012. 来るかい?
翌朝。
「お世話になりました」
「ううん、また来てね、クーリアちゃん」
ヒズリさんの家の玄関先。
クーリアは、ていねいに頭を下げていた。
「ワガハイさんも、また会おうね」
「はい、またどこかで」
たった一晩のこと。
けれど、この森での時間は、すごく長く感じられる。
こういう瞬間に、強く思うんだ――吾輩は今、まさに旅をしているんだなって。
このイダの森には、あの母竜の気配と臭いが、確かに残っている。
ヒズリさんを困らせていた野犬たちは、それを本能的に認識するに違いない。
ここはもう、ドラゴンの縄張りだ。
きっとすぐに、もといたソノーガ山脈のふもとへと引き返していくことだろう。
だから今までのように、安全な採水ができますよ、ヒズリさん。
「さよぉーならぁ、どうか、お元気でぇーっ」」
大きく手を振るクーリアと共に、吾輩はヒズリさんに背を向ける。
森の道をまた、先へ先へと進んでいくんだ。
「ガレッツ城下町までの道のりは、ちゃんとヒズリさんに教えてもらったし、もう迷うことはないよ、ワガハイくん。このまま、一気に都を目指そう」
クーリアが吾輩に宣言したところで、
「キューイ」
緑の茂みから現れたのは、あの白い幼竜だ。
「あっ、おはよう」
クーリアが呼びかけると、幼竜はくるりと回り、彼女にじゃれつく。
「キュイ、キュイ」
「あはは、くすぐったいよぉ」
あれから、母竜が土に還った後も、この子はずっとそこにいた。
彼の母親は言っていたんだ――自由に生きなさい、と。
これからどうするのかは、この子が決めること。
もうどこかへ旅立ったんだと思っていたけど、まさか、またこの森で会えるとはね。
「キュイ」
そこでふと、彼の視線を感じた。
クーリアから離れた幼竜は、吾輩の正面で、小さな翼を動かしている。
「キュイ」
こんなことを言うつもりなんて、今の今まで微塵もなかった。
けれど、なぜだろう。
「……来るかい、吾輩たちと?」
不思議と吾輩は、そう口にしていたんだ。
「うわっ、いいじゃん、ワガハイくん。それ、すごくいいよ、うん♪」
クーリアは、さっそく大喜び。
どうやら大賛成のようだ。
「どうする? すべては、君が決めることだよ」
すると、
「キュイ、キュイーッ」
大きな声で鳴いた幼竜は、そのまま吾輩の肩に乗った。
これが、彼なりの答えらしい。
「わーい♪ ようこそ、白くてかわいいドラゴンくん――え、えーっとぉ……名前は、どうしようか?」
テンションの上がったクーリアだけど、呼び方がわからず首を傾げる。
名前。
名前、か――。
「……キューイ、君は『キューイ』だよ」
「キューイ?」
吾輩が言うと、今度は幼竜が首を傾げた。
まるで、吾輩に確認しているみたいだ。
「そう、君はキューイだ」
誰かに名付けてもらうというのは、何だか、すごく大事なことのように思えるんだ。
記憶のない吾輩も、吾輩が『ワガハイ』であるということだけは知っていた。
もしかしたら吾輩も、誰かに名前をもらったんだろうか?
まぁ、そんなこと、吾輩にはどうでもいいことなんだけれど。
「キューイ、キュイ、キューイ♪」
「そう、キューイだ」
「うわっ、ワガハイくんって単純――でも、すごくかわいい名前だね、キューイって」
何だかんだ言いつつ、クーリアも気に入ってくれたらしい。
「そして、吾輩はワガハイ。こっちの女の子はクーリア――吾輩たちは、今日から仲間だよ」
「キュイ、キューイ」
「ゴーストと、ハーフエルフと、ドラゴンのパーティーか――いいね、すごくいいよ。私たち以外に、こんなメンバーで旅なんかできないって♪」
言葉にされると、ずいぶんな感じがするけど……まぁ、こういうのも悪くはないかな。
「キュイーッ!!」
こうして吾輩に、また新しい仲間ができた。
ドラゴンのキューイ。
まだ幼いけれど、いつかは、あの母竜のような気高きドラゴンになるだろう男の子だ。
さて次は、いったいどんなできごとが吾輩を――いや、吾輩たちを待っているのやら。
「キューイ、キュイ♪」




