の三つを取るように勧めてくる。


「因みに、私が魔児だった時に最初に選んだのは、察知・並列思考・思考拡張だったわね。」

「思考加速では無く、思考拡張を選んだのは何故ですか?」

「私の場合は、元から敏捷さの素地があったんだけど、お頭の方に自信が無くて。それで、加速では無く、拡張の方を選んだのよ。」


 計算問題で例えてみる。思考加速は時間制限5秒の2ケタの掛け算の暗算問題を50秒かけて解いて良いよと言われる様な感じで、思考拡張は10ケタの掛け算の暗算問題を紙にメモりながら解いて良いよと言われる感じである。思考加速は思考に費やせる時間が増えるので解き切る能力さえあれば有用である。逆に、俺の頭じゃ、10分与えられても10ケタ同士の掛け算を暗算では正解出来ないから、後者の問題では思考加速が使えるよりは思考拡張が使える方が有用である。


 うむむ。思考拡張も取りたい。


「4つ取っちゃ駄目ですか?」

「ダメじゃないけど、効率が急激に落ちるわね。一つだけの習得を頑張った時に100%達成出来るとして比較すると、2つならそれぞれ90%、3つならそれぞれ80%ってくらいなんだけどね。4つになるとそれぞれ40%くらいの達成率になっちゃうのよねぇ。5つだと20%くらいだったかしら。物好きな連中が検証して出した数字だけど。」


 確かに、それだと総合的な数値を考えた場合は3つ取るのが最善か。


「そうすると、ハデッサを越えた後も新しい心霊術を習得しようとするのは不味いですか?」

「やり方によるかしら。例えば、審査系統は阻害を発生させないし。おおよその時間を知れるだけで良いなら時心を習熟度1で習得して放っておくって手を使えば、阻害効果は著しく軽減されるし。だから、大体の悪魔は魔児の時に3つ習得して、ハデッサを越えたら審査系統を全部と他に2つくらい補助的な心霊術を低習熟度で習得する感じね。もっとも、こんな事が出来るのは心霊適性が非常に高い悪魔という種族ならではだけど。」


 3つしか取れないではなく、悪魔だから生まれたばかりでも、3つも習得できるというのが正しい表現らしい。


「ブランカさんは補助に何を取ったんですか?」

「探知と時心よ。」

「あまり、戦闘では使えそうにないですが。」

「悪魔だって年がら年中、ハクアちゃんが昨日、一昨日過ごしたような生活を続けているわけではないのよ。階級が低いうちはそういう側面が否定できないけれど。逆に階級が上がれば余裕が出てくるし、むしろ戦闘力だけがあっても役に立たない場面にも会う事が多くなるでしょうね。私の場合は地上で生活している内に必要だと感じたから学習したって面が強いかしら。」

「なるほど。」




 俺は、結局ブランカに勧められた通り、思考加速・並列思考・察知の三つを取ることにした。


「それじゃ、早速訓練しましょう!」


 心霊術の訓練も中々に大変だった。まず訓練中は常時霊力を活性化させて自分の意志に合わせて脳細胞へ繋げておかねばならない。尤も、イメージでの話だが。悪魔には脳細胞とか無いからね。あれ? じゃあ、今俺はどうやって思考しているんだ? 霊体生物の神秘である。


 で、その状態で三つの訓練をすることになる。一つ目は思考加速で、計算訓練だった。ただし、ブランカが触手でゆっくり?(少なくともブランカ本人はゆっくりと主張していた。)攻撃して来て、それを回避しながら触手に描かれている数字の合計値を計算しないといけない。もし合計値が7で割って4余る数の時は、左右から瞬時に挟みこむ様な攻撃が来るので即座に地面に伏せないとペシャンコにされる。というか、何度もペシャンコにされた。


