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第二十三話 送る

 緑の君が駆けてくる

 その一群は昇って昇って

 空へと空へと吹き上がる

 聞き覚えのある声がすると振り向く。

「あれ、ワカバじゃん‼︎」

「ハヤミくん⁉︎」

 隣のクラスの速水颯太だと、若葉春流は気付く。トビタツ市立第二小学校四年生の中で一番の人気者で、同じクラスになれただけでも小躍りするほどで、それでもって彼の隣席になれたら嬉し泣きする子もいるらしい。……らしいというのは、どれもハルルが友人の花江由希子から聞き齧ったものばかりだからだ。でも、事実、ハヤミくんと同じ委員会になれなかった女の子達の青い溜め息を吐く様子を幾つか見たので、確からしいことにはらしいのだが。


 彼はカラリと笑う。 

「なんか元気な声がすると思ったら、やっぱり」

 いえ、元気印は横にいる呼之邉哲というヤツなんですが……。そう思いつつ、ヘラリとお愛想をつけておく。


 ハヤミくんはテツくんに、「おっ!」と声を上げる。ウチの学年きっての体育会系男児が揃っておいでだ。グラウンドだったら歓声を上げてのドッジボール大バトルだが、此処で会うのはつゆ知らず。だって、寺院の中だもんねぇ。不思議といえば、不思議だ。

「テツもいるなぁ、祭り稽古の人員にいたっけ?」

「ああ、コイツとおんなじ班でな、夏休みのグループ研究の」

「ああ……」

 嫌なことを思い出したと苦い顔をするハヤミくん。何でも爽やかにこなすよ思っていたが、やはり小学生の嫌いなものトップ3の内に行ったり来たりする“宿題”からは逃げられないと見た。


 繁々とテツくんは、ハヤミくんの右手に持つものを眺めながら、思い出したかのように口を開いた。 

「そう言えばソウタお囃子部隊だったっけか」

「そうそう和太鼓にしたかったんだけど、良い音だせるの大抵が中学生以降だからってさ、ほら」

 残念そうな表情をして、ハヤミくんは右手を差し出した。

「横笛かぁ」

 竹でできた篠笛は障子から漏れ出た光を反射し、迷いの種だと悩む彼の頬と顎の辺りを照らす。


 そんなハヤミくんはチラリとハルルに何か意味を含ませるように目線を流す。

「また本命逃したんだぜ?」

 また……?

 何だったったけと思い、頭を巡らせると、嗚呼、委員会と相槌を打つ。体育会系のハヤミくんは以外にも福祉委員会に入っているのも、こういう訳だったのねと、納得した。あの時、確か私が落としたプリントを拾う彼は、ちょっと不満そうな顔してたもの。


 でも、稽古の休憩時間の前に奏でられた、あの音は心が踊るものだった。だから私は言いたかった。

「綺麗な音色だったよ」

 良いものは良いものなんだもん。

 ハルルがそう笑うと、目を見開いていた。

「……!」

 驚いているらしい、あのハヤミくんが。いつも朗らかにしているとの噂のハヤミくんが。

 珍しい場面を見てしまったのだろうかと思うが、私は続ける。

「やっぱサッカーしているからかな、チームプレイでしょ?」

「ワカバはおかしいことを言うなぁ、お囃子がチームプレイって」

 その短い黒髪を掻き撫でながらハヤミくんは指摘した。確かに、そうだ。ハットトリックはしないし、パスもしないし、相手チームを手取って勝負しないし、そもそもボールすら出ないか、お囃子って。

 だが、そうういう意味での話ではないのだ。

「だって、調和してたもの。それって皆が合わそう、素敵なものにしようって思ってたからだよ」

 ただ漢数字で書かれた譜面を追えば良いというわけではない。早くないかな、音階がズレてないかなと、周りのリズムと違えないように気をつけて、やっと音の一つになる。

「その内の一人が確かにハヤミくんなんだよ」

 一人で気ままにやり遂げるのと、集団で力をそれぞれ引き出すのとは違うから。

「まぁ、そうかもな」

 息を吐けたとばかりに、彼は笑った。それは、諦めたかのようなものでもなく、作ったかのようなものでもなく、自然なものだった。




 神職の息子にユキコちゃんは会釈をした。どうもまとまった質問を取り終えたらしい。というのも、バインダーに挟まっていた用紙に文字がギッチリと書き込まれているからだ。ひえぇ〜〜、アレ一枚でグループ研究のレポートを提出したっておかしくないんじゃ……。ユキコちゃんの探究心は、噂だけ向いているわけではないんだね……。

 一方、テツくんはというと。他にお囃子稽古の参加者の中へと、テツくんは知り合いがいたらしく、飛び込んでいた。と言っても、三味線の手本を見せているのだ、あのテツくんの方が。うまく弾けないと、ベソをかきそうになっていた一学年上くらいの女の子があっと驚いた。周りも、「テツのヤツやるじゃないか」、「意外な才能の持ってんだな」と思い思いに声を上げる。「意外って何だよ。……ったく。まぁ、オレは、その、初めて弾いたんだからアンタもちゃんとできるよ」と慰めていた。

 あ、なんかドラマが始まりそう。


 ストーリーの始まりは、何時も何処かから。

「『コウヅキ、こっち、おはやしの練習する部屋だって』」

 斜め上に向けて開いた右手を左手の甲に軽くトントンと刻む、『練習』という意味の手話だ。両手を前後に離れて重ねてから前に向けて箱を作るように軽く下げる、『部屋』という意味の手話。

 部活の読み聞かせ活動で仕入れてきた、最近覚えた手話の単語を織り交ぜる。

 手首から折りたたみの白杖を下げた、彼は顔をふわりと上げる。

 コウヅキは、右手の指をバラバラと動かしながら彼自身の鼻に近づけた。あ、『匂い』という意味の手話だ。

『びゃくだんの匂いだ』

 コウヅキは郷愁を思うような表情をした。あれ、あんた確かヨーロッパから来たのに白檀を知っているんだ、お婆ちゃんっ子やお爺ちゃんっ子以外の今時な子は知らないのに。淡い青い目で、流れるような金色の髪で、鼻が高く白く整っている。だが、突然、そんな彼がこの日の本に溶け込んだように見えて、不思議で仕方がなかった。

 敷居の近くにいるコウヅキを連れて来ると、ハヤミくんは首を傾げていた。  

「ワカバ、この人は?」

「皇月レノン、うちの班員なんだ」

 紹介しつつ、次の指を動かす。

「『コウヅキ、隣のクラスの……』」

 伸ばした右手の人差し指を左横に向けてから、クルリと右の方に指す『隣』。『クラス』は、両手を重ねて軽く胸元辺りまで上げるんじゃなかったっけ。

 コウヅキの手の中にハルルは言葉を送る。


 手と手が触れ合うのは彼等にとっては普通のことだが、一人だけ見慣れない者がいた。

 その二人の様子を、彼、速水颯太は戸惑うようで何処か火の粉が燻った想いが胸の中を焦がすような顔つきで、見ていた。

 それは、若葉春流も、皇月レノンも、まして彼自身でさえ、知らなかったことなのである。

 緑に映る君の瞳は何色だろう

 見上げている空の空の奥の色かな

 風には風にはね色彩がないのだから

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