4-2薄闇につつまれて
リタ国と戦争が始まってから数週間。戦況は思わしくなかった。
敵はこの侵略を綿密に計画していたようで、対魔力兵との戦いに慣れているうえ、事前に最新兵器を準備していた。
(オスカー様……)
リリアナは一人、執務室でため息をつく。
オスカーは連日軍議や手配に追われ、寝る間も惜しんでいた。彼の魔力を主とした結界も、そのうち限界がくるだろう。
そうなれば――
リリアナは、歌が持つリゾナヴォイスで、魔力兵の力を増幅させることを提案したが、オスカーは激しく反対した。
「リリアナの存在が知られたら、争いが激化する」
そう言われては、何も返せなかった。
おまけにリリアナの母国、カンタレアからは援軍を断られていた。
「明らかに国際法に違法した侵略よ……それなのになぜ、カンタレア国王は手を貸してくださらないのかしら……」
噂では、カンタレア国内の重臣たちの意見が合わないということだったが、国王から正式な回答はなかった。
ぼんやりしていると、持ったペンからインクがぽたりと落ち、書類に落ちた。
白い紙に滲んでいく黒が、まるで血溜まりのように見えて、目が離せない――
そのとき、外の鳥が一斉に鳴き出した。
ギャアギャアと異変を告げる声に、リリアナは思わず椅子から立ち上がる。
トントン――
ドアの外で声がした。
「王妃様、緊急の伝令が――」
緊迫した声に、リリアナは急いでドアを開ける。
そこには顔を隠した男が二人、音もなく立っていた。
あっと思う間もなく布で口を塞がれ、ツンとした薬品の匂いが鼻を刺した。
「……っ!」
思いきり男の手に噛みつく。男が小さく悲鳴を上げ、手を離した。
「誰か――」
叫ぼうとした瞬間、腹部に鈍い痛みが走る。
視界が暗転し、床が遠のいた。
リリアナの意識は、そのまま闇に沈んだ。
◇
意識が戻る。椅子に座らされているようだ。
目を開けても布で覆われ何も見えない。後ろ手に縛られた部分に縄が食い込んでいた。
誰かが近づいてくる気配がしてふっと、視界がひらけた。
光に目が眩む。
(ここは、どこ……?)
徐々に慣れてきた目に映ったのは、整然と並ぶ十人ほどの近衛兵。
正面の玉座に一人の男が座っている。
深緑の軍服にマントをまとい、鋭い瞳でこちらを値踏みするように見つめている。
——リタ六世。敵国の王。
「……私をどうするおつもりですか?」
国王は精悍な顔立ちにたくわえた顎ひげを指でなぞる。
「無論、オスカー王の弱点としてここに連れてきたのだ」
どくんと跳ねる心臓を落ち着けようと、リリアナは細く息を吐きだした。
「王とは愛のない政略結婚。私を人質になさるおつもりなら無駄足というもの」
それを聞くとリタ国王はぴくりと眉を動かし、ゆっくりと王座から立ち上がった。
一段高いところから、睨めつけるようにリリアナを刺す。
「ならば――今この場で斬る」
突然の宣言に、周りの近衛兵たちがどよめく。
国王は一歩、また一歩と近づいてくる。
先ほどまでの薄ら笑いは消えており、リリアナは眉間のあたりがびりびり痺れるような殺気を感じた。
――殺される
国王は剣を鞘から引き抜き、縄を切る。
縛られていたものが解け、圧迫されていた部分がじんと痺れた。
震える身体をなんとかコントロールし、リリアナは静かに床に跪く。
――エルジオ王妃の名に恥じない最期にしなければ。自分にそれができるだろうか。
彼の気高さに縋るように、胸にあるロザリオを両手で押さえる。
目を閉じ、こうべを垂れた。
ひゅん——
剣が耳のすぐ横を切り裂くような音がした。
顔を上げると、剣を下げた無表情な国王がいた。
「オスカーがお前に夢中なことくらい、とうに分かっている。
大事な駒を、やすやす捨てるわけがあるまい」
近衛兵に腕を引き上げられたリリアナに、国王は淡々と言う。
「それに――エルジオ城の情報をくれたお前の父には、感謝せねばな」
身の毛がよだつ。
(まさか……父が? だから援軍もくださらないの……?)
近衛兵がリリアナに言う。
「こちらへ」
丁寧な言葉とは裏腹に、腕は容赦なく掴まれている。
敵の手の中にあるという事実が、静かに現実を突きつけた。
ラスト5話です♪




