第3話
「久しぶりだなあ、夏乃。いつ以来だ? 高校以来か?」
「そうね、そうかもしれない。……それにしても、あなたも結婚したのなら言ってくれればいいのに」
「お前が結婚祝いを素直にしてくれると、俺が思っているのかよ?」
「……それもそうね」
夏乃さんはそこまで言って、目を瞑った。
そして、僕に右手を差し出し、
「紹介するわ、私の助手」
「日下洋平です。よろしくお願いします」
頭を下げ、一礼する。礼儀は大事だ。こういう風に初めてであった人にはまず挨拶をする。ファーストインプレッションを大事にしないと、色々と面倒なことになる。それは大学生活でよく学んだ。
「いいよ。そんな堅苦しい挨拶は要らない。夏乃の後輩なんだろう、あの集落の。まあ、俺は都会の人間だから詳しくは知らねえけれどよ……」
サングラスを頭の上に載せて、その人は言った。
「俺の名前は椎名勝則。カツさんと呼んでくれよ。まあ、別に呼ぶ、呼ばないは君の自由だが」
「おい、カツ。少年が困っているだろう」
「そうかい? 別に困っていないように見えるけれど。……まあ、いいか。取り敢えず向かうことにしようか、案内するよ。船はこっちだ」
そう言って、カツさんは歩いていった。
僕たちはただカツさんに付いていくしかなかった。
◇◇◇
クルーザーに乗って三十分。
沓掛島に足を踏み入れた僕たちを、待ち受ける人間は誰一人としていなかった。
当然といえば当然かもしれないけれど、どこか不思議な雰囲気を漂わせているようにも見える。
「じゃあ、三日後の夕方にまたここにやってくるから。何かあったら、電話をしてくれ」
そう言って、クルーザーは再び本州へ向かって動いていった。
「電話……とは言ったが、」
夏乃さんはスマートフォンを取り出す。
スマートフォンの画面は圏外を示していた。
「……絶海の孤島、ってやつか……。おそらく固定電話も繋がっていないだろうし……」
「どうして事前に確認していなかったんですか」
僕は夏乃さんに質問する。
「……それについては申し訳ない。だが、電話が出来ない可能性を考えて、今回あいつには三日間という期限つきでお願いした。それによって、何かあっても何とかなる、という話だ。救援は呼べないが永遠に呼べないわけではない」
それにしても、このご時世、携帯が使えない場所があるというのか。携帯のカバー率は九十九パーセント以上ということを聞いたことがある。あれは間違いだったのか——いや、今思えばあれはあくまでも通信に対して、であって通話に対してはカバーしていないのかもしれない。VoLTE? ああ、そういえばそういうのもあるけれど、僕の携帯はそれに対応していない、ちょっと古めの携帯だ。
それはそれとして。
「夏乃さん、今から僕たちはどこへ向かうんですか? まさか、いきなり村人に直接『竜宮城』について質問するわけではありませんよね?」
「そんなことがあるわけないだろう。……しかし、この島に知り合いも何も居ないのも事実だ。観光客が来ることなんて想定していないだろうから、宿なんて無いだろうし。……最悪、野宿の可能性もあるだろうなあ」
野宿、ですか。
準備一切していないんですけれど、それについては夏乃さんが全負担という形でいいんですよね?
「ああ、安心してくれ。寝袋だけは少年の分も持ってきているぞ。だから安心して野宿をすることができる」
「そういう問題じゃないのでは……?」
そんなことを言った——ちょうどその時だった。
「おやおや、この島に観光客とは珍しいことだ」
そう言ったのは、腰を曲げたおばあさんだった。おばあさんは僕たちを見て違和感を抱くことはせず、ただここに来た珍しい観光客だということしか言わなかった。
「……いえいえ、すいません。別に騒がしくするつもりはありませんから」
「しかしまあ、何のためにこの島に来たのかね。京都ならもっといい観光地もあるだろうに。例えば……その、天橋立とか」
「まあ、その……」
歯切れの悪そうな発言をする夏乃さん。
流石の夏乃さんも、毎回しっちゃかめっちゃかになることは避けておきたいようだ。
けれど、それでは前に進まない。
そう思って——僕から話を切り出した。
「『竜宮城』について、調べに来たんです」
それを聞いたおばあさんは眉をぴくりと震わせる。
「ほう、竜宮城と、な。確かにこの島には竜宮城の伝説が広く知れ渡っている。けれども、そう若いうちからこの島にやってくるのはあんたたちが初めてのことだ。いやあ、物珍しいや。ほんとうに。あ、一応言っておくけれども、別にあんたたちを馬鹿にしているわけでは無いのよ」
「……そう言われても、仕方が無いかもしれませんね」




