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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第48話 道は、人を吐く

 北の外道を見る。


 そう決めていた。


 風車小屋の先にある、古い乾いた道。


 荷車が通れなくなった道。


 今は誰も使っていないことになっている道。


 欠け指が、領都の外へ逃げ、外から何かを入れているかもしれない道。


 俺たちは、朝からその準備をしていた。


 風車小屋は押さえた。


 風口も管理下に置いた。


 白い粉は出入りを分けた。


 黒糸袋は回収した。


 小背、テノも重い仕事へ進む前に止めた。


 次は、外だ。


 そう思っていた。


 だが、道というものは、こちらの都合で動かない。


 こちらが踏み込む前に、向こうから来ることもある。


 昼前。


 北門の方角から、灰鴉亭の若い者が走り込んできた。


 息が切れている。


 顔色が悪い。


「北門外から、人が来ています!」


 作業部屋の空気が変わった。


 ガルドが即座に立つ。


「人数は」


「十人以上。子どももいます。怪我人も。白い粉をかぶっている者もいます」


 白い粉。


 俺は椅子の肘を握った。


「欠け指側ですか」


「わかりません。逃げてきたようにも見えます。でも、門番が止めようとして揉めています」


 北の外道へこちらが行く前に、外道から人が来た。


 道が、人を吐いた。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 ガルドはすぐ出ようとした。


 俺も立ちかけた。


 リーナの手が肩に置かれる。


「あなたは走りません」


「でも」


「走りません」


 強い。


 ただ、今回は作業部屋に座っているだけでは遅い。


 門で揉めている。


 白い粉をかぶった人間がいる。


 怪我人がいる。


 子どもがいる。


 そこに武器を向ければ、欠け指の思う壺になる。


「荷車で行きます」


 俺は言った。


 リーナが目を細める。


「条件」


「座ったまま。前へ出ない。粉に近づかない。喋りすぎたら止める。戻り札を持つ」


「追加。布で口を覆る。水を持つ。私が止めたら黙る」


「はい」


「本当に?」


「本当に」


 最近、信用がない。


 当然だ。


     ◆


 北門前は、すでに騒ぎになっていた。


 門番たちが槍を横に構え、人々を止めている。


 外から来た一団は、ばらばらだった。


 荷を持つ者。


 何も持たない者。


 白い粉で袖を汚した者。


 顔を布で覆った子ども。


 足を引きずる女。


 背中に老人を負ぶった若者。


 全員が欠け指の手駒に見えるわけではない。


 だが、全員が無害とも言えない。


 その曖昧さが、門番を硬くしていた。


「入れるな!」


 誰かが叫んだ。


「白い粉を持ってるぞ!」


「欠け指の仲間だろ!」


「門を閉めろ!」


 嫌な空気だった。


 恐怖は、すぐに人をまとめる。


 そして、まとめた先を間違える。


 外から来た女が叫んだ。


「違う! 逃げてきたんだ! あの小屋が燃えたんだよ!」


 小屋。


 北の外道の先か。


 乾いた小屋か。


 風車小屋のさらに外にある何かか。


 ガルドが門番へ近づこうとする。


 俺は荷車の上から声を出した。


「槍を下げすぎないでください。でも、突きつけない」


 門番がこちらを見る。


 ガルドも振り返った。


「槍は壁です。刃にしない。逃げてきた人を刺せば、欠け指に勝たせることになります」


 リーナが横で小さく言った。


「声を張りすぎない」


「はい」


 俺は息を整える。


 必要なのは戦闘ではない。


 分けることだ。


 人を一塊にしない。


 敵。


 逃げ人。


 怪我人。


 子ども。


 危険物を持つ者。


 全部を同じに扱えば、道は壊れる。


 俺は戻り札に触れた。


【自己暗示候補:群衆分流模倣】


【参照対象:物語内指揮官群・避難誘導者群・交渉者群】


【適合率:34%】


【効果:混乱時の声量調整・集団分離補助】


【警告:過集中】


 起動。


 視界の中で、人の塊が流れになる。


 押している者。


 引いている者。


 怒っている者。


 怯えている者。


 倒れそうな者。


 隠している者。


 線が増えすぎる。


 絞れ。


 今見るのは、命と危険物だけ。


「まず座れる人は右へ。怪我人は門の内側ではなく、門横の空き荷場へ。粉をかぶった人は水場へ行かず、乾いた場所で止まってください。水をかける前に、リーナさんが見ます」


