第2話
京都府を北上する京都縦貫自動車道。
僕は夏乃さんの運転で天橋立に向かっていた。
あ、自己紹介が遅くなりました。僕の名前は日下洋平といいます。かつて因習が残る集落で生まれて、今は大学生として東京の大学に通っています。専攻は民俗学。民俗学を学ぶこともあって、というか昔出会ったこともあって、今は夏乃さん——ああ、フルネームを言ったほうがいいでしょうか。柊木夏乃さんとともに行動をしている、というわけです。
夏乃さんは、伝承相談所というものを東京で経営しています。名前の通り、伝承や因習、その他もろもろよくわからないオカルトチックなものを相談しに来る人々の悩みを解決するのが仕事。まあ、オカルトなんてたかが知れていて、大抵は気分の問題で解決できるものが殆どであることが多い。というのも、気分というのは案外精神に影響を与える。気分が悪いときは幻覚や幻聴が起きやすいというデータもあることだし、金縛りも脳が完全に覚醒状態に陥っていないことから発生することだということが科学的に立証されている。
そういうわけで、今やオカルトチックなことというのは、殆ど科学で解析されつつある。
だから、民俗学は日陰者——そんなことを言われることも多々ある。
それでも僕は民俗学を専攻した。それはきっと、自分の奥底にあの忌まわしき因習が遺された集落——それがこびり付いているのだろう。
僕が住んでいた時はその因習については殆ど知らなかった。中学を卒業する間際に夏乃さんと出会ってその断片を知ったくらいだから。そのあと、高校に進学してかつての中学時代のクラスメイトから話を聞いたり文献を調べたりしていくうちに——あの集落の因習について、全てではないけれど、その殆どを知ることが出来た。
僕がその民俗学に興味を抱いたのは、ちょうどそのタイミングでのことだった。高校の社会の先生が民俗学を専攻していたこともあり、よく話をしていた。大学へ進むときもその先生のコネクションが無ければ今の大学へ行くことは出来なかった——そう考えればあの忌まわしき因習も捨てたものでは無いのかもしれない。今ではとっくに風化してしまって、あとはあの集落自体も緩やかに死を待つばかりだ。日下家で唯一因習から僕を縛り付けようとしていた祖父も卒業後直ぐに亡くなり、それから少しして両親は市街地のほうに引っ越してしまい、今本家には誰も居ないらしい。たまに母が掃除に出かけるときもあるらしいけれど、基本的にはあの家には誰も住んでいないようだった。
僕もまた、高校に進学して一人暮らしを始めてから、両親と連絡こそ取ってはいるものの、本家には一度も足を踏み入れていない。それほど、あの場所が恐ろしい場所だったということを知ってしまったからだ。
「……少年、カーナビを見たままぼうっとしているようだが、どうかしたか? もしかして、渋滞が発生しているのか?」
夏乃さんの声を聴いて、僕は我に返る。
長い自分語りだったことを反省せねば。
「いや……。この高速、ずっと続いているな……、と思ったので。夏乃さん、ところでこの高速はどこまで乗るんですか?」
「終点の宮津天橋立インターかな。そこまで行けば、天橋立まではもう少しだ。そこで待ち合わせをしている。船を貸してくれる人間だよ。彼は船を操縦できるからね、そのまま沓掛島へ向かおうという算段だ。ところで少年、天橋立には行ったことがあるか?」
それを聞いて、僕は首を横に振る。
「なんだ、勿体ないぞ。天橋立は日本三大名景の一つ。若いうちに行っておくといろいろ知識が身についていいぞ。それに、少年は少々外に出なさすぎる。大方、私の手伝い以外は外に出ようとは思わないのだろう?」
図星だ。
どうしてこうも、簡単に的中させてしまうのだろう。
「……その表情、図星って顔だな。まあ、別に勉強は悪いことではないけれど、少しは外に出て学ばないとね。フィールドワーク、ってことだよ。聞いたことはあるだろう? ほら、少年はポケモンでいうところの第何世代がピークだったかな?」
「……第四世代から、ですね」
それを聞いた夏乃さんはどこか落ち込んでいる様子だった。
僕は何か間違ったことを言ってしまっただろうか。
「……まじか。伊達に八つも年齢が離れていないな。私なんて第二世代からずっとぶっ通しでプレイしているというのに……」
「ところで、それって何か関係がありますか?」
「関係がないことは無いな。要するに、外を出て学ぶことはたくさんあるぞ、ということを言いたかっただけだ。まあ、ゲームを題材にして話す話題では無いかもしれないが」
車は進んでいく。
高速道路は平日の昼下がりという時間帯が影響しているためか、ガラガラだった。だから夏乃さんがアクセルをべた踏みしても何ら影響は無かったし、それによって時間が短縮されるならば僕にとってはありがたいことだった。
そうして、車は進んでいく。
ただ、それだけのことだった。
◇◇◇
天橋立に到着したのは、それから二時間後のことだった。
午前八時前に東京の事務所を出て、天橋立に到着した頃には午後三時を回っていた。その間食事休憩を除いて殆ど運転していた、ということを考えると夏乃さんの気苦労も大変なものだっただろう。
駐車場に車を置いて、ロープウェー乗り場へ向かう。
ロープウェー乗り場にはアロハシャツを着た男がこちらを見て手を振っていた。……明らかに近寄りたくない分類の人間であることは間違いないけれど、夏乃さんも手を振り返すということは彼が夏乃さんの知り合いということで間違いないだろう。




