001. 道中の五人(前編)
ニサの町を出発した吾輩たち。
現在はまだ平野地帯を歩いているが、顔を上げると大きな山々――ソノーガ山脈が確認できる。
このまま東へ向かっていけば、じきに森や林に入るだろう。
「今日も素晴らしい天気なのだ。実に気分がいいぞ――なぁ、マルチェ?」
「はいユッカさま、実に気分がいい日です」
昨日の出会いをきっかけに、一時的な旅の仲間となったユッカちゃんとマルチェさん。
ウィヌモーラ大教の巫女と護衛役の戦士という、女性二人のパーティーだ。
元気よく歩く幼い聖職者を先頭に、吾輩たちは進んでいく。
「ふふっ――五人もいるからか、いつも以上ににぎやかだね」
「キュイ、キュイ」
クーリアとキューイは、行動を共にすることとなった同行者二人を歓迎している様子。
「…………」
確かに、道中がにぎやかにはなった。
しかも、ウィヌモーラ大教の聖地の一つを訪れることができるんだ。
信者ではない吾輩にとっても、これは興味深い経験になるはず。
しかし吾輩は、どこかモヤモヤしていた。
町を出る直前に聞いてしまった、マルチェさんの言葉――あれから吾輩は、ずっと彼女のことが気になっている。
少し独特なハーフミノタウロスの女性――という印象でしかなかったが、今や吾輩には、何かを隠している信用ならない相手に思えてしまう。
マルチェさん。
あなたは、いったい何を考えている?
「キュイーッ」
「おわっ!? きゅ、キューイめ。ワタシが列の一番前なのだぞ。子供が出しゃばってはいけないのだ」
吹き抜ける風に乗って滑空していくキューイに、なぜか張り合うユッカちゃん。
自分も幼い子供だということは、都合よく棚に上げているみたい。
「キュイ、キューイ」
「ず、ずるいぞ、翼は反則なのだっ」
競走のつもりなのか、キューイは楽しそうだ。
一方、駆け足気味に追いかけるユッカちゃんだけど、さすがにドラゴンには敵わない。
「ま、待つのだ、キューイっ」
「キュイ?」
「もう、飛ぶのは禁止なのだ。お前は、静かにワタシのとなりを――うわっ!?」
ユッカちゃんに従うように旋回したキューイは、そのまま彼女の頭に乗った。
「キューイ、キュイ」
「わ、ワタシを止まり木扱いするとは……」
不本意そうなユッカちゃんだけど、ふたりの相性は、きっと悪くないね。
「ユッカさま。迷子になってしまいますから、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」
従者のマルチェさんは、呼びかけながらものんびりと歩く。
吾輩を中心に、左側にマルチェさん、右側にクーリア。
見晴らしのいい道のりを、日差しに照らされながら進んでいた。
すると、
「大丈夫、ワガハイくん? 太陽のまぶしさに、蒸発しちゃったりしない?」
クーリアが、いつものように吾輩をからかってきた。
道中ずっと黙っていた吾輩を気遣って、会話のきっかけをくれたのかもしれない。
けれど吾輩は、それに対応できるような気分ではない。
だから彼女への返事も、申し訳ないがそっけないものになる。
「ああ、うん……確かに、アンデッドは夜を好む者が多いけれど、少なくとも吾輩に、そんな弱点なんてないよ」
「……何だか冷たいなぁ、ワガハイくん」
マルチェさん本人いわく、彼女はユッカちゃんの父親であるウィヌモーラ大教の教皇などから命を受けて、巫女の同行者になったとのこと。
世界宗教の教皇が、巫女の旅の仲間に選んだほどの女性だ。
手練れの戦士には間違いない。
しかし、もう一つの側面――父親が娘の命を託す相手としてはどうだろう。
マルチェさんは、それだけの信用に足る相手なのか?