 白い粉に水。


 場合によっては危険だ。


 石灰なら熱を持つかもしれない。


 リーナがすぐ頷く。


「粉が目に入った者だけ、目洗い。身体の粉は払わず、布で覆って待つ」


 門番たちに指示が飛ぶ。


 灰鴉亭の若い者たちも動いた。


 槍を向けるのではなく、列を作る。


 怒鳴るのではなく、分ける。


 ガルドが低い声で言った。


「荷を持っている者は左へ。袋を置け。中を見るまで触るな」


 外から来た男の一人が反発した。


「俺たちは逃げてきたんだぞ!」


「だからだ」


 ガルドは言った。


「逃げてきたなら、欠け指に何を持たされたか自分でも知らんことがある。置け」


 男は歯を食いしばったが、袋を置いた。


 その横で、ノルが叫ぶ。


「白い点の袋持ってる奴、隠すな! ここで出せば終われる! 隠したらまた借りになるぞ!」


 その声は届いた。


 人の塊の中で、数人がびくりとした。


 子どもが一人、胸元から小さな塩袋を出した。


 白点一つ。


 借り付け。


 次に老婆が一人。


 白点横。


 紙貼り。


 さらに、若い男。


 黒糸ではないが、紐の端が長い。


 急ぎの仕事。


 外道から来た人々は、ただの避難者ではなかった。


 欠け指の道に触れていた。


 だが、今は逃げてきた。


 そこを見誤ってはいけない。


     ◆


 逃げてきた一団の話は、ばらばらだった。


 北の外道の先に、乾いた小屋があった。


 風車小屋よりさらに外。


 古い荷車道の脇。


 そこに、十数人が集められていた。


 正規の仕事に入れない者。


 塩の借りがある者。


 噂を言った者。


 紙を貼った者。


 粉袋を運んだ者。


 子どももいた。


 老人もいた。


 小屋では、白い粉を袋へ詰める仕事をさせられていたらしい。


 危険だと知らされずに。


 今朝、その小屋で火が出た。


 火そのものは大きくない。


 だが、粉袋が破れ、白い粉が舞った。


 咳き込む者が出た。


 目を押さえて倒れる者も出た。


 小屋番の男が逃げた。


 残された者たちは、欠け指に戻るのが怖くて、逆に領都へ走ってきた。


 道が、人を吐いた。


 やはり、そうだ。


 欠け指の外道は、人を外へ逃がすだけではない。


 外で人を溜め、使い、壊れたら吐き出す。


 こちらが受け止めなければ、その人たちは門前で弾かれる。


 弾かれれば、また欠け指の道へ戻る。


 あるいは、領都を恨む。


 サナの言葉が蘇る。


 きれいな道しか知らない奴が言うな。


 札に入れない人間は、どこを通ればいい。


 俺は奥歯を噛んだ。


 ここで間違えれば、仮仕事札も黒糸返しも、全部が薄くなる。


「全員を中へ入れるわけにはいきません」


 俺は言った。


 門前がざわつく。


 逃げてきた者たちの顔に恐怖が走る。


 すぐ続ける。


「でも、追い返しません」


 今度は門番たちがこちらを見る。


「門横の空き荷場を一時受け場所にします。怪我人、粉を浴びた人、子ども、老人を先に。武器、袋、粉、塩袋は分けて置く。名前は無理に聞かない。仮名でもいい。ただし、人数と状態は記録します」


