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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第6話 急ぎ便は、軽くしろ

 商人ギルドの小部屋に、地図と荷札と薬草の一覧が広げられた。


 俺は椅子に座ったまま、それらを見下ろしていた。


 正直、身体はまだ動きたくない。


 背中の傷はじくじく痛むし、太腿も引きつる。少し体勢を変えるだけで、包帯の下が熱を持つ。


 だが、頭は動く。


 なら、今は頭を使う。


 オルディンにそう言われたのだから、文句を言っている場合ではなかった。


「まず、薬草の種類です」


 リーナが薬草の一覧を指で押さえた。


「今回運ぶのは、熱下げ草、白根草、蒼苦葉、乾燥月苔。この4種です」


「全部、熱病に使うんですか」


「はい。調合は鉱山町の薬師がします。こちらから送るのは素材です」


「完成薬じゃないんですね」


「完成薬は量が足りません。それに、鉱山町の水や患者の状態に合わせて調合した方が効きます」


 なるほど。


 前の世界でいうなら、現場で最終調整する材料を届けるようなものか。


 完成品を送れば楽だが、現地条件に合わせる必要がある。


 これはただの荷物ではない。


 届いてから、さらに命につながる荷だ。


「弱点は?」


「湿気、熱、強い揺れです。特に白根草は折れると薬効が落ちます。蒼苦葉は湿気を吸うと変質します」


「つまり、急ぐけど雑には運べない」


「はい」


 リーナは真面目な顔で頷いた。


 俺は地図を見る。


 領都ルーヴェンから北の鉱山町まで、通常なら2日半。


 大きな荷馬車なら、道と馬と人の都合でそれくらいかかるのだろう。


 だが、今回は薬草の木箱2つだけ。


 全体の荷を急がせる必要はない。


 急ぐべき荷だけ切り離す。


 前の世界なら、緊急便、特急便、チャーター便。


 この世界には、まだそこまで整理された仕組みはないらしい。


 なら、作ればいい。


 ただし、机の上だけで作った計画は信用できない。


 現場を知らない段取りは、だいたい現場で死ぬ。


「道を知っている人は?」


 俺が聞くと、ガルドが顎で部屋の外を示した。


「呼んである」


 扉が開き、1人の男が入ってきた。


 年は30代後半くらい。


 細身だが、足腰は強そうだ。


 革鎧は軽く、腰には短剣。背負っている弓も小さい。


 護衛というより、斥候や猟師に近い雰囲気だった。


「ラウルだ。北道と西の古渡しを知っている」


 ガルドが言う。


 ラウルは俺を見て、少し眉を上げた。


「こいつが例の固有持ちか」


「アストです」


「怪我人じゃねえか」


「今は頭だけ働かせます」


「頭だけで荷が届くなら苦労しねえよ」


 第一印象はあまり良くない。


 だが、こういう相手の方が、現場の話は信用できることがある。


 綺麗な言葉より、嫌そうな顔で出る実感の方が役に立つ。


「北道の橋は、どのくらい悪いんですか」


 俺はすぐに聞いた。


 ラウルは地図の上を指で叩いた。


「ここだ。石橋だが、先月の雨で片側が沈んだ。軽い荷なら通れる。重い荷馬車は1台ずつ、しかも馬を下りさせて慎重にやる必要がある」


「夜に通れますか」


「やめとけ。落ちる」


「魔物は?」


「橋の北側に出る。森狼と泥喰い蛙。最近は血吸い蝙蝠もいる」


「西の古渡しは?」


 ラウルの顔が少し渋くなった。


「遠回りだ。道も細い。だが、人通りが少ない分、魔物も少ない。渡し場に爺さんがいるはずだが、最近は使う奴が少ないから、いつもいるとは限らん」


「船は?」


「小舟が2艘。馬ごと渡すなら、1頭ずつだな。荷馬車は無理だ」


 それは重要だった。


 薬草だけなら渡せる。


 大きな荷馬車隊では無理。


 つまり、分ける理由がさらに強くなる。


「渡し場までの道で、馬は走れますか」


「走れなくはない。だが、森沿いは根が出てる。夜なら足をやる」


「じゃあ、夜通し走る案は消しですね」


 俺は地図の端に置かれた木札を動かした。


「急ぎ便は、今日の夕方に出る。日が落ちる前に西の古渡し手前まで行く。そこで短く休む。夜に無理して森沿いを走らない。明け方、渡しを使う。朝のうちに北側へ抜けて、そこから鉱山町へ向かう」


