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第5話

 ドルイ様に会えないまま、手紙のやり取りだけは続いている。封筒とか便せんの一式をドルイ様が届けてくれたおかげで、わたしも心置きなく返信できる。書けば書くほど、ものを書くことに抵抗がなくなった。


 ドルイ様の返事を待ちながら、羊たちに餌を与える日々を続ける。いつものように麻の服を着て、杖を持ち、羊たちとともに歩く。青空を見上げて、ドルイ様を思う。


 今、何をしているのだろう。


 瞼を閉ざしても、ドルイ様の表情が浮かぶ。ドルイ様はわたしの仕事にいちいち感心を持っていた。羊たちと子供のようにたわむれていた。


 もっと月日が流れれば、思い出すことはなくなってしまうのだろうか。それだけは嫌だ。だから、しっかりとドルイ様の表情や仕草を1から思い出す。


 山賊だと勘違いしたあの日が懐かしい。何であんなに優しい人を、外見だけで山賊だと思ったのだろう。本当のドルイ様は恐い顔に反して、思いやりに溢れている。わたしの手が荒れていると手紙で書いたら、「これを使うといい」と塗り薬を届けてくれた。届いた手紙の文面からも気づかいを感じた。


 会えなくなってから、ドルイ様のことを思い出す時間が増えた。体がぽかぽか温かくなって、足取りも軽くなる。何でもできそうな気がした。


 風が頬を撫でる。瞼を下ろして、深呼吸する。


「ルシーリア殿」


 幻聴まで聞こえてきた。会いたいからって耳までもがドルイ様を求めている。旅人や商人たちから騎士の噂をよくたずねるようになった。白騎士団の情報は詳しくなったけれど、ドルイ様の噂はなかった。


「ルシーリア殿」


 声が耳元で聞こえてきた。耳たぶが息に触れる。


 ――誰かいる? 瞼を開けると、黒い服が風にはためくのが見えた。心臓が高鳴る。急いで目で追えば、ドルイ様が立っていた。まったく変わらぬ姿でわたしを見下ろしていた。


「ドルイ様」幻覚もこんなにはっきり目に映るのだろうか。幻覚だとしても嬉しい。


「来るのが遅くなってすまない」


「え?」


「ルシーリア殿、仕事の邪魔だったか?」


 わたしの反応が悪かったためかもしれない。ドルイ様は肩を落としていた。わたし、ドルイ様と会話している! つまり、この目の前にいるドルイ様は本物?


「いえ、そんなこと、ありません」


 次から次へと涙が溢れてきて、飛びつきたくなる自分を抑えるように首もとのネックレスを握りしめた。


 なぜか、ドルイ様は瞼を伏せて、長い息を吐く。伸ばしかけた手を下ろし、拳を握る。


「すまない。きみはヴァンの婚約者だ。きみの心はまだそこにあるのに、俺は……」


 ドルイ様の指が示していたのはわたしのネックレスだった。この首飾りをつけているのは、ヴァンに対しての後悔の気持ちであり、恋人が抱くような好きという感情はない。もしかして、ドルイ様は誤解をしているのかもしれない。わたしがヴァンを好きだと。


「あの、わたしは」


「いや、何も言わないでくれ。わかりきったことだ。割り込む余地などなかったのに、きみの気持ちを無視して会いに来てしまった」


「ドルイ様」


「俺はきみに下心を抱いていた。もう二度と会わない方がいいだろうな」


 勝手に話を進めようとする。目を合わせようともしない。腹が立った。


「ドルイ様!」


 ドルイ様の固い腰に腕を回す。杖は落としてしまった。隙間なく密着して、わたしは顔を上げた。


「わたしは知らなかったんです。ヴァンがあんなにもわたしを想ってくれていたこと。最期までわたしを好きだと想ってくれていたこと。まったく知らなかった。婚約者になったのも深い気持ちじゃなくて、ただ幼なじみだったからいいかなって。その罪悪感でこの首飾りをつけたんです。せめてものつぐないのつもりでした。わたし……」


 続きを言ってもいいのかわからなかった。だけど、この瞬間に言わなければ後悔すると思う。


「好きです。ドルイ様が好きなんです」


 言葉に出してから、はじめて気づく。わたしはドルイ様が好きなんだ。だから、四六時中、ドルイ様のことを考えた。勘違いされて胸が押し潰させるほど苦しいのは、好きだから。


「それは本当か?」


「嘘なんてつきません!」


 首飾りにも、ヴァンにも、堂々と誓える。だから、わたしの気持ちを疑わないでほしい。どうか受け入れてほしい。


 それでもドルイ様からの答えは得られないまま、どのくらいの時間が経ったのか。そろそろ抱きついた体勢でいるのも恥ずかしくなってきた。離れようかと腕をゆるめたとき、頭上から咳払いが聞こえた。


「ルシーリア殿。きみにとっては朝は貴重な時だろうが、少しきみの時間を俺にくれないか」


「えっ?」


 時間? 予想外の展開に戸惑っていると、ドルイ様はわたしの腕をとって正面に向き直した。つまり、正面から抱き合っている。


「好きだ」


 答えを返そうと口を開きかけたとき、ドルイ様の唇が言葉を奪った。馬上で風を受けてきたせいか、ちょっぴりかさついているけれど、柔らかい感触が唇を撫でる。軽く唇が触れたあとに離れた顔を見合わせると、恥ずかしくなってくる。


 うつむこうとしたのだけれど、荒々しく肩を抱かれた。下唇がドルイ様の唇に挟まれる。呼吸すらままならない。唇を割って、深く深く侵入してくる。絡み合いが激しくなって、わたしはドルイ様の服を握っていた。


「ルシーリア」


「ドルイ様」


 額同士をくっつけて、息を整える。もう終わりなのかと思っていたら、今度は角度を変えて、むさぼられる。


 気づいたら、岩に腰を押しつけられていた。待ってほしくて、彼の胸板を叩こうとすれば、ドルイ様の手に捕まれてしまった。唇が解放され、耳たぶに熱い息がかかる。


「きみが欲しい」


 まさか、こんな甘ったるい言葉を吐かれる日が来るなんて思わなかった。腰も撫でられているし、ドルイ様ではないみたい。


 しかし、相手は騎士だ。わたしはただの羊飼い。体型だって、お尻は大きいし、お腹もしまっていないけれど、大丈夫だろうか。ドルイ様がこんなわたしでも求めてくれるなら応えたい。


「そ、それなら、夜に。昼間は仕事があるので」


 顔の中心に熱が集まるのがわかる。まるで、夜なら何をしてもいいですよと答えているみたい。はしたないと思われたら嫌だなと不安になっていると、「わかった」と、ドルイ様の笑顔が怪しく輝く。


「早く、夜になってほしい」


 耳元でささやくなんて反則だ。抗議したかったけれど、嫌じゃない自分もいて、ドルイ様の言葉を黙って受け入れるしかなかった。


「と、とりあえず、ご一緒しませんか?」


 まずはそれからだ。


「ああ、行こう」


 ドルイ様の手がわたしの手を繋ぎ、優しく引き寄せられる。横から不意打ちに口づけを受けた。油断したらいけない。でも、周りにいるのはドルイ様とわたしと羊たちだけだから、まあいいかと思ってしまう。


 ドルイ様との季節はまだまだ続いていく予感がした。


おわり

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