002. 道中の五人(後編)
さて。
残されたのは吾輩と、
「……男性に、こんなにも意識されていると感じたのは、生まれて初めてです」
「…………」
となりにいる、このマルチェさんのみ。
「気分を害されたのなら謝ります。弁解はさせてもらいたいものですが、男性である吾輩が、女性であるあなたに、過度な注意を向けていたことは事実。理由はどうあれ、気持ちのいいものではないでしょう……しかし吾輩は、あなたの――」
「わかっていますよ、ワガハイさん――あなたは別に、私を女性として見ていたわけではないのでしょう?」
マルチェさんが、吾輩を問いただすように告げてきた。
もしかして彼女は、今朝の件について、吾輩が認識していることに気づいているのか?
「……私は、そういった魅力に乏しいハーフミノタウロスですから」
しかしマルチェさんは、やや方向性の異なる理解を示してきた。
本心か?
それとも――。
「ユッカさまは私を『ないすばでぃ』だと言ってくれますが、正直なところ……私にはよくわかりません。ユッカさまの手前、私から否定することはしませんけれど」
言いながらマルチェさんは、自らの女性的なふくらみを揺らすように、上下に軽くジャンプしてみせる。
「男性の方は、こういうのがお好きなのでしょうか? 親しい異性などもちろんいない私に、よろしければ素直な意見を聞かせてください、ワガハイさん(ゆさゆさ)」
クーリアがいたなら、またへそを曲げてしまいそうな言葉と動きを、マルチェさんは自然に行っていた。
「……とりあえず、吾輩の近くでそのような行動をするのは控えてください。いくら目のない吾輩であっても、さすがに『目』のやり場に困ってしまうので」
「目のやり場に困るということは、ワガハイさんはクーリアさんが言っていたように、本当に私の胸に顔を埋めてみたいと、そういうことでしょうか?」
「違いますね、そういうことではありませんね」
ただ吾輩が、紳士なゴーストだというだけです。
「どうでしょう、一度試してみますか? 遠慮は無用ですよ、ワガハイさん(ぐいぃーっ)」
「……勘弁してくださいよ、マルチェさん」
こんな話をするつもりじゃなかったはずなのに、何なんだ、これは。
「安心してください、ワガハイさん。私は、ウィヌモーラ大教に属するハーフミノタウロス。清らかな体ですから、そういった意味では、まだ誰もこの胸を使用していませんので」
誰も、そんなことは気にしていませんよ、マルチェさん。
「さぁ、どうぞワガハ――いえ、やめておきましょう」
抑揚のない口調ながら、なぜか変に積極的だったマルチェさんが、急に身を引いた。
「『ワガハイくんなんて、もう知らないんだから』――とのことでしたが……ものすごい表情でこちらを見ていますので」
彼女の視線の先を確認すると、
「ぐぬっ、ぐぬぬぬぬうぅぅぅ……」
どこから出しているのかわからないようなうなり声を噛み殺しながら、やや離れた場所にいるクーリアが吾輩をにらんでいた。
「…………」
「もしかしてクーリアさんは、ワガハイさんと恋仲だったりするのでしょうか?」
「恋人に、あんな顔をする女性は、たぶんいませんよ、マルチェさん……」
今のクーリア、過去に因縁のある宿敵を見つけたような雰囲気だからね。
大げさな『あっかんべー』をした吾輩の相棒は、これ見よがしに振り返り、またずんずんと歩いていった。
「……私は、クーリアさんに嫌われてしまったのでしょうか?」
「お気になさらず。あれは、吾輩に向けられたものですから」
とはいえ、クーリアをこれ以上不機嫌にさせないため、マルチェさんにはおかしな言動を控えてもらわないと。
「なるほど……仲良しなのですね、お二人は」
「…………」
吾輩の内心を知ってか知らずか、マルチェさんは相変わらずだ。
平野の風景はもうすぐ終わり、じきに森が広がるだろう。
かすかに残る違和感を拭えないまま、吾輩は東へと進んでいた。




