第11話 光の魔法
王都を出て49日目、早朝、フレデリクは目覚めた。
彼は上体を起こして周りを見た。
部屋の窓が仄かに明るい。
隣の寝台でヘンダールが眠っていた。
ここは宿屋だろう。
身体が重かったが、特に異常はなさそうだった。
夢を見たが、全く覚えていなかった。
何やら懐かしい感覚だけが残っていた。
彼は寝台から離れ、窓辺に近づいて外を見た。
夜明けだった。
「フレデリク、体調はどうかね?」
ヘンダールが起き上がって、声をかけた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「それなら良かった。姫様も喜ばれることだろう」
「クレスティアは無事ですか?」
「ああ、姫様は大丈夫だ。フレデリクが倒れてから、少し塞ぎ込んでいるがね」
フレデリクは安堵した。自分の役割を果たせたのだ。
「ここはラッカムの宿だ。ゆっくりと休養しなさい」
◇ ◇ ◇
扉を小さく叩く音がした。
「ヘンダール公、入っても良いかしら?」
「どうぞ」
扉が開き、クレスティアとグレイスが部屋に入ってきた。
「おはようございます」
ヘンダールが挨拶したが、寝台に座っていたフレデリクを見つけたクレスティアには聞こえていなかった。
「フレデリク!」
クレスティアは部屋に飛び込んでくると、フレデリクに抱きついた。
「ああ、良かった!目覚めたのね!具合はどう?」
「大丈夫だよ。クレスティアは元気そうだ」
「あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
クレスティアはフレデリクから離れ、少し恥ずかしそうだった。
「どこかおかしいところはない?」
「身体が少しだるいかな。でも問題ないよ」
「ありがとう。私を守ってくれて」
「とにかくクレスティアが無事で良かった。ルーヌンの剣のおかげだよ」
「いいえ。あなたが守ってくれたのよ。我が守護者フレデリク」
◇ ◇ ◇
王都を出て54日目、王女一行は街道を進んでいたが、三叉路に来た。
「ここから主街道は北西に延びていて、闇の国ヴァーランに近づくことになります。我々は南西への街道を進みましょう。バレリ王国までの距離に違いはありません。ただ、宿場町が少ないです」
「構わないわ。ヘンダール公に従います」
「野営でもフレデリク殿の料理をいただける楽しみがありますし」
「実は食材が多くないんだよ。町がなければ、狩りが必要になるかも」
「え?狩りをするの?」
「そうだね。まあ、何とかなるよ。最悪、保存食もあるし」
「保存食は避けたいです」
「どうして?」
「はっきり言って不味いからです」
「ふーん。どんなものか気になるわ」
「姫様が召し上がるようなものではありません。本当に侘しくなります」
グレイスは悲しそうな顔で言った。
「じゃあ、グレイスもフレデリクの狩りに加わるのね?」
「あ、え、私は弓が不得手なので・・・ フレデリク殿の荷物持ちとして」
「荷物持ち?」
二人の様子を見ていたフレデリクは無意識に顔をほころばせた。
ふと、自分が穏やかな気持ちであることに気づいた。
俺は国も家も家族さえも無くした。
でも、この連中には、そうならないで欲しい。
◇ ◇ ◇
辺りに民家がなく、荒野が広がる街道沿いで、王女一行は簡単な昼食を終えて寛いでいた。
「さて、私はこの指輪で光の魔法を試してみるわ」
クレスティアは言った。
「光の魔法?」
フレデリクが尋ねた。
「フレデリクには話をしていなかったわね。あなたが眠っていた時にフィディス様が宿に来られて、精霊に貰った指輪について教えてもらったの。光の魔力があって、私でも使えると伺ったのよ」
「光の魔法とはクレスティアが使う魔法とは違うのか?」
「ええ。光の魔法はラヴェンにしか使えない。フィディス様は闇に抗う戦いの魔力だと言っていたわ。でも、この指輪にはその力があるの」
「それは凄い。正に、君に必要なものだな」
「ええ。その通り」
「さて、まずは・・・」
クレスティアは周りを見渡し、50mほど先に大きな岩を見つけた。
指輪をした右腕を岩に向けると、魔法を発現させた。彼女の手から飛んだ青白い光の矢が岩に当たると、爆ぜた音と共に岩が砕け散った。
「姫様がまるで上古人のようです」
グレイスは目を丸くして言った。
「凄い。これならヴァルシフも倒せる」
フレデリクも驚いて言った。
クレスティアは前回よりも威力を込めて、もう一度、光の矢を岩に向って放った。