 マルセルが険しい顔で近づいてきた。


「勝手に受け場所を増やすな」


「すみません。でも、今追い返せば欠け指に戻ります」


「わかっている。だから腹が立つ」


「費用は」


「後で考える。今は人を分けろ」


 この人も、ずいぶん変わった。


 文句は言う。


 でも止めない。


 それがありがたい。


     ◆


 空き荷場は、急ごしらえの受け場所になった。


 ここで、新しい札の名前を作る時間はなかった。


 札を増やすより、人を分ける方が先だった。


 俺たちは、木箱を並べた。


 怪我。


 粉。


 子ども。


 老人。


 荷。


 それだけだ。


 文字が読めない者にもわかるよう、絵も描く。


 血の印。


 白い粉の印。


 小さな手。


 杖。


 袋。


 セリアが即席で描いた。


 札というより、目印だ。


 短く、わかる。


 人が流れ始める。


 リーナは粉を浴びた者を見た。


 石灰粉に近いものが混じっている。


 水でいきなり流せば危険なものもある。


 布で覆い、目だけ慎重に洗う。


 薬師見習いたちも呼ばれた。


 ハルムも来た。


 彼は一目で顔をしかめたが、逃げずに袖をまくった。


「また薬師を狙うかと思えば、今度は薬師を使わせるのか」


「すみません」


「謝る暇があるなら、粉の種類を分けろ」


 頼もしい。


 門前では、ガルドが荷物を調べている。


 白い粉袋。


 塩袋。


 黒糸ではない借り袋。


 空瓶。


 そして、木片。


 木片には、短く刻まれていた。


 外へ出せ。


 戻れば、門で止まる。


 俺はその文字を見て、胸の奥が冷えた。


 欠け指は、これを読んでいた。


 外道の小屋で何かが起きれば、人々は領都へ逃げる。


 門で止められる。


 領都の人間は恐怖で追い返す。


 逃げてきた者は、行き場を失う。


 すると、欠け指は言える。


 ほら見ろ。


 きれいな道は、お前たちを入れない。


 戻る場所は、こちらしかない。


 罠は、門前にあった。


 粉袋でも、偽床でもない。


 恐怖と門番と群衆そのものが罠だった。


「これは、踏み絵です」


 俺は呟いた。


 リーナが聞き返す。


「踏み絵?」


「俺たちが、逃げてきた人をどう扱うか。欠け指はそれを見ている」


 追い返せば、欠け指の勝ち。


 無条件で入れれば、危険物が入る。


 一人でも暴れれば、やはり欠け指の勝ち。


 難しい。


 だが、やるしかない。


 分ける。


 止める。


 受ける。


 記録する。


 晒さない。


 その全部を同時にやる。


【群衆分流模倣:負荷上昇】


【警告:過集中】


 頭が熱い。


 でも、今は止まれない。


 リーナが目を細めた。


「顔色」


「あと少し」


「その言葉は禁句です」


「……もう少しだけ」


「同じです」


 それでも、彼女は水を差し出した。


 猶予。


 今日も、猶予をもらう。


     ◆


 逃げてきた者の中に、灰桶がいた。


 最初は誰も気づかなかった。


 彼は名前を言わなかった。


 四十代くらいの男。


 肩幅はあるが、背を丸めている。


 袖と手に白い粉。


 そして、木の灰桶を抱えていた。


 灰ではない。


 粉袋を運ぶための桶。


 特徴木片にあった、灰桶。


 粉へ。


 ガルドが彼に近づくと、男は桶を抱きしめた。


「取るな」


 低い声だった。


「中身を見せろ」


「取るな!」


 空気が張る。


 周囲の人々が後ずさる。


 粉か。


 刺激瓶か。


 黒鳴石か。


 ガルドの手が剣に近づく。


 俺は声を出した。


「桶を取らないでください」


 ガルドがこちらを見る。


「危険物かもしれん」


「だからです。取ろうとすると割るかもしれない。まず置かせる」


