第8話 支援
王都を出て47日目、王女一行はファイレ共和国の首都ラッカムを目前にしていた。そこは闇の国ヴァーランに近いため、古くから強固な防壁で囲まれ、城塞都市と呼ばれていた。
一行は街道から枝分かれした道を進み、首都の東門に着いた。
ヘンダールが検問所で通行証を見せると、衛兵は僅かに驚き、丁寧に礼をして一行を通した。
「首都に相応しい大きな街のようですね。防壁で囲まれた都市はここが最大だったと記憶しています」
クレスティアは言った。
「はい。エルノール地方の北にも城塞都市はありますが、規模が違いますね」
ヘンダールは言った。
「今日はここで泊まりますよね? クレスファルスを出て以来の都会なので楽しみ」
「はい。たまには良い宿にしましょうか。姫様にはいつもご不便をおかけしております」
「いいえ。問題ありません。野営にもすっかり慣れたし」
「ヘンダール閣下、贅沢を言って大変恐縮ですが、風呂がある宿屋を希望いたします」
グレイスが弱々しく言った。
「そうだな。たまにはいいな」
「是非!」
◇ ◇ ◇
翌朝、王女一行は宿屋の裏庭で出発の準備をしていた。
ヘンダールは馬を荷馬車に繋ぎ、フレデリクは水の入った大きな革袋を荷馬車に運び入れていた。
「もう一泊したい・・・」
グレイスは、身の回りの荷物を積み込みながら、名残惜しそうに言った。
「グレイスがそんなに風呂好きだったとは知らなかったわ」
「はい。広い風呂はこの世の楽園です」
「グレイス、まだ先だが、エルノールに着けば温泉地がある。それまでは我慢だ」
「温泉!それは本当ですか!早く行きましょう!」
「やれやれ。エルノールまで、まだ半月はかかるわい」
◇ ◇ ◇
首都の西門をあとにして、しばらく街道を進んだ頃、二人の影士が現れた。
「ここから西に約5km先にある村が約200のオークの集団に襲われています。近くに駐在するファイレ軍一個中隊がこれに当たっていますが、先ほど、二人のヴァルシフが現れました。ファイレ軍に大きな損害が出始めた状況です」
「上古人はいないのだな?」
「はい。村の付近には見当たりません」
ヘンダールはクレスティアとフレデリクを見た。
「フレデリク、助けてあげて」
「分かりました。ただし、俺はクレスティアの近くにいなければ。ですので、皆で加勢しましょう」
「ああ。その通りだな。フレデリクに頼ってばかりですまん」
「アレク、お前たちもオークを頼む。無理はするなよ」
「承知いたしました。閣下」
フレデリクは一頭の馬を荷馬車から離して、その馬に乗った。
「俺は少し先に行きますね。アレクさん、先導してください」
二人の影士とフレデリクは馬を走らせた。
◇ ◇ ◇
「おい!お前たち、止まれ!そっちには幽鬼がいるぞ!止まれ!」
馬で走り去る二人の影士とフレデリクにファイレ軍の小隊長が大声で叫んだ。
アレクは振り返って手を挙げた。
「あいつら何者だ。死ぬぞ」
影士とフレデリクは幽鬼ヴァルシフを見つけた。
ファイレ軍が遠くから矢を射ていたが、ヴァルシフは巨大な剣を盾にし、ほぼ無傷だった。
フレデリクは馬を降りた。
「お二人は下がってください。近くのオークを頼みます」
「承知した。気をつけて」
フレデリクは剣を抜いて、ヴァルシフに向っていった。
ヴァルシフも彼に気づき、近づいて来た。
幽鬼は自分の間合いに入った途端、巨大な剣を振るった。
フレデリクは相手の懐に飛び込んだ。相手の剣をかわしつつ、剣を持った幽鬼の右腕を切り飛ばし、そのまま剣を反して首に大きな一撃を与えた。
幽鬼は左腕でフレデリクの頭を殴ろうとしたが、彼は辛うじて剣の柄で受け止めて直撃を免れた。しかし、身体ごと飛ばされて転がった。
フレデリクはすぐに起き上がり、ヴァルシフを見たが、地に伏して動かなくなっていた。
フレデリクは剣を鞘に収めながら馬に戻った。
「フレデリク殿、大丈夫ですか?」
アレクが声をかけた。
「ええ。大丈夫です。ちょっと急ぎ過ぎました」
フレデリクは苦笑いをしながら答えた。
