第二章 咎人と純潔の百合の花
「はい、あーん」
「……だから、自分で」
「いいからいいから、はいあーん」
「……」
一方、ベルガンの思っている相手、塔にいる誰かさんは、心中穏やかではなかった。
それも、目の前でニコニコと微笑んでいるであろう娘、フィオネのことだった。
昨日は花の冠を作ってきたフィオネは、今日はクッキーを焼いてきて、それを食べさせようとしているのだ。
「ほら、早く」
「いや、だから……」
鉄格子の間からフィオネは、白く細い手を差し込んでいる。
その指先には、小さなクッキーが握られている。
「……」
アルフレッドはしばらく迷っていたが、その甘い香りに釣られるように小さく口を開けた。
そんなアルフレッドに微笑みながら、フィオネは口の中にクッキーを入れた。
「ふふっ……どう? 美味しい?」
「……まぁ、な」
(恥ずかし過ぎて味がわからん……)
ぽりぽり、と口に入れられたクッキーを噛み砕くが、羞恥で死にそうだった。
「一回やってみたかったのよね」
「……そうか」
「それなら他の男としてくれ!」と言いかけたが、他の男というところに違和感を覚え、口を噤んだ。
「まだ、あるわよ?」
「……勘弁してくれ」
がくり、と肩を落とし、情けない声を出すアルフレッド。
(どこのバカップルだよ……ん? カップル? こ、恋人じゃないよな? 俺たち……)
アルフレッドは自分がかなり恥ずかしいことを考えていたことに、気が付きふるふると頭を大きく振り、変な思いをかけ消した。
「ん? レリ?」
「なんでもない」
自分の様子に疑問を抱いたのか、問いかけてきたフィオネにすぐさまそう答えた。
「そう? はい。あーん」
「……」
その後も拷問のような時間は続いた。
数分しか経っていないと思っていても、何十分も時間が経ったような感覚になってしまい、どんな戦争よりも精神的にきて、「はぁ……」と重い溜息をついた。
「明日は何にしようかしら?」
その言葉を受け、アルフレッドはピシッと身体が凍りつく気がした。
「あっ、いや」
慌てて断ろうとするものの、彼女の嬉しそうな声に断ることなど出来なく、小さく「楽しみにしている」とだけ伝える。
「楽しみに待ってて! じゃあね! レリ!」
「……ああ」
魂の抜けた人形のように、茫然としていたアルフレッドは相槌を打つようにそれだけ告げた。
(こんな光景、あいつに見られたら一生言われるだろうな)
手を開いたり、閉じたりし感覚を忘れないようにしながら過去に思いを馳せる。
アルフレッドは、自分と正反対な男、クレア・アベカシスの存在を思い出す。
女を落すのがもはや生きがいのような男で、よく彼には振り回され経験がある。
よく四人でバカ騒ぎしたのがつい昨日のように思える。
(クレア……お前は今なにしている? お前のことだからまた女のことで問題が尽きないんだろうな……嗚呼、シェイド。お前には謝罪の思いしか出てこない……すまなかった。でも、)
「生きていてくれれば、それでいいんだ……」
吐き出した思いは、暗闇に静かに消えていった。
欠けてしまった一人を思い出し、ただ仲間の生だけを願った。