 二つ目は並列思考である。始めは簡単な物だった。空中に右手で四角形を描きながら、左手で五芒星を描くのである。簡単とは言ったが、何度か描き間違えた。更にブランカが触手で攻撃してくるのを回避する事までやらされた。因みに、描き損ねると一つ目同様左右から挟み込み攻撃が飛んでくる。この訓練も酷い有様だった。


 三つ目は察知である。これは前の二つより更に酷かった。いきなり目隠しをされて戸惑っていると、気配を察知して攻撃を避けなさいと意味不明な事を言われた。当然だが、ひたすらタコ殴りにされた。



~~~~~



「よお。調子はどうだ? 御二人さん。」


 スーノ教官が現れたのは、三つの訓練を一通り体験した後に俺が湖畔の白砂の上に倒れ伏してから少ししてからだった。俺は首だけ動かしてスーノ教官を見上げる。なんだか嬉しそうに笑っている。この人の笑顔はどんな風に笑っていても嫌な予感しかさせないので困る。


「そうねぇ。まだ初回だからハクアちゃんも苦労してるけど、見込みはあったわよ。」


 見込みねぇ。俺はペシャンコにされた記憶しかないので、ブランカの台詞が御世辞の類に聞こえる。


「んで、心霊術は何を選んだ?」

「思考加速と並列思考と察知です。」

「おいおい。なんだか雑魚敵用に揃えたみたいな能力だな。単体の強敵と戦えんのか? いや、それを戦えるように鍛錬地獄に放り込むのが吾輩の仕事か。ふっふっふ。楽しみだ。興奮する。」

「・・・。」


 きっと、客観的に見れば感謝すべき場面なんだろう。有難いと感じるべきなんだろう。俺の生存率を上げるために、俺をワザワザ鍛錬地獄とやらに放り込んで下さるのだからな。

 こいつ、心臓発作とかでいきなり死んでくれないかな。


 俺の敵意に満ちた目を見て、スーノ教官は何を思ったか、ニンマリしながら髭をなでつける。


「マダマダやる気がありそうじゃないか。よし、今から俺の授業を開始する。時は金なり。少年老い易く学成り難し。1スルたりとも時間は無駄に出来ん。」

「えっ。ちょっと、待っ――。」

「ブランカ、レベル7を5体頼む。」


 俺の抗議の声は無視された。ブランカの触手の先から5体の猫兵が誕生する。魔児用の練習兵であるためか背は低い。まあ、それでも俺よりは高いわけだが。全員軽そうな革の鎧を身に付け、両刃の大剣で武装している。このままここに寝そべっていてもアイツらは間違いなく進撃してくるだろう。疑似生物の猫兵には寝ころんだままの奴を攻撃するのは気が引けるなんて感情や判断は有りはしないのだ。俺は霊的かつ魔力的にも疲弊しきった体に鞭打って起き上がる。フラフラする体を意志で支えながら、敵集団の持つ大剣を見る。それなりに重量がありそうだ。

 あれ? そう言えば、俺手ぶらだけど。まさか丸腰であれと戦えなんて言うのか?


 一瞬焦ったものの流石にそれは無いようで安心した。

 俺の足元にスーノ教官がレイピアを放って寄越したのだった。長さは1mよりは短そうだ。


 結局、俺のメイン武器はレイピアに決ったのか。


 そう思った所、再びスーノ教官が俺の足元に何かを放り投げる。

 長さ30㎝ほどの一本の西洋短剣であった。


「これは、ソードブレイカー?」 


 ソードブレイカーと言うと、盾の名前として使っていた漫画作品があったりもするが、歴とした短剣である。俺は別に剣に詳しい方では無いが、俺の足元にある剣は独特な形状をしているのでおそらく分類上近いものだろう。剣の刃と握りの間に鍔がついているのだが、そこから十手の分岐のような形で左右両側で前方に鍔が伸びている。剣の刃は片側が櫛の歯が並んでいる様な形状だ。先端部分は刺突武器として使えるように針が突き出ている様な尖り具合である。