 ラウルが眉を寄せる。


「それで明後日の夕刻に間に合うか?」


「間に合わせます。ただし、途中で詰まらない前提です」


「その詰まりをどう避ける」


「先触れを出します」


 俺は別の木札を取った。


「1人、先に鉱山町へ知らせる。薬草隊が別便で向かうこと。到着予定。受け取り場所。必要なら、鉱山町側から渡しの北側へ迎えを出してもらう」


「先触れの方が危なくないか」


「危ないです。だから、先触れは北道を使わない。西回りの薬草隊と一緒に渡しまで行って、北側で別れる。そこから足の速い人が先行する」


 ラウルは黙った。


 ガルドが少しだけ目を細める。


「続けろ」


「急ぎ便は3人か4人。荷を持つ人、道を見る人、護衛。馬は2頭。薬草は馬に直接載せるか、小さな荷駄にする。小馬車は使わない方がいい」


 マルセルが眉を上げた。


「小馬車も使わんのか」


「道が細くて根が出ているなら、車輪が邪魔です。渡しでも時間がかかる。木箱2つなら、馬に振り分けた方が速い」


「箱が揺れる」


「そこは梱包で抑えます」


 俺はリーナを見る。


「箱の中で薬草が動かないようにできますか」


「できます。乾いた布と柔らかい草を詰めます。ただし、湿気を吸わないように外側は油紙で包む必要があります」


「油紙はありますか」


 マルセルが答えた。


「高いがある」


「使ってください」


「当然のように言うな」


「薬草が駄目になったら、運ぶ意味がありません」


 マルセルは少し苦い顔をしたが、反論はしなかった。


 オルディンが言っていた言葉を思い出す。


 届かせる者。


 それは、ただ目的地に着けばいいという意味ではない。


 使える状態で届かせる。


 受け取れる状態で届かせる。


 そこまで含めて、荷を届けるということだ。


「馬に載せるなら、左右の重さを合わせます」


 俺は地図から視線を外し、机の上にあった木箱を軽く指で叩いた。


「片側だけ重いと、馬が疲れる。道が悪いなら余計に危ない。薬草2箱をそのまま左右に分けるより、中身を確認して、重さを合わせた箱に詰め替えた方がいい」


 リーナが少し考えた。


「薬草ごとに分けると調合時に楽ですが、重さ優先で混ぜるなら、箱の中に仕切りが必要です」


「仕切りは作れますか」


 マルセルが隣の職員を見る。


 職員は慌てて頷いた。


「薄板なら倉庫にあります」


「なら、箱の中を区切る。種類ごとに包みを分けて、重さは左右均等。箱の外には大きく印をつける。受け取り側がすぐ開けられるように、紐の結びもわかりやすく」


 ラウルが鼻を鳴らした。


「細けえな」


「細かいところで止まるんです」


「荷なんぞ、着けばいいだろ」


「着いてから探して、ほどいて、確認して、調合に回す。そこで時間を食ったら意味がありません」


 俺は自分でも驚くほどはっきり言った。


「急ぎ便は、走っている時だけが勝負じゃないです。出る前と、着いた後で詰まったら終わりです」


 部屋が静かになった。


 ラウルの顔から、少しだけ馬鹿にした色が消えた。


「……なるほどな」


 短い一言だったが、それで十分だった。


 俺は地図の上で木札を並べ直す。


「人員は、道を見るラウルさん。護衛にトマさん」


「トマ?」


 ガルドが反応した。


「昨日、泥喰い蛙の時に動きが早かった。俺の指示にも反応してくれました。まだ信用はされてないと思いますけど、現場で動ける人です」


 ガルドは少し考え、頷いた。


「悪くない」


「もう1人、馬を扱える人が欲しいです。御者ではなく、馬の状態を見られる人」


