第10話 指輪の力
クレスティアは商家の娘のような普段着で、装飾とは呼べそうもない銀の腕輪を身に纏っているだけだったが、整った容姿と立ち振る舞いは王家の者以外の何者でもなかった。
ファイレ共和国の二人の閣僚はクレスティアに深く頭を下げて自身の名を告げた。クレスティアも挨拶を返した。二人は昨日の礼を述べた。
「首都ラッカムは素晴らしい都市ですね。エルノールとの交易の重要な拠点として発展し、また、闇からの侵攻を防ぐ拠点としても、堅牢な防壁を維持され、充実した戦力をお持ちだと聞いております。この度、私共は安心して滞在させてもらっています」
クレスティアは言った。
「恐れ入ります。王女殿下。こちらでのご滞在で何かご不便はございませんか? もしよろしければ、国の迎賓館か直轄の旅荘をご利用いただけたら光栄でございます」
モーウェンは言った。
「ご高配に感謝いたします。私共は秘匿の旅の途中ゆえ、またの機会と致しましょう」
「ところで、ファイレ国での闇の動きについてお聞かせ願いたい。昨日のような襲撃や侵攻が起きておりませんか?」
ヘンダールは尋ねた。
「はい。今のところ、さほど深刻ではありません。街道から北側の地にオークの軍勢の陣がいくつか見つかっています。村や町への襲撃は、ここ半月で散発しておりますが、主要な拠点に部隊を駐留させているところです。昨日の襲撃は虚を突かれました。さらに警戒を厳にするつもりです」
ベルンは答えた。
「幽鬼ヴァルシフや暗黒の騎士の動きはいかがですかな?」
ヘンダールはさらに尋ねた。
「残念ながら、我々は掴んでおりません。奴らは神出鬼没と聞き及んでいます。一方で、我が国に上古人が現れたのは約50年ぶりです。皆様とはお知り合いなのですか?」
「いえ、たまたまです。闇の攻撃で負傷した者を治療してくれたのです。上古人が現れたと言うことは闇の侵攻があると言うこと。十分に備えられよ」
「やはりそうですか。軍の布陣を再考したいと思います」
「どうか貴国の人々を守ってあげてください」
◇ ◇ ◇
ファイレ国の二人の閣僚は王女一行が泊っている宿屋をあとにした。
帰りの馬車の中でモーウェンとベルンが話をしていた。
「あの一行はバレリ王国に行くと言っていたが、目的が気になるな。まあ、分かったところで、オレアールの我が国に関係するとは思えんがね」
モーウェンは言った。
「そうですね。しかし、ほとんど護衛も付けず、秘かに王女と公爵が自らバレリ王国へ行くとは驚きです。何かあるのは間違いないですな」
ベルンは言った。
「それに、あの王女は成人したばかりだぞ。あれがクレスファルス王家というものか。その上、魔法使いだと言うではないか」
「はい。もしも手出ししようものなら、指先一つで焼き殺されますよ」
「あるいは、ヘンダール公爵の一言で暗殺されるかだな」
「冗談はさて置き、財政を圧迫するのは承知の上ですが、守りを固めるため、更に兵を増員しますので、ご理解を」
「そうだな。国を失う訳にはいかんからな。闇との大戦は200年ぶりか・・・」
◇ ◇ ◇
「ヘンダール公、少し時間をもらえますか。グレイス、先に部屋に戻ってくれるかしら」
ファイレ国の閣僚が去ったあと、クレスティアは言った。
「フレデリク以外にも何か気がかりがありそうなご様子ですね」
「・・・」
クレスティアの表情は曇っていた。
「私は、これからもずっとクレスファルスを守りたい。お父様やお爺様、これまでの王家の者が守ってきたように」
「そのためには私の中の呪いを解く必要があります。でも、同時に、闇に命を狙われている。おかげで皆に守られ、挙句に、一人の影士を失い、フレデリクに痛手を負わしている」
「守りたいのに、ずっと守られてばかり。私は自立できていない」
「でも、どうすれば良いか分からないの」
クレスティアはヘンダールに心の内を晒した。
「私はこの先短い老体ではありますが、死ぬまで、いや、死してもなお、姫様を心から敬愛し、お守り続けたいと思っております」
「ヘンダール公、話が見えないわ」
「失礼。脈絡がありませんでしたね。では、私から申し上げるとすれば・・・姫様はご自分を俯瞰できていないだけです」
「俯瞰できていない・・・」
「はい」
「更に申し上げると、どんな形であれ、誰もが誰かに頼って生きています。一人ですべてを解決することなどできないのです」
「でも、ヘンダール公は自立しているのでは?」
「私は背負う荷物が少ないだけです。それに、私は姫様の存在そのものに支えられています」
「ありがとう。もう少し考えてみます。今は答えが見つからない」
「あまり考え過ぎない方がよろしいかと」
ヘンダールは笑顔で言った。
◇ ◇ ◇
夕食の後も、クレスティアはフレデリクの治療を続けていた。
彼女はフレデリクの手を握り、祈り続けているようだった。
『クレスティアよ、妾の声が聞こえるか?』
え?