 |剣≪ソード≫を|破壊≪ブレイク≫するもの。ソードブレイカー。敵の剣を絡め取り、折ったり削ったりする目的の防御を目的とする剣である。攻めの為のメイン武器を利き手に持ち、反対側の手で受けの為の剣を持つ。そういう戦闘スタイルを勘案してつくられている。


「さっさと、持って構えろ。吾輩はオマエと二刀流の相性を検証せねばならんからな。」


 俺はスーノ教官に促されるまま、右手にレイピアを。左手にソードブレイカーを持つ。持った所までは良いが、構えろと言われてもどうすればいいか分からない。何も習っていないのだから。まあ、レイピアは刺突武器なんで真っ直ぐ前に突き出す構えにすれば良いんだろうけど。ソードブレイカーは盾の代りだから盾を構えるだろう場所に構えるか。体の向きはどうしよう。右半身を前に出す? それとも、中心線を正面に持ってくる? 姿勢ってどうしたらいいんだろう?


「お~い。もう始まってんぞ。待つ態勢なんか考えてねえーで、自分から突っ込んでいけよ。それと、レベル7はレベル4に剣を持たせたナンチャッテ剣士と違って、始めから剣士として作られているから速いぞ。」


 俺が今更な悩みに囚われているとスーノ教官に注意を促される。見れば、レベル7の猫兵が5体こちらに向かって、走ってくる。今までは接敵まで時間的余裕があったのだが、そんな暇など与えてはくれないらしい。このままボケっとしていたら囲まれて首チョンパである。俺は急いで走りだす。右端にいる奴へと駆け寄り、突っ込む。敵は俺を一刀両断せんと大剣を振りかざして水平に左から薙ぎ払おうとする。しかし、その動作が大きい為、俺は剣の軌道上に左手を突き入れてソードブレイカーで受け止めた。が、敵は両手で握る大剣を振るっているのである。剣速は著しく遅くなろうとも、直ぐに押し負けて此方が跳ね飛ばされるだろう。ただ、それでも問題無い。その僅かな剣速の遅れがあれば充分な時間である。俺のレイピアは既にして敵の鎧などに覆われずに露出している喉元に突き刺さっていた。瞬時にレイピアを引き抜くと同時に、未だ威力を失わずにいた大剣から与えられた運動エネルギーに乗って、吹き飛ばされるようにして右側へと跳ぶ。ちょっと、態勢を崩しかけていた俺に2匹目の敵が剣を振り上げながら駆けこんでくる。

 来るの速過ぎだろう。

 俺は慌てて重心を落としてしっかりと踏ん張ると、敵の剣の軌道上にソードブレイカーを挿し込むように振りあげる。


「あっ。」


 敵の剣を絡め取ったはずの俺のソードブレイカーだが、大剣に乗った速度と重さに喰われて右へと流されていってしまう。慌てて手首を捻って短剣を逃がすと、地面に屈みこむようにして大剣を回避した。

 今のは何が問題だった? 使い方を間違えたか? いや、防御として敵の剣を防ぐという目的に沿っていた。運用方法に問題があるのか。あるいは、6歳児体型の俺は通常の使用方法以上の工夫が必要なのか? 尤も、通常の使用方法でさえよく知らんがな。

 俺はそんな事を考えながらも、大剣を振り切り技後硬直に陥った敵に地面から跳び上がるようにしてレイピアを喉に突き刺した。

 2体目が倒れ伏すと、すぐさま3体目のお出ましである。俺は上段から振り下ろされる剣にソードブレイカーを受け止めるのではなく、添える様に擦りつけ回避時間を稼ぎながら、右側へと半身をずらす。俺の左側をスレスレで通過していく。いや、ちょっと掠った。左足の小指と薬指を斬り落とされた。俺はカウンターでレイピアを敵の喉に突き刺す方に集中してしまっていた為に回避が疎かになっていたのだろう。


「ぐっ。」


 痛みを堪えて踏ん張る。傷口が痛む。血が出ていないのは、霊体生物の妙である。


