第1話 ──「サボり魔の、守護者」
守護者本部の食堂は、昼下がりの柔らかな光に満ちていた。
大きな窓から差し込む日差しが、長いテーブルの木目をあたたかく照らしている。
あちこちで食器がカチャカチャと鳴り、湯気を立てるスープの匂いが、賑やかな話し声と一緒に天井のほうへ昇っていく。
その一角で、ドラゴたちは少し遅めの昼食をとっていた。
「しっかしまあ……平和っすねえ」
間延びした声が、のんびりと漏れた。
声の主はカイト。
椅子に深く背中をあずけ、半分閉じかかった眠たげな目で天井をぼんやり眺めている。
腰に下げた水筒が、椅子の脇でだらりと揺れていた。
「しばらく任務も入ってないし、おかげで連休っす。あー、サイコー。こういうのを幸せって言うんすよ」
その向かいで、サシャがスプーンを止めた。
黒髪の隙間から、緑色の瞳がじとりとカイトを見る。
「あんたって、ほんとやる気がないわよね。いっつも休むことばっかり考えてるじゃない。それでも守護者?」
「そりゃそっすよ」
カイトはまったく悪びれない。むしろ胸を張るくらいの勢いだった。
「人間、ほどほどが一番なんす。無理をせず、必要以上に働かない。これがおいらのモットーっす」
「はぁ……」
サシャの口から、深いため息がこぼれた。
その隣で、麺をずるずるとすすっていたトジが顔を上げる。
「じゃあさ、カイト。なんで守護者になったの?」
箸を持ったまま、不思議そうに首をかしげた。
「守護者って、結構ハードな仕事だと思うけど。命がけだしさ」
カイトは器に残ったスープを飲み干してから、にやりと笑った。
「もちろん――いずれ『警護隊』に入って、田舎のほうでのーんびり暮らすためっす」
「警護隊?」
ドラゴが大盛りの皿から顔を上げた。口の端に米粒をくっつけたまま、きょとんとしている。
「あんたは、相変わらず常識がないわね……」
サシャが呆れたように呟く。
「守護者ってのは、ざっくり三つに分かれてるんす」
カイトが指を一本ずつ立てていく。
「偉い人を護る『護衛隊』。魔獣とか賊をぶっ倒しに行く『討伐隊』。そんで、街とか大事な場所を見張る『警護隊』。ある程度、経験を積むと、このどれかに配属されるってわけっす」
「で、おいらは迷わず警護隊一択っすね」
カイトの目が、うっとりと遠くを見た。
「敵なんてめったに出ない、のどかーな田舎の街にでも配属してもらって。事件もない、魔獣も来ない。縁側で日向ぼっこでもしながら、のーんびりスローライフっすよ」
「へえー! そんな先のことまで考えてるんだ。すごいね、カイト!」
トジが素直に目を輝かせる。
「どこがすごいのよ!」
すかさず、サシャの鋭いツッコミが飛んだ。
「ただ暇なところに行って、楽したいだけでしょ!」
「人聞きが悪いっすねえ……」
カイトは頭の後ろで手を組んで、ますます椅子に沈み込んだ。
「だったら、オレは全部の隊を極めてやる!」
ドラゴが勢いよく立ち上がった。後ろの椅子がガタンと倒れる。
「護衛も討伐も警護も、ぜーんぶだ! そんで世界No.1の守護者になる!」
「そんなの無理に決まってるでしょ!」
サシャが額に手を当てた。
「全部とか言ってる時点で、何にも分かってないわね……」
「うっせー! やるって言ったらやるんだよ!」
わいわいと言い合うドラゴとサシャ。
トジが苦笑いでそれを眺め、カイトは「仲がいいっすねえ」と他人事のようにあくびをひとつ漏らした。
窓の光の中、のどかな昼の時間がゆっくりと流れていく。
――そんな空気を、不意に断ち切る足音があった。
食堂の扉が開く。
入ってきたのは、教官・パウルだった。
厳しい顔つきで食堂をぐるりと見回し、誰かを探すようにキョロキョロしている。
そして、その視線がぴたりと止まった。
ドラゴたちのテーブル――いや、その中の一人に。
パウルは大股で歩み寄ると、カイトの肩をがしりと掴んだ。
「カイト。お前に新しい任務だ」
「……は?」
カイトの眠たげな目が、ぱちりと開いた。
「ちょ、ちょっと待つっす! なんでっすか! しばらく休みのはずじゃ……」
「新しいのが入ったんだよ」
パウルはあっさり言い放つ。それからドラゴとサシャのほうへ視線を移した。
「それから――トジは明日から別の任務だったな。だが、ドラゴとサシャは空いてるはずだ。お前らも一緒に来い」
「「えっ!?」」
ドラゴとサシャが、思わず顔を見合わせる。
「おいおい、何の話だよ教官」
「いいから来い。説明は向こうでする」
有無を言わさぬ口調だった。
「……なーんか、嫌な予感がするっす」
がっくりと肩を落とすカイトの背中を押すように、パウルはもう歩き出していた。
◆◆◆
連れてこられたのは、本部の奥にある一室だった。
ドラゴたちが足を踏み入れた途端、ぴりっと張りつめた空気が肌を刺した。
中には、見覚えのない先輩守護者が三人。
そして、壁にもたれて腕を組む、ガロウの姿もあった。
「……お前もかよ、ガロウ」
ドラゴが声をかける。
だがガロウは、鋭い眼光をちらりと向けただけで、何も答えなかった。
ただならぬ雰囲気に、ドラゴたちは思わず首をかしげる。
「よし、揃ったな」
パウルが部屋の中央に立ち、低く言った。
先輩守護者の一人が、不思議そうに口を開く。
「パウルさん。今回はずいぶん新人が多いみたいですけど……いったい何の任務なんです?」
「今から説明する」
パウルは、一度言葉を切った。
そして、隣の部屋へと続く扉のほうへ、ゆっくりと身体を向ける。
その横顔が、わずかに引き締まった。
「だが――その前に」
パウルは大きく息を吸い込み、扉の向こうへと声を張り上げた。
「入ってきてくれ!」
第4章が始まります。
引き続きよろしくお願いします。




