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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第1節] パジーロ王国>ニサの町 
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011. 不穏な旅立ち

 今日も穏やかな、ニサの町の朝。


 待ち合わせ場所である東の出入り口に行くと、そこにはもう、彼女の姿があった。


「おーい、ここなのだ、ワガハイ」


 ぐっすり眠れたのか、ユッカちゃんは元気だ。

 昨日は装備していなかったが、シンプルな木の杖を手にしている。

 彼女専用なんだろう。

 背丈に合わせて、一般のそれより短いものだった。


「おはよう、ユッカちゃん」


 吾輩が伝えると、


「おはよう」

「キュイ、キュイ」


 クーリアとキューイも続いた。


「うむ、みんな、おはようなのだ」


 ユッカちゃんの準備はできているようだけど、もう一人の彼女はどこに?


 吾輩は尋ねる。


「ユッカちゃん、マルチェさんはいないの?」

「宿はいっしょに出たのだが、何やら、ちょっと急用ということで、先に行くように言われたのだ。まぁ、ワタシは立派な大人だからな。こうやって一人で待つくらい、実に簡単なことなのだ(えっへん)」


 自慢げに答えたユッカちゃん。


 しかし吾輩は、やはり違和感を覚えた。


 彼女は、ウィヌモーラ大教の巫女だ。

 昨日のように迷子になったというならまだしも、護衛役けん保護者というマルチェさんが、ユッカちゃんを一人にさせるというのはどうなのか。


 もちろん、ここは治安のいい町の中だし、朝の時間帯だから、危険なことなんてまず起こらない。


 とはいえ――。


「クーリア、ユッカちゃんを頼むよ。吾輩、マルチェさんを探してくるから」

「え、あ……うん(じぃーっ)」

「言っておくけど、マルチェさんの大きな胸は関係ないからね、別に」

「あえて断るところが怪しい」

「勘弁してよ、クーリア」


 一言残して、吾輩は町の中心へと戻っていく。


 通りにはちらほらと、露天商人が商いの準備をしている光景が。


 力仕事の男性たちだろうか。

 木槌や布袋を手に、談笑しながら歩いている。


 またニサの町で、新しい一日が始まるんだな。


 角を曲がった人気ひとけのないところで、


「…………」


 吾輩はマルチェさんを発見。


 クーリアには申し訳ないけれど、やはり、あのスタイルの女性だ。

 目立たないと言えばうそになる。

 今日は町を出るからか、簡素な旅人用マントを羽織ってはいるが、そのふくよかなふくらみは、いまだ十分な存在感を示していた。


 どうやらマルチェさんは、誰かといっしょにいるらしい。


 とっさに吾輩は壁に隠れ、その様子をうかがう。


 彼女が話している相手は、明らかに、純血の人間ではない。

 エルフや並の獣人とも違うだろう。

 恵まれた体格を持つマルチェさんよりも、さらに身長が高いからだ。


 頭から足元まで――体のすべてを覆うようなフード付きローブを身に着けているため、顔や種族はわからないけれど、その肩幅や大きさから考えて、おそらくは男性。


 まぁ、マルチェさんも若い女性だし、いやらしい意味はなくとも、非常に女性的な魅力あふれる体型をしている。

 親しい間柄の男性がいたとしてもおかしくはないが、まさか旅の途中に立ち寄った町で、手頃な相手を見つけるタイプでもないだろう。


 そういうことにはうとすぎる吾輩でも、あれが逢い引きでないことくらいはわかる。

 雰囲気がまるで感じられないからだ。


 では誰なんだ、あの相手は?


「事情は理解したが……いいんだな、計画通りで?」

「はい、構いません」


 謎の巨体男性に、マルチェさんがうなずいた。


 やり取りが、かすかに聞こえてくる。


 事情?


 計画通り?


 まったくわからない。


「ゴーストの男性はいささか厄介そうですが、手出しをさせないようにすれば問題ないかと」


 マルチェさんの言葉に、吾輩は穏やかではいられない。


 彼女が口にした『ゴーストの男性』とは、間違いなく吾輩のこと。

 ならば、吾輩に『手出しをさせない』とは、いったい?


「いいさ、こちらは指示に従うまでだ――悪いが、俺はもう出るぞ。早く村に戻らなければならないからな。あんたらは、焦らず来ればいい」

「はい――では、向こうで」

「ああ」


 大きな体を隠すようにして、謎の男性は小走りで消えた。


 残されたのはマルチェさん一人。

 無言のまま、微動だにせずたたずんでいる。


 するとマルチェさんは、不意に背中に手を回し、


「はっ」


 誰もいない虚空に、あの巨大な武器を走らせた。


 感じたのは、強い闘気。


 昨晩の食堂ではまず放つことのなかった、戦士としての威圧感だ。


 ゆっくりと武器を収めたマルチェさんは、とらえどころのない無表情のまま、吾輩が息を潜めている方へと歩いてくる。


「…………」


 素早く壁の死角に入った吾輩。


 おそらくは気づいていない彼女が横を通り過ぎる瞬間、


「マルチェさん」


 吾輩は、静かに声をかけた。


「……ワガハイさん」

「おはようございます――探しに来たんですよ、あなたを」

「そうでしたか、それはすみませんでした」


 少なくとも吾輩には、彼女は平静を保っているように思えた。

 過度に焦ったり、慌てたりといった様子もない。


「あの、マルチェさ――」

「ユッカさまを待たせてしまっています。急ぎましょう、ワガハイさん」

「……ええ」


 待ち合わせ場所へと向かうマルチェさんに、吾輩はそれ以上問いかけることができなかった。


 吾輩の先を歩くマルチェさん。

 背中の武器が、朝日に照らされて鈍く光る。


 吾輩は黙って、彼女の後に続く。


 何かが起こる――そんな、妙な胸騒ぎに急かされながら、ニサの町の通りを、ただ二人で。

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