 さて、足の指を斬られたのは痛かったが、現状もっと不味い事態が発生していた。3体と戦うだけの時間があったのだ、当然だが他の猫兵はその間も移動する。しかも、レベル4と違って脚の速いレベル7だ。

 俺は2体に左右から挟まれていた。

 さてさて、どうしたものやら。各個撃破が正解だろうが、一方を攻撃するために向き直れば、当然他方へ背を見せる事に為る。後ろから串刺しにしてくれと頼む様なものだ。なので、何とか挟み込みだけは回避したい。俺は後方へと跳躍する。挟みこまれる形よりは三角形の頂点を象らせる方が良い。そう思ったのだが、2体の猫兵は難なく俺の移動速度に付いてきた。俺が着地地点で態勢を整えた頃には既に2体も俺を再び挟み込む位置に来ていた。

 これは頗るやっかいである。

 確かに脚は速いが、レベル4の筋肉猫兵と比べて剣速はちょっと速くなっている程度かなと思ったので、打ち合っている瞬間はそこまで危機意識は無かったのだが。考えてみれば、昨日の2回戦で完勝出来たのは位置取りが最後まで俺のやりたいように都合良くいったからだった。つまり、一対五と言いつつ、一対一を五回繰り返していただけだ。


 俺は左右にそれぞれレイピアとソードブレイカーを下段に構えながら対処法を思案する。どうしたものか。俺はチラリとスーノ教官を横眼で見る。ニンマリとした笑顔で俺がどうするのかを観察していた。複数戦闘の極意の授業を突然始めてくれるなんて奇跡は起こりそうにない。というか、たぶんこの人は俺が自分自身で答えに辿り着くまで延々と大量の猫兵に俺を囲ませて殺させ続けるのだろう。


 迷っているうちに2体の猫剣士はジリジリとにじり寄って来る。同時攻撃のタイミングを合わせるために出来るだけ俺の傍まで来ておこうという算段なのか。すっと、両者が剣をそれぞれ右斜め上に構え上げる。俺は左右から袈裟掛けに斬られる事になるだろう。前後に回避しようとしても、どちらかの剣は俺を追い掛けてくることが出来る。となると、どちらか一方の懐に飛び込むしかないわけだが。


 両者の剣が掲げられ最高点に達した時、俺は自分の左側、即ちソードブレイカーを構えている側の猫剣士の懐に飛び込んだ。ただし、蟹のように横向きのままで。そして、慌てて振り下ろそうとする大剣にソードブレイカーを突き入れる。遠心力が乗った大剣は確かに重過ぎて止められない。しかし、動き出し始めたばかりの剣なら、それは剣の重量しか乗っていない。あとは敵の腕力だけである。レベル7の腕力もレベル4よりは低いが、それなりにある。時間が経てば当然押し負けるだろう。ただ、俺が欲しい一瞬の均衡が得られればそれで良い。

 そして、俺はそのまま悠長に目の前の敵の喉にレイピアを突き立てるなんて事はせず、その猫剣士の体の右側をクルリと回って背後に逃げた後で反応できていなかった敵の後ろから首筋に刃を突き立てることに成功する。敵の肩越しにもう一体を見ると俺が先程までいた所で剣を空振りした後だった。

 そして、残った一体を左足の痛みを我慢しながら何とか倒すと、その場にぶっ倒れた。体が熱い。風邪を引いたときの様なダルさに襲われる。


「殲滅クリアだな。お疲れさん。思っていたより相性は良さそうだな。」

「流石に、今日は無理させちゃったかしら。ハクアちゃん。熱が出てるわね。」


 ブランカのひんやりした触手が俺の額に触れる。気持ち良い。


 俺はそれから、ブランカに巣へと運び込まれた。

 フカフカモコモコの感触に囲まれて俺は知らぬ間に眠りに落ちていた。

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