 マルセルが言った。


「馬丁のニコをつけよう。口は悪いが、馬を見る目はある」


「その人、先触れもできますか」


「足は遅い」


「なら別に、足の速い人を」


 ラウルが口を挟む。


「ミロを使え。小柄だが、山道を走れる。鉱山町にも行ったことがある」


「護衛は?」


「戦いは弱い。だが逃げるのは上手い」


「先触れ向きですね」


 俺は頷いた。


 戦って勝つ必要はない。


 知らせを届けるのが仕事なら、逃げ切れる方が大事だ。


 役割を間違えてはいけない。


「つまり、薬草隊はラウルさん、トマさん、ニコさん、ミロさん。馬2頭。薬草2箱を左右均等に積む。ミロさんは渡しを越えた後、先に鉱山町へ走る。残り3人は薬草を確実に運ぶ」


「護衛1人で足りるか」


 マルセルが言う。


「重い護衛を増やすと遅くなります。ラウルさんも戦えるんですよね?」


 ラウルが肩をすくめた。


「弓ならな」


「なら、戦うより避ける前提で。危険な場所は止まって確認。夜に悪路を走らない。魔物が出たら、荷を守るよりまず馬を守る」


「荷じゃなく馬か?」


 トマが、いつの間にか扉の近くに立っていた。


 呼ばれていたのだろう。


 俺はそちらを見た。


「馬が駄目になったら、荷は届きません」


「薬草を守るんじゃないのか」


「薬草だけ抱えて逃げても、距離がありすぎます。だから馬を潰さない。馬が生きていれば、荷は動く」


 トマは腕を組んだ。


 昨日より、俺を見る目の棘は少し薄い。


「俺が行く前提で話してるな」


「嫌ですか」


「嫌ではない。だが、怪我人に指示されるのは気に入らん」


「俺も怪我人のまま指示するのは気が引けます」


「そこは否定しろ」


「事実なので」


 トマはふっと笑った。


 昨日の「助かった」から、少しだけ距離が縮まった気がした。


 こういう小さな積み重ねが信用になる。


 荷と同じだ。


 一気に積もうとすると崩れる。


 1つずつ、噛ませながら積む。


 俺は地図に視線を戻した。


「出発前にやることを決めます。薬草の詰め替え。箱の防湿。左右重量の確認。馬具の点検。渡し場への使いを出して、船と船頭がいるか確認」


 ラウルが首を振った。


「渡し場への使い? それだけで時間を食うぞ」


「使いは先行確認です。薬草隊が着いてから船頭がいません、では終わります」


「誰を出す」


「今すぐ走れる人」


 マルセルが職員に命じた。


「倉庫の若いのを1人出せ。古渡しへ向かわせろ。船頭の爺さんがいなければ探させる。薬草隊が夕方に向かうと伝えろ」


「はい!」


 職員が慌てて部屋を出ていく。


 動き出した。


 紙の上の案が、現場の仕事に変わっていく。


 その瞬間が、俺は嫌いではなかった。


 もちろん、責任は重い。


 失敗すれば人が死ぬ。


 だが、動かなければもっと悪い。


 俺は痛む身体を少しだけ前に倒し、地図の北側を指した。


「鉱山町側にも、受け取り場所を決めておいた方がいいです。町門なのか、薬師の家なのか、鉱山の病舎なのか。着いてから探すのは無駄です」


「そこまで決めるのか」


 マルセルが言った。


「決めないと、最後で詰まります」


「鉱山町の薬師は、南門近くに店を持っている」


 リーナが言った。


「熱病患者が多いなら、病舎は鉱山側かもしれません。でも薬師が素材を受け取るなら、南門の店が早いと思います」


「なら、先触れにはこう伝える。薬草隊は明後日の昼過ぎから夕刻までに南門へ入る。薬師は南門近くの店で受け取る準備。調合に必要な水と器具を先に用意。開封確認はその場で」