『フィディス様ですか?』
『さよう。宿の前にいる。迎えに来てくれぬか。守護者の容態を診てみよう』
それは魔力による音のない会話であり、上古人にしか使えないはずだった。クレスティアにとって、このような明瞭な意思疎通は初めてだった。
クレスティアが宿の入り口から外に出ると、玄関の灯りで暗闇から浮かび上がったフィディスが立っていた。
クレスティアがフィディスを連れて広間を抜けるとき、その場にいた客と使用人は上古人を見て硬直した。人の男よりも頭一つ高い背丈、均整の取れた体形、金色の瞳を持つ整った面、白金の長い髪、全身から漏れ出る光の魔力は、あまりにも現実離れしていた。
二人はフレデリクが眠る部屋に入った。
フィディスは彼の側に座ると、両手で頭を包み込んだ。
「問題ないようだ。明日には目覚めよう」
フィディスはクレスティアの両手を取ってフレデリクの頭に添え、自分の手を重ねた。
クレスティアはフレデリクの体調を感じることができた。頭に痛手が残っているようだが、傷を負っている感じはしなかった。そして、フィディスの導きで魔力を発動する感覚を理解した。
「身体の状態を感じるであろう。この感覚を覚えておくと良い」
「はい。ありがとうございます」
「そなたの治療でも十分だが、妾も少し治療しておく」
フレデリクの全身が淡い緑の光に包まれた。
「そなたは休息が足りておらぬ」
フィディスはしばらく治療したあと、立ち上がってクレスティアを見た。
「指輪を見せてくれるか」
「え? あ、はい」
すべてお見通しなのね。
クレスティアは自分の荷物の中から指輪を取り出し、フィディスに渡した。
「湖にいた精霊から貰い受けました」
フィディスは指輪を手にして観察した。
「これは無くなって久しい。千年前の大戦のとき、我らの王エリアルがドレアードの王に贈ったものだ。大戦で王が死んだあと、臣下が持っていたはずだが、いつの間にか行方が分からなくなっていた」
「この指輪はどのようなものなのですか?」
「光の魔力を持っておる。神聖王の血を引く者にしか扱えないゆえ、王の臣下にとっては単なる装飾品だった。そなたなら扱える」
「精霊はこれを忌み嫌っていました。何故でしょうか?」
フィディスは部屋の中を横切ると、窓を開け放った。
「こちらへ」
クレスティアは窓辺に近づいた。
フィディスは、腕輪をつけたクレスティアの右手の人差し指に指輪をはめると、その腕を伸ばして窓の外に向け、自分の手を重ねた。
すると、クレスティアの手から青白い光の矢が放たれた。矢は夜空の中を遠くまで飛び、やがて消えた。
「光の魔力は闇に抗うための戦いの魔力。逆もまた然り。我らラヴェンと闇の種族はルーヌンによって戦うことを定められた種族。人や精霊にとって忌まわしい力を持つ。そなたが持つ魔力とは異なるのだ」
「これからは常に身に着けておくが良い。その指輪にはエリアルの意思を感じる。そなたが使う時だと」
「しかし、時が終われば手放すのだ。そなたには相応しくない」
「分かりました」
クレスティアは指輪を見た。
それは光の矢を放ったときに目覚めたのだろうか。彼女は指輪の強大な力を感じ取れるようになった。
白金に輝く、ありふれた外観だったが、その力に恐れを抱いた。




