3-7 赤い瞳に恋してる ※注意書きあり
※身体的接触や心理的圧迫を伴う緊張感のあるシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
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その日の夜、リリアナはそっと部屋を抜け出した。
薄闇に紛れ、庭の角を曲がると――
「ユリウス」
小声で呼びかけると、ユリウスも黙って頷く。その手には隠し書庫の鍵が握られていた。
リリアナはわずかに胸が軋んだ。
彼にオスカーを裏切らせてしまった。
それを察したように、ユリウスは首を振る。
「きっとこの真実が、オスカー様を救うと信じています……さぁ、参りましょう」
隠し書庫は王宮の奥にあった。王以外入ることが許されない場所。重厚な扉は、薄く霧がかかっている。
ユリウスが鍵を差し込むと、かすかな金属音が響く。城のどこかで、見回りの兵の足音が反響しているようにも思え、リリアナは思わず息を詰めた。
「――開きます」
小さく告げて、ユリウスがゆっくりと扉を押す。
扉は、静かに、まるで二人を招き入れるかのように内側へと開いていった。
古い紙の匂いが、空気にのって流れ出す。
中は薄暗く、ユリウスが持つ摩鉱石の光を頼りに二人は歩く。
やがて、天井まで本がぎっしり詰まった本棚が見えた。
ユリウスが息をつき、背表紙を照らす。
「この辺りでしょうか……リリアナ様?」
リリアナは、中央付近の一際古びた本棚の前で足を止める。
見覚えのある背表紙――
リリアナは導かれるように本棚へと手を伸ばした。
「やっぱり……」
「この本が何か?」
「ええ、図書館で見つけた本の片割れよ。
音楽がエルジオの礎になると書かれていて――でも、その先は意図的に破かれていたの」
リリアナは持ってきていた本を取り出す。
破かれたページはぴたりと一致した。
ユリウスが摩鉱石を近付けると、文字がよく見える。
リリアナは、"共鳴のアリア(歌姫)"という文字に目を止めた。
「共鳴のアリア……魔力とは別種の"リゾナヴォイス"と呼ばれる力で国を守った……。
でも、その力を恐れた貴族の声が大きくなり……」
口をつぐんだリリアナに代わり、ユリウスが本を見る。
「国に多大な貢献をしたアリアを……処刑したんですね……。
そして、その後王家は都合の悪い歴史を隠し、エルジオ国から音が消えた……と」
ユリウスは一度息をつく。
「リゾナヴォイス――あの時……僕が石に与えた光の魔力が、リリアナ様の歌に共鳴して強まったんですね」
その時、扉の方で音がした。
二人は摩鉱石の光を消し、咄嗟に本棚に身を隠す。
足音が近づいてくる――
音は机の前で止まった。
片付ける暇のなかった本。ここに忍び込んだことはバレているだろう。
リリアナは、その主が誰か分かっていた。
「いるんだろう――リリアナ」
いけないというように首を振るユリウスの手を払い除け、リリアナは本棚から踏み出した。
そこには、今最も会いたくない人物がいた――
「オスカー様……」
摩鉱石の灯りにゆらりと照らされた彼の顔は、ひどく無機質だった。
陶器の人形のような顔で近づいてくる。
「オスカー様! おやめください!」
ユリウスはリリアナを庇うように立ち塞がるが、オスカーは何も言わぬまま、さらに距離を詰める。
オスカーの双眼は、声を奪われた時のように赤く染まっている。その色に、ユリウスは石のように動けなくなっていた。
近くまで来たオスカーの手が伸び、リリアナの頬に触れた。
冷たい手――
背筋がぞくりと震える。
恐怖からではない。
血のような真紅の瞳が美しくて、悲しくて、その視線に翻弄される。
それとも、これもオスカーの魔力のせいなのか。リリアナはもうどちらでも良かった。
気付けば、自分からオスカーに腕を回しキスをしていた。
彼は驚いたように目を見開くが、リリアナは構わず何度も口付けた。
――なぜこんなことをしたのか分からなかった。自分に出来る最後の抵抗を試みたのだろうか。
頭が痺れそうなほどの恐怖に縛られているのに、彼から目を逸らせない。
力尽きたようにオスカーから腕を離した時、リリアナの目からは涙が溢れ、手足の先まで冷たく震えていた。
苦悩に歪んだ顔を見せたオスカーは、リリアナを壊れるほど強く抱きしめた。
「わかってくれ――」
己の罪を悔いるような――どうしても手放せないという声だった。