 俺は言いながら、前の世界の納品を思い出していた。


 着いたのに担当者がいない。


 荷下ろし場所が空いていない。


 伝票が違う。


 検品が遅い。


 そういう小さな詰まりが、全体を殺す。


 異世界でも同じだ。


 荷物は、最後の受け渡しまで段取りして初めて届いたと言える。


 リーナが静かに俺を見ていた。


「何です?」


「いえ。本当に、荷を届けることを考えているんだなと思って」


「それしかできないので」


「それができる人は、たぶん多くありません」


 そう言われて、少し照れくさくなった。


 だが、喜んでいる暇はない。


 マルセルが地図の横に小袋を置いた。


「予算だ。油紙、替え馬、渡し賃、先触れへの報酬。これで足りるか」


 俺は小袋を見た。


 価値はまだ完全にはわからない。


 だが、前の世界の癖で、内訳を考えてしまう。


「予備はありますか」


「予備?」


「予定外の支払いです。渡し場で船頭が値を上げるかもしれない。馬が足を痛めて替えが必要になるかもしれない。道で通行料を取られるかもしれない」


 マルセルが嫌そうな顔をした。


「金を余分に持たせれば、使い込む者もいる」


「なら、分けて持たせます。全額を1人に持たせない。渡し賃はラウルさん。馬関係はニコさん。緊急用はトマさん。使ったら理由を記録」


「記録?」


「簡単でいいです。どこで、何に、いくら使ったか。あとで確認できないと、次の便に活かせません」


 マルセルは俺をじっと見た。


「お前、本当に商人ではないのか」


「違います」


「商人より面倒なことを言う」


「現場で揉めたくないだけです」


 それは本音だった。


 金の扱いが曖昧だと、あとで揉める。


 誰が使った。


 何に使った。


 本当に必要だったのか。


 そういう揉め事は、現場の信用を削る。


 仕事を続けるなら、最初から形を作った方がいい。


 オルディンが、そこで初めて口を開いた。


「採用だ」


 いつの間にか、部屋の入口に立っていた。


 俺たちは一斉にそちらを見る。


 ギルド長は、いつから聞いていたのだろう。


 相変わらず、薄い笑みを浮かべている。


「薬草急送案、採用する。アスト、君をこの便の段取り役とする」


「俺は行けませんよ」


「行けとは言っていない。出すまでを組め。帰ってきた者から報告を聞き、次に使える形にまとめろ」


 いきなり範囲が広がった。


 出すだけではなく、帰ってきた後まで。


 だが、正しい。


 1回きりで終わらせるなら、それはただの思いつきだ。


 次に使える形にするなら、仕組みになる。


「わかりました」


「ラウル、トマ、ニコ、ミロを急送隊とする。マルセルは費用を出せ。リーナは薬草の梱包責任者。ガルドは全体の安全確認」


 次々と役割が決まっていく。


 速い。


 ギルド長という立場は飾りではない。


 決めるべき時に決める人間だ。


 オルディンは俺を見た。


「ただし、アスト」


「はい」


「これは君の案だ。失敗すれば、君の評価も落ちる」


「わかっています」


「だが成功すれば、君の値は上がる」


 値。


 またその言葉だ。


 この世界では、人の価値は本当に値札で語られる。


 嫌な響きもある。


 だが、今はそれを利用するしかない。


「なら、上げます」


 俺は答えた。


「俺の値も、この急ぎ便の価値も」


 オルディンの笑みが、少し深くなった。


「よろしい。では働け、運び手」


     ◆


 そこからは、時間との戦いだった。


 薬草の箱を開け、リーナが種類ごとに包み直す。


 俺は椅子に座ったまま、箱の大きさと重さを確認する。