光の矢は尾を引いたが、塵のような氷の粒が現れてすぐに消えたためだと彼女は気づいた。破壊されたあとの岩にも微かに霜があり、近くの草が色を変えて萎れていた。
この光は冷たいのね。
とても強い力なのに私の魔力を消耗しない。
この指輪自体に潜む魔力が使われているよう。
一方で、クレスティアは、自分の中にある魔力とは別の何かが変化したような気がした。それが何かは彼女には分からなかった。
フレデリクは魔法を発現させるクレスティアを見ていたが、彼女の表情の中に冷たいものを感じ、彼女の快活な気質が失われたように思えた。
彼は、これまでにも増して、魔力と言う未知への恐れを抱いた。
「グレイス、ちょっとお願い」
「はい。何でしょう」
「私に向って剣を打ち込んでくれる?」
「はい?」
クレスティアは右手を前に出して魔法を発現させた。すると、青白い光で形作られた丸い盾が現れた。
「グレイス、この盾に打ち込んでみて」
「は、はい」
グレイスは剣を振りかぶり、ゆっくりと振り下ろしたが、光の盾に弾かれた。
「硬いです」
「グレイス、本気でやってくれる?」
「大丈夫なのですか?」
「いいわ。さあ」
グレイスは踏み込んで全力で打ち込んだ。剣は盾に弾かれ、盾は微動だにしなかった。
「硬くて、とても重いものに当たったかのようです。剣が壊れそうです」
「普通の盾なら剣の重さに押されるはずなのに」
フレデリクは言った。
「私には何も感じないわ」
クレスティアは光の盾を消した。
クレスティアは再び魔法を発動した。今度は幅が5mほどの半円状の巨大な光の盾が現れた。
「これはどうかしら。グレイス、お願い」
グレイスが剣を打ち込んだが、先ほどと同じだった。
「これなら四人を守れそうね」
三人は驚きを隠せなかった。
「上古人が成せる魔法とは恐ろしいものですな」
「こんな魔法の盾があるなんて・・・ 私は従騎士を解任されてしまう」
グレイスは真顔で言った。
「グレイス、何を言うの。そんな訳ないでしょう」
クレスティアは笑いながら言った。
フレデリクとヘンダールも笑いを押さえ切れなかった。
「盾の大きさを変えられるのですね?」
ヘンダールが尋ねた。
「ええ。できるわ」
「この盾は視界を遮らないところが良いですな。これなら敵の動きが見える」
「ヘンダールさんの言う通りですね。普通の盾にはあり得ない利点です」
フレデリクは言った。
「でも、暗黒の騎士と戦えるとは到底思えない。時間稼ぎにしかならないでしょうね。上古人と私では力の差があり過ぎる」
「姫様は既に人を超えておられますが、半神のような種族に及ばないのは当然です。時間を稼いで、逃げて、上古人に守ってもらいましょう」
そうだ。
クレスティアはフィディスとの音のない会話を思い出した。
指輪をした右手を自分の胸に当てた。
グレイス、聞こえる?
グレイス?
彼女はグレイスの様子を盗み見た。自分の方を見ているが無表情だった。
やっぱり駄目か。光の魔法ではないのね。
「さて、私のために時間を使ってしまったわ。そろそろ出発しましょう」
一行は馬と荷馬車に乗り込み、南西へ向かう街道を進んだ。
「ヘンダールさん、今日は野営ですか?」
「そうだな・・・ ああ、思い出した。確か、この先に宿場町があった」
「それなら良かった。食材を買い込みましょう」
「ああ、そうしよう。少し急ぐとするか」
「ヘンダールさん、狩りをするなら、この辺りにどんな獲物がいますか?」
「森の中なら、うさぎ、鹿、豚、猪だな。あと、水辺があれば水鳥というところだ」
「なるほど。西の大地と変わりませんね」
「魔物は当然だが、熊と狼には遭遇したくないな。熊はしぶといし、狼は群れていると厄介だ」
「そこも同じです。まあ、狩りは時間も体力も使うし、捌くのも面倒ですから、町で食材を買うのが一番です」
「フレデリクは狩りもできるのだったな。本当に君は影士のようだ。国に戻ったら、私のところに来て欲しい」
フレデリクはその言葉に少し驚いた。
「・・・ありがとうございます」
「自分の居場所をどうするかは、まだまだ分かりませんが、クレスファルスなら働き口があると言うことですね」
「ああ。大歓迎だ」
いや待てよ。フレデリクが国に戻ったら一介の影士では済まないな。
ヘンダールはしばらく無言で考えていた。
守護者としての役目を終えたあと、自分はどうしたいのか。俺が落ち着ける居場所なんてあるのだろうか。
フレデリクも無言のまま、答えのない問いを頭で巡らせていた。
《挿絵》 クレスティア