「もう一人のヴァルシフはあの向こうだと思います。ついて来てください」
ファイレ軍の小隊長は矢を射るのを止めさせ、兵士たちと共にフレデリクの戦いを見て驚愕していた。
「信じられん。あの若い奴が一人で幽鬼を倒したぞ。一体何者なんだ」
「よし。野郎ども!攻めに転じるぞ!オークを始末しろ!」
「おおーっ!!」
◇ ◇ ◇
三人が村に到着すると、一人の影士が迎えに来ていた。
「ヘンダール閣下、つい先ほど、フレデリク殿が二人のヴァルシフを倒し終えたところです」
「もう始末したか。流石だな」
「荷馬車をこの辺りに停めて、我々も参戦しましょう。ただし、無理は禁物です。三人で固まって動きます」
「分かりました」
「承知」
オークによって火を放たれた家や小屋が、いくつか燃えていた。また、主に家畜小屋と倉庫が荒らされていた。
村の住人は見当たらず、既に避難を終えているようだった。
そこかしこで、ファイレ軍とオークが戦っており、ファイレ軍の優勢が見受けられた。影士の部隊はオークを圧倒していた。
フレデリクが三人に合流した。
「皆さん、大丈夫ですね?」
「フレデリクこそ怪我はない?服が泥だらけだわ」
「ちょっと転んだだけだ。問題ない」
ヘンダールとグレイスが次々とオークを切り伏せている。
オークの集団は少しずつ後退し始めていた。
ヘンダールはファイレ軍が苦戦している場所を指差した。
「次は、あの辺りを支援するぞ」
オーク相手に四人は無敵だった。
クレスティアはグレイスに常に守られておらず、敵から距離を取りながら雷を放ち、多くの敵を倒していた。
そんな四人を見たファイレ軍の中隊長は、唖然とするばかりだった。
「強過ぎる。あの連中は何なんだ」
突然、クレスティアは感じ取った。闇がこちらに近づいて来る。彼女は怯えた表情で闇の気配がする方を見た。
彼女の様子に気づいたフレデリクも、その視線の先を見た。
大きな黒い影が近づいて来た。二角獣を駆る暗黒の騎士だった。
ダルクドが赤く光る大剣を一振りすると、剣から赤い光の矢が放たれ、クレスティアに向った。
「!」
フレデリクは走った。彼女の前に立ち、自分の剣を盾にした。
「フレデリク!」
クレスティアは彼の背中を抱くように両手を前に出し、全力で防御の魔法を発した。
赤い光はフレデリクの剣に当たって飛散したが、彼は全身に赤い光を浴びた。
フレデリクは倒れた。
「フレデリク!」
クレスティアは彼の顔を覗き込んだ。
「フレデリク!返事をして!」
「フレデリク・・・」
彼女もまた、次第に全身の力を失って目を閉じ、フレデリクに覆い被さるように倒れ込んだ。
王女に光の矢を放った直後、ダルクドは背後から同時に二つの光の矢を受けて、大きくひるんだ。一角獣で走り来る二人の上古人からの攻撃だった。
ダルクドは痛手を負い、振り返ると同時に移動して、次の光の矢を剣で防いだ。
青白い光の矢が次々とダルクドに襲いかかった。
『フィディスよ、少し時間をかせいでくれ』
ゼナルは両腕を天に向けた。
『理解した』
フィディスは光の矢を絶え間なく放ちながら、ダルクドに迫り、剣を打ち込んだ。
剣での戦いはフィディスが優位に見えたが、勝敗はつかない。
そのうち、フィディスは次々と光の矢を放ち、ダルクドの動きを封じながら、距離を取った。
突然、一瞬の強烈な光がダルクドの全身を貫いた。
辺りは光で真っ白となり、同時に凄まじい爆ぜた音がした。
ダルクドと二角獣は全身が焼け、煙が上がり、ゆっくりと地に伏した。
頭上にはいつの間にか暗雲が覆い、辺りが薄暗くなっていた。
それはゼナルが放った天からの雷だった。
ゼナルは横たわるダルクドに近づき、馬を降りた。
彼は右手で剣をダルクドの兜に刺したあと、左手で懐から黒く光る石を取り出し、ダルクドに近づけた。
ダルクドの身体は青白い光に包まれ、次第に黒い霧に変わり、その霧は少しずつ黒い石に吸い込まれていった。
ゼナルが剣を抜くと、地に残った黒い甲冑と剣は崩れて砂塵と化した。二角獣は灰となって舞い上がり、虚空に消えた。




