第3章 - 第1話
「おい、新人! そっちに一体行ったぞ!」
「おう! 任せろ――」
赤い髪の少年が、地を蹴った。
大剣に、赤い魔力が渦を巻く。
逆立った剛毛のような野犬が、牙を剥いて飛びかかってきた。
「『竜の爪』!」
振り抜かれた刃が、空を切り裂く。
斬撃は、魔獣化した野犬を正面から捉えた。
その身体を一閃で断ち、獣は力なく地面へと転がっていく。
少年――ドラゴは、大剣を肩に担ぎ、あたりを見回した。周囲には、すでに事切れた野犬が何頭も横たわっている。
「……なんだ、もう終わりか」
物足りなさそうに、鼻を鳴らす。
あの初任務から、二カ月が過ぎていた。
王都近郊の渓谷で繰り広げた、賊たちとの死闘。
あの日々が遠い昔のように、守護者たちの毎日は、穏やかに進んでいる。
試験を勝ち抜いた新人十人が、同じ任務に就くことは、もうほとんどない。
多くて四、五人。
それぞれが先輩守護者のもとで小隊に組み込まれ、要人の護衛や、魔獣の討伐、街の見回りをこなす日々だ。
今日、ドラゴが割り振られたのは、街道を荒らす野犬の群れの討伐だった。
「お疲れさん。近くに魔獣の反応はないし、任務はこれで完了だな」
先輩守護者の一人が、汗を拭いながら歩み寄ってくる。
「そうか……俺としちゃ、もう少し暴れたかったけどな」
大剣を鞘に戻しながら、ドラゴが不満げに漏らした。
「はははっ、さすが若いだけあって、力が有り余ってるな」
先輩は、腹の底から愉快そうに笑った。
「まあ、こういう任務を続けていれば、そのうち、どデカい任務だって任されるようになるさ。気長にがんばれよ、新人!」
「ふーん、そういうもんか」
ドラゴは、燃えるような赤い髪をがしがしと掻いて、口の端を上げた。
「なら、さっさと慣れて、早くすげえ任務をやってみてえな」
その顔には、退屈すら楽しむような、不敵な笑みが浮かんでいる。
新人とはいえ、こうした任務にも、少しずつ体が馴染み始めていた。
一方、同じ頃。王都の、また別の一角。
穏やかな昼下がりの街並みを、グレンは見回っていた。
組んでいるのは、気のいい先輩守護者が一人。
石畳の通りを歩いていると、一人の老婆が困り顔で駆け寄ってきた。
「守護者さま、すみません。うちの猫が、屋根から降りられなくなっちまって……」
見上げれば、民家の屋根の縁。一匹の白い猫が、心細そうに鳴いていた。
「お任せください。すぐに、下ろします」
グレンは、迷いなく壁の出っ張りに足をかけ、屋根へよじ登った。
そろり、そろりと、猫へ近づいていく。刺激しないように、ゆっくりと。
腰を落とし、両手を構え、一歩ずつ間合いを詰める。
「さあ、猫さん、こちらに来てください」
絶対に、失敗しないよう。この一匹を、確実に――。
その顔は、まるで強敵と対峙するかのように、真剣そのものだった。
眉間には、深いしわ。目つきは、鋭く。
猫が、ぴたりと鳴きやんだ。
じりじりと迫ってくる、鬼気迫る表情の少年。白い猫の毛が、ぶわりと逆立った。
「にゃーっ!?」
驚いた猫が、後ずさる。その足が、屋根の縁を踏み外した。
「――しまっ!」
小さな体が、宙に投げ出される。
グレンが手を伸ばす。だが、届かない。
落ちる。
その真下へ、先輩守護者がすっと回り込んでいた。
両手を広げ、危なげなく――ぽすん、と猫を受け止める。
「っと。ほーら、大丈夫だぞ」
腕の中で、猫が安心したように鳴く。
老婆が、何度も頭を下げた。
屋根の上で、グレンは呆然と立ち尽くしていた。
「……申し訳、ありません。自分の、詰めの甘さで」
降りてきたグレンに、先輩は猫を返しながら、からりと笑った。
「気にすんな。けどよ、グレン」
ぽん、と肩を叩かれる。
「猫捕まえるのに、そんな怖い顔してどうすんだ。あれじゃ猫だってビビって逃げるさ。……もっと、力を抜いていいんだぜ」
「力を、抜く……」
グレンは、その言葉を繰り返した。
けれど、うまく飲み込めなかった。
どうすれば力を抜けるのか。それが分からない。
誰に見られているわけでもない。
それなのに、制服の乱れがないかを確かめ、通りを行き交う人々の視線を、無意識に拾ってしまう。
胸元に手が伸びる。指先が触れたのは、上着の内側に留めた小さな紋章。スザク家の証だ。
握りしめると、ひやりとした金属の感触が、てのひらに染み込んでくる。
「スザク家の人間として、恥じない振る舞いを――」
その声が、いつも頭の奥で響いている。鎖のように、ほどけない。
今日から第3章が始まります。引き続き、読んでいただけると嬉しいです。
あと、お知らせがあります。
申し訳ございませんが、体調を崩してしまったこともあり、第3章からは毎日更新ではなく、不定期更新とさせていただきます。
なるべく週に2,3話は更新したいと思っておりますが、お待ちいただけますと幸いです。
もしよければ、ブックマークをお願いします。