 本当は自分の手で持って確かめたい。


 だが、リーナに睨まれるのでできない。


 代わりに、トマとニコという馬丁に持ってもらい、左右の重さを合わせていく。


「右が少し重いです。白根草を1包み左へ」


「これでどうだ」


「まだ右。もう少し」


「お前、見てるだけでわかるのか」


「持ち上げた時の肩の高さと、箱の傾きでだいたい」


 ニコは口の端を曲げた。


 馬丁らしく、日焼けした顔に深い皺がある。


「気味の悪い目だな」


「よく言われそうです」


「褒めてねえ」


「わかってます」


 やり取りしながらも、作業は進んだ。


 箱の中に薄板で仕切りを作る。


 薬草を布で包む。


 隙間に柔らかい乾草を詰める。


 外側を油紙で包む。


 さらに布で覆う。


 紐は解きやすく、かつ緩まない結びにする。


 箱の外には、リーナが薬草の印を書いた。


「文字が読めない人でもわかるように、色と印を分けた方がいいです」


 俺が言うと、リーナはすぐに頷いた。


「熱下げ草は赤線、白根草は白丸、蒼苦葉は青点、月苔は月印にします」


「助かります」


「受け取る薬師なら、これでわかります」


 やはり、リーナは仕事が早い。


 口は厳しいが、現場で動く人間だ。


 こういう人がいると助かる。


 次に、馬具の確認。


 ニコが馬2頭を連れてきた。


 1頭は栗毛、もう1頭は灰色。


 どちらも荷運びに慣れているらしいが、長距離を急がせるには注意がいる。


 俺は馬の専門家ではない。


 だから、そこはニコに聞く。


「この2頭なら、どこで休ませるべきですか」


「西の古道に入る前に1回。渡しの手前で1回。渡った後に水を飲ませる」


「走らせすぎると?」


「灰色の方が先に足を痛める」


「なら、灰色には軽い方を?」


「いや、左右は合わせろ。片方の馬だけ軽くすると、隊列が乱れる。灰色の歩みに栗毛を合わせる」


「なるほど」


 知らないことは聞く。


 これも大事だ。


 前の世界でも、トラックのことはわかっても、フォークリフトの癖、現場のクレーン、倉庫の段取りは専門の人間に聞くべきだった。


 知ったかぶりが一番危ない。


 ラウルは地図の上で、危険箇所を印にしていった。


「ここは森が近い。昼でも止まるな。ここは水場だが、獣も来る。ここは古い祠がある。風よけになるから、短く休むならここだ」


「渡し場までに、夜を越せる場所は?」


「祠の少し手前に炭焼き小屋がある。今は使っていないはずだ」


「雨が降ったら?」


「道が死ぬ」


「別案は?」


「ない」


 正直すぎる。


 だが、ないものはない。


 俺は空を見た。


 雲は薄い。


 雨の匂いはしない。


 それでも、天気は絶対ではない。


「雨具は最低限。箱の防水は強め。人間が濡れても、薬草は濡らさない」


 トマが苦笑した。


「人間より薬草か」


「この便では、そうです」


「はっきり言うな」


「もちろん、人も死なせない前提です」


「そこは最初に言え」


 トマはそう言ったが、怒ってはいなかった。


 むしろ、少し楽しそうだった。


 ミロという先触れ役も来た。


 少年と言っていいほど若い。


 小柄で、足首が細い。


 だが、立ち方に無駄がない。


「鉱山町まで走ったことは?」


「あります。荷物なしなら、半日ちょっとで南門まで行けます」


「無理はしないでください。あなたが倒れたら、知らせは届きません」


「はい」


「南門に着いたら、薬師の店へ。伝えることは3つ。薬草急送隊が西の古渡し経由で向かっていること。到着予定は明後日の昼過ぎから夕刻。受け取りと調合の準備をしておくこと」