ウィヌモーラ大教の巫女は、大地の女神であるウィヌモーラの力を操ることのできる人間。
まだ未熟ではあるようだが、いずれユッカちゃんは真の巫女として、世界中のウィヌモーラ大教の信者たちに影響力を持つことになるはず。
世界の為政者の中には、創世の一柱であるウィヌモーラを崇めている王族や貴族も少なくない。
仮にユッカちゃんの存在を利用しようとすれば、いくらでも権力を握ることができるのではないか。
そんな女の子に、護衛が一人。
しかも、親兄弟ではない女性だ。
宗教的なことは詳しくわからないが、国境なき騎士団員の末席としては、いささか疑問が残る。
ユッカちゃんは、巫女ゆえの才能ともいえる感性から、吾輩の帯びている魔力を清らかなものだと判断してくれた。
だから出会ったばかりの吾輩を、悪いゴーストではないと認め、こうやって受け入れてくれているんだ。
では、マルチェさんは?
彼女の心の内を、巫女とはいえ、幼いユッカちゃんは正確に見抜けているのだろうか。
いろいろな可能性が、吾輩の中で浮かんでは消える。
クーリアの戯れ言に答えながらも、意識は完全にマルチェさんへ向かっていた。
「い、今のはあれだよ。別に、そういうんじゃなくて……ここまで旅をしてきたんだから、私だってそんなことくらいわかってて聞いてるん――むっ、ワガハイくんっ!!」
そこでクーリアがぐっと、吾輩のコートを引っ張ってきた。
「ワガハイくん、ずっとマルチェさんのこと見てたでしょ? 私と話してるのに、もうエッチ、ヘンタイ、たゆんたゆん大好きゴーストっ!!」
「…………」
意図は勘違いされているみたいだけど、その指摘自体は正しいから、吾輩は反論できない。
それにしても、本当にクーリアは、こういうことに鋭い。彼女には、あるはずのない吾輩の『目』が見えているのかもしれない。
「いいんでしょ? やっぱりマルチェさんみたいなスタイルがたまらないんでしょ!? 密かに『ああいう熟れ熟れの食べ頃ボディは、本当に最高だな、ぐへへ。十代とは思えない大きなお胸に、この顔を埋めてみたいぜ、げへへのへ』とか考えてるに決まってるもん――ふんだっ」
そしてこういう場合、クーリアの想像の中の吾輩のセリフがひどい。
もしも、本当にそんなゴーストがいたら、同じ種族の男子として悲しいよ。
ハレンチこの上ない。
「確かに……今回は本当に、私もワガハイさんからの熱い『視線』を感じていました」
「ほらほら、マルチェさん本人が認めてるんだもん――はい確定、ワガハイくんが『ぐへへ』で『げへへのへ』なゴーストだってこと確定っ!!」
「…………」
おかしな会話が聞こえてしまったのか、ユッカちゃんまで加わる。
「何だ? やっぱりワガハイは、マルチェのないすばでぃが大好きだったのか? ふははっ。まったく、ワガハイはえっちなやつなのだ」
なぜかユッカちゃんは、吾輩が『えっち』なのがうれしいらしい。
いい迷惑だよ、こちらとしては。
ご機嫌のユッカちゃんとは対照的に、
「知らない、知らない。ワガハイくんなんて、もう知らないんだから(ぷんすか)」
クーリアは穏やかじゃない。
「ユッカちゃん、行こう。こういうスケベなゴーストと関わったりしたら、巫女としての清らかさが汚れちゃうからね――ほら、キューイも」
「キュイ?」
「ふははっ――ワガハイはえっちだから、クーリアに怒られたのだ」
明らかにご立腹状態になってしまった旅の相棒は、ユッカちゃんとキューイを引き連れ、吾輩をおいてぐんぐん進んでしまった。
訂正したい部分はあるが、心ここにあらずで、クーリアに軽く対応してしまったのは吾輩だ。
彼女が不満に思うのも当然だろう。
今は少し、そっとしておくことにする。




