第10話 ──「そして、十人が残った」
日が沈むと、フィールドは、まるで別の場所に変わった。
昼の間は息を潜めていた夜行性の獣――その姿を模した魔獣型ゴーレムが、闇の中で、一斉に動き出した。
草を踏む音。枝の折れる音。
どこから聞こえてくるのか、受験者たちにはまるで分からない。
月明かりだけでは、五歩先すら見えない。
目の前の影が、木の幹なのか、それとも牙を剥いたゴーレムなのか。
それを見分けるだけで、心臓が縮み上がる。
しかも――厄介なのは、そこではなかった。
戦えば音が出る。
剣がぶつかれば金属音が響く。
魔法を放てばその光が夜の闇にはっきりと浮かび上がる。
それは、他のゴーレムたちへの合図となった。
いや、それだけではない。
生き残りを狙う他の受験者たちへの目印にもなってしまう。
一つ倒せば、二つ寄ってくる。
二つ倒せば、四つ寄ってくる。
戦うことが、そのまま次の戦いを呼んだ。
かといって、夜行性の獣相手に、暗闇の中では絶対に逃げきることはできない。
昼のうちに、魔力を使い果たした者。
崖登りと戦闘の疲れで足が動かなくなった者。
そういう者から順に、光に包まれて消えていった。
そして何より、受験者たちの精神を削ったのは――眠れない、ということだった。
朝から動き、戦い続けて疲れた肉体は、まぶたが鉛のように重い。
それでも、目を閉じれば、そこで終わる。
木にもたれて数秒だけ休み、物音がするたびに跳ね起きる。
それを、何十回と、繰り返す。
体はとっくに限界を超え、頭も正常な判断ができなくなっていく。
自分がどこにいるのかも、あと何時間耐えればいいのかも分からなくなっていた。
――それでも、闇の中で、まだいくつもの目が光を失わずにいた。
草原のど真ん中で、赤い光が絶えることなく瞬き続けていた。
隠れる気など、はじめからない。
寄ってくるなら、まとめて相手をすればいい。
動いているほうが疲れを感じない。
「負けてたまるかー!」
ドラゴは逃げも隠れもせず、群がるゴーレム、漁夫の利を狙って迫ってきた受験者たちを片っ端から斬り伏せ続けていた。
腕は、とうに重い。
喉は、からからに渇いている。
それでも、その赤い光は、朝まで一度も消えなかった。
そして――。
空が、白み始めた。
「――そこまでッ!!」
上空から、パウルの大音声が、フィールド全体を貫いた。
次の瞬間、視界が白く弾ける。
気づけば、ドラゴたちは、あの広場に立っていた。
張り詰めていた緊張が、嘘のように、すうっと解けていく。
見上げれば、防壁の向こうから昇り始めた朝日が、広場をやわらかく照らしていた。
その暖かさに、思わず、息が漏れる。
「ドラゴ!」
「トジ!」
ボロボロの二人が、駆け寄って、思いきり手を打ち合わせた。
泥と、切り傷と、汗。二人とも、ひどい格好だった。
「やったな!」
「うん……! やり遂げたよ……!」
声が、かすれていた。一晩中、気を張り続けた喉だった。
その時、横から、軽やかな足音が近づいてきた。
「ふん。あんたも運よく生き残ったみたいね」
サシャだった。腕を組み、つんと澄ましている。
けれどその声には、尖りきらない、柔らかなものが、わずかに滲んでいた。
「お前こそな」とドラゴが笑う。
「えっ……ドラゴ、あの女の子と、知り合いなの!?」トジが目を丸くした。
と――そこへ、一人の男が悠然と通りかかった。ガロウだ。
彼はトジを一瞥すると、口の端だけで、ふっ、と笑った。
それきり何も言わず、自分の定位置へと歩いていく。
ドラゴが、きょとんとする。
「なんだ、あいつ?」
「……っ、ま、まあ……色々あってね」
トジが、冷や汗をかきながら、目を泳がせた。
別々の場所で結ばれた絆と刻まれた因縁が、この広場で静かに交わっていく。
やがて、パウルが、生き残った者たちの前に立った。
手にした名簿に、一度だけ目を落とす。
「これより、合格者の名を読み上げる」
張り詰めた声が、広場に響いた。
「――グレン・スザク! ガロウ・キバ! シエル・アイシクル! ミーナ・フェリス! カイト・レイン! ライラ・レヴィン! ゴウエン・フォルテス!」
一人、また一人。呼ばれた者が顔を上げていく。
「サシャ・ルミナス! トジ・ストライド! ――そして、ドラゴ・ヴォルガッシュ!」
合わせて、十名。
歓喜が弾けた。
トジが両手を突き上げ、ドラゴが拳を握りしめる。
魔力ゼロと笑われた。守護者なんて無理だと言われ続けた。
それでも今、その名は、確かに呼ばれたのだ。
だが、パウルの声が、その熱を一喝で引き締めた。
「浮かれるな」
腹の底から響く声が、広場をビリビリと震わせる。
「お前たちは、ただの『見習い守護者』になっただけだ。明日から、死ぬ気の訓練と任務が待ってるぞ。――覚悟しておけ」
厳しい言葉。それでも、十人の顔から、笑みは消えなかった。
ドラゴとトジは、登りゆく朝日をまっすぐ見上げる。
「なあ、トジ。……オレたち守護者になれたな」
「うん。――ここからだ」
二人は、朝日に向かって、ごつん、と拳を突き合わせた。
◆◆◆
やがて、新人たちは帰路につき、広場には静けさだけが残された。
パウルは一人、名簿に視線を落としていた。
十人の名前を、もう一度、上から下へとなぞる。
歴戦の教官の口角が、ほんの少しだけ、上がった。
「……今年の新人ども。なかなか期待できそうじゃねえか」
王都アルビオンを包む朝日が、その横顔を静かに照らしていた。
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