 ミロは真剣に頷いた。


「復唱してください」


「薬草急送隊は西の古渡し経由。到着予定は明後日の昼過ぎから夕刻。薬師は南門近くの店で受け取りと調合準備」


「いいです。あと、もし道中で危険があって薬草隊より先に鉱山町へ行けなくなったら、無理に進まず戻るか、近い村へ知らせてください」


「戻っていいんですか」


「死んだら知らせも届きません」


 ミロは少し驚いた顔をした。


 この世界では、伝令は死んでも走れと言われることが多いのかもしれない。


 だが、俺はそうは考えない。


 死んだ伝令は、失敗した伝令だ。


 生きて情報を動かす方がいい。


 すべてが整う頃には、太陽が西へ傾き始めていた。


 急送隊の4人が、ギルド裏の小さな荷場に集まる。


 薬草箱は左右均等に馬へ載せられた。


 油紙と布で包まれ、雨と揺れへの対策もした。


 費用は分けて持たせた。


 渡し賃はラウル。


 馬関係はニコ。


 緊急用はトマ。


 ミロには、鉱山町の薬師へ渡す木札と、短い文を持たせた。


 俺は杖代わりの棒に支えられながら、出発前の確認をした。


 リーナには怒られたが、これだけは自分の目で見たかった。


「ラウルさん。道の判断はあなたに任せます。危険だと思ったら、俺の計画より現場判断を優先してください」


「ああ」


「トマさん。戦うより、馬と荷を逃がすことを優先で」


「わかってる」


「ニコさん。馬が駄目になりそうなら、早めに言ってください。限界まで黙るのはなしで」


「馬の限界は俺が一番知ってる」


「ミロさん。先触れは速さより到達です。無理な近道はしないでください」


「はい」


 俺は最後に、薬草箱を見た。


 ただの木箱だ。


 でも、この中身を待っている人がいる。


 熱で苦しむ鉱夫。


 家族。


 薬師。


 町。


 俺はその顔を知らない。


 だが、知らないからといって軽くなるわけではない。


 荷は、届いた先で意味を持つ。


 それを忘れたら、運び手ではない。


 頭の奥に、表示が浮かぶ。


【役割固定:運び手】


【任務補助:出発前確認】


【急送計画:安定】


【未確定要素:天候・渡し場・魔物・人為的妨害】


 最後の1つで、俺は眉を寄せた。


 人為的妨害。


 嫌な言葉だ。


 この世界のスキル表示は、時々こちらの不安を拾う。


 だが、可能性はある。


 薬草が急がれるということは、誰かがそれを欲しがるかもしれない。


 値を吊り上げる者。


 横取りする者。


 鉱山町の混乱を利用する者。


 魔物だけが敵とは限らない。


「ガルドさん」


 俺は小声で言った。


「念のため、薬草便だと大声では言わない方がいいです」


 ガルドの目が細くなる。


「今さらか?」


「荷場の人間には見られています。でも、外ではただの軽荷便で通した方がいい。高価な薬草だと知られれば、狙われます」


「もう少し早く言え」


「すみません。今、嫌な予感がしました」


 ガルドはすぐにラウルたちへ指示を出した。


「外では薬草と言うな。軽荷とだけ言え」


 ラウルが頷き、トマが馬の布覆いをさらに深くかける。


 その動きは早かった。


 現場の人間は、危ないと思えばすぐ動く。


 ありがたい。


 夕方の鐘が鳴る。


 門が完全に閉まる前に出なければならない。


 急送隊が馬を引き、ギルド裏の荷場を出た。


 俺はその背中を見送る。


 自分では行けない。


 身体が動かない。


 だから、俺の段取りだけが道を走る。


 こんな感覚は初めてだった。


 自分でハンドルを握れない便。


 自分でアクセルを踏めない荷。


 だが、運ぶのは俺だけではない。


 道を知る者。


 馬を見る者。


 戦う者。


 走る者。


 薬草を守る者。


 それぞれが役割を持って、1つの荷を届ける。


 これが隊商であり、物流なのだろう。


 門へ向かう馬の蹄の音が、少しずつ遠ざかっていく。


 その音を聞きながら、俺は小さく呟いた。


「届かせろ」


 誰に言ったのかは、自分でもわからない。


 ラウルたちか。


 馬か。


 それとも、俺自身の計画か。


 頭の奥で、静かに文字が浮かんだ。


【薬草急送隊、出発】


【任務進行中】


【運び手としての初仕事を開始します】


 俺は深く息を吐いた。


 異世界での初仕事。


 俺は走れない。


 戦えない。


 荷を担ぐことすらできない。


 それでも、荷は動き出した。


 なら、ここから先は信じるしかない。


 俺が組んだ道を。


 俺が選んだ人を。


 そして、俺が決めた役割を。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 今の俺の武器は、剣でも魔法でもない。


 段取りだ。


 その段取りが、命を救えるかどうか。


 答えは、まだ道の上にある。


第6話─了

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