第2話 ──「動けなかった、そのあいだに」
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それから数日後、グレンに新たな任務が舞い降りた。
王都近郊の森に魔獣が出た――との報せ。
ありふれた、小さな討伐任務だ。
向かったのは、グレン、ミーナ、シエルの三人。
それに、先輩守護者が一人ついた。
森へ向かう道すがら、ミーナがひょいとグレンの顔を覗き込んだ。
ぴんと立った猫耳が、こちらを向いてぴくりと揺れる。
「にゃはは、グレンってば眉間にシワが寄ってるニャ! そんな顔してたら、魔獣のほうがびっくりして逃げちゃうニャ!」
「そうよ。リラックス、リラックス」
シエルも優しく声をかける。
しかし、グレンの頭によみがえる、先日の出来事。
あのときは、たまたま先輩が猫を受け止めてくれた。
でも、もしあそこに先輩がいなかったら。
もし、猫ではなく、人だったら――。
力を抜く――その言葉の意味は分かる。だが、やり方が分からない。
そもそも、任務とは、力を抜いていいものなのか。
先輩に同行してもらう以上、迷惑をかけられない。
同期にも、心配をかけてはいけない。
「……自分は、いつも通りです」
声が、自分でも分かるほど硬かった。
ミーナは、きょとんと不思議そうに首をかしげる。
けれど、それ以上は何も言わず、ぴょんと跳ねて、前へ駆けていった。
ほどなくして、それは現れた。
下草を踏み荒らす、重い足音。
茂みの向こうから、のそりと姿を見せたのは、大きな猪のような魔獣が二頭。
体高はグレンの胸ほどで、牙は鈍く、動きものろい。
鼻を鳴らしながら、こちらを睨んではいるが、その足取りに鋭さはない。
魔獣といっても、特別警戒するほどの獣ではなかった。
先輩守護者が、気だるげに、欠伸まじりで言った。
「二頭とも雑魚だな。新人の練習にちょうどいいや。お前らでやってみろ」
ミーナが、両手に双短剣を握る。
「オッケーニャ! シエル、足止めを頼むニャ!」
「ええ、任せて。『氷華の園』!」
シエルの手から、冷たい空気が、すうっと走った。
地を這うように広がった冷気が、二頭の魔獣の足元に、薄い氷を張っていく。
獣の足が、氷とともに、がっちりと固まった。
「グレン、今だニャ! 行くニャ!」
ミーナが、地を蹴った。
一歩、二歩。
三歩目で、その体はもう宙にあった。
しなやかな身のこなしで、左の一頭へ一直線。
双短剣が、木漏れ日を弾いて、きらりと光る。
「『斬り猫』!」
交差する、二閃。
凍りついて動けない魔獣を、急所ごと、鮮やかに斬り抜けた。
獣は、声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。
着地したミーナが、とん、と軽く地面を鳴らす。
息ひとつ、乱れていない。
一撃。無駄のない、見事な仕留めだった。
「グレン、そっちを頼むニャ!」
ミーナの声が背中を押す。
グレンは、右の一頭へ、槍を構えていた。
だが――一歩を踏み出せずにいた。
……ミーナさんは、一撃で決めた
……先輩が自分を見ている
……自分も同じように。いや、それ以上に。この前のような、無様な失敗は、できない
……スザク家の技を使う以上、一撃で。完璧に、決めなければ――
頭の中に、余計な考えが、次々と浮かんでくる。
考えれば考えるほど、槍の穂先が、小刻みに揺れる。
狙いを、一点に、決めきれない。
その、わずかな隙を、魔獣は見逃さなかった。
ばきん、と、凍りついていた足元の氷が、砕けた。
自由を取り戻した魔獣が、鼻息荒く、まっすぐグレンへと突っ込んでくる。
「――っ!」
まずい。判断が、遅れた。
その事実に気づいた瞬間、頭の中が、さらに真っ白になった。
焦りが、新たな焦りを呼ぶ。
……まずは避ける?
……いや、迎え撃つ?
すぐに動かなければいけないのに、思考ばかりが、空回りする。
足が、地面に縫い止められたように重い。
槍を握る指先だけが、白くなるほど力んでいる。
グレンは、慌てて身を翻そうとした。
だが――踏み込んだ足が、つるりと滑った。
シエルが張った、氷の上。
焦りのあまり、自分の足場すら、見えていなかった。
「あっ……!」
体勢が、大きく崩れる。
踏ん張りが利かない。
迫る魔獣。
倒れかけた、体。
避けられない。
「グレンッ!!」
影が、横から飛び込んできた。
ミーナだ。
地を蹴り、崩れたグレンの体を突き飛ばすように、あいだへ割って入る。
身一つで。
魔獣の牙が、迫る。
「――にゃあっ!?」
鈍い音。
小柄な体が、勢いよく弾き飛ばされる。
宙に、赤い雫が散った。
ミーナの体が、地面を二転、三転して、止まる。
ぴんと立っていた猫耳が、力なく伏せて――ぴくりとも、動かない。
「ミーナっ!?」
シエルの悲鳴が、森に響く。
グレンは、氷の上に尻をついたまま、立ち上がることすら、忘れていた。
握っていたはずの槍が、いつの間にか、てのひらから滑り落ちている。
目の前で、仲間が血を流している。
――自分の、せいで。