 俺は灰桶の男へ向いた。


「その桶は、ここで置けば終わりにできます」


 男の目が揺れた。


「嘘だ」


「嘘じゃありません」


「置いたら、俺がやったとバレる」


「もう、こちらには灰桶という特徴が見えています」


 男の顔が強張る。


 しまった。


 言い方が悪い。


 特徴で縛るな。


 俺はすぐ続けた。


「でも、その特徴を外へ出しません。名前も、特徴も晒しません。中身を確認して、危険なら止める。あなたをその場でさらし者にはしない」


 男は歯を食いしばった。


「俺は……粉を運んだだけだ」


「わかっています」


「知らなかった。目が潰れる粉だなんて」


「わかっています。だから、今ここで止めます」


 灰桶の男は震えていた。


 怒りではなく、恐怖で。


 桶の中には、おそらく何かある。


 彼はそれを守っているのではない。


 それを持っている自分が見つかるのを恐れている。


 ノルがそっと近づいた。


「置け。置いたら終わりにできる。持ってたら、ずっと借りになる」


 灰桶の男はノルを見る。


「お前に何がわかる」


「わかるわ。俺も妹を使われた」


 その一言で、男の顔が崩れた。


 灰桶が、ゆっくり地面に置かれる。


 ガルドが布越しに桶を押さえた。


 リーナが近づく。


 中には、白い粉袋が二つ。


 そして、割れていない小瓶が一つ。


 刺激臭の瓶。


 危なかった。


 取り上げようとしていれば、割れていたかもしれない。


 灰桶の男は膝をついた。


「俺は、戻れないと思ってた」


 誰もすぐには答えなかった。


 戻れないと思っていた。


 その言葉が、重かった。


     ◆


 灰桶の男の名は、ドルグと言った。


 本名かどうかはわからない。


 それでいい。


 彼は石灰焼き場と風車小屋の間で、粉袋を運んでいた。


 最初は壁塗り用の石灰だと思っていた。


 次第に、違うと気づいた。


 だが、塩の借りがあった。


 灰桶という特徴で呼ばれた。


 名前ではなく、桶で呼ばれた。


 そのうち、自分でも自分が灰桶になった気がしたと言った。


 人は荷じゃない。


 でも、特徴で呼ばれ続けると、人は役目に押し込まれる。


 灰桶。


 粉へ。


 赤靴。


 下道へ。


 小背。


 風へ。


 それは名前より軽く見える。


 だが、むしろ重い。


 逃げられないからだ。


 俺は特徴札箱の扱いを、さらに厳しくする必要を感じた。


 ただ、今日はそれを掲げる日ではない。


 今日は、人を受ける日だ。


 制度の名前を増やすより、目の前の人を崩さないことが先だ。


「ドルグさん」


 俺は言った。


「あなたが運んだものは記録します。消しません。でも、あなたを灰桶という名で扱いません」


 ドルグは顔を上げた。


「俺は、ドルグとして扱います。仮名でも、本名でも、あなたがそう名乗ったなら」


 ドルグの目が赤くなる。


「……俺は、ドルグだ」


「はい」


 短い返事しかできなかった。


 それ以上言うと、余計な慰めになる気がした。


     ◆


 北門前の騒ぎは、昼過ぎまで続いた。


 領都の内側の人間からも、不満が出た。


「なんで欠け指の手下を助ける!」


「俺たちの塩が盗まれたんだぞ!」


「薬師を嘘つき呼ばわりした奴らだろ!」


 当然だ。


 被害を受けた側からすれば、逃げてきた者も加害者に見える。


 実際、完全な被害者ではない者もいる。


 噂を言った。


 紙を貼った。


 粉を運んだ。


 瓶を持った。


 それは消えない。


 俺は荷車の上から、もう一度声を出した。


「やったことは消しません」


 騒ぎが少し静まる。


「でも、戻ってきた人をここで潰せば、次に戻りたい人は戻れなくなります。そうなれば、欠け指の道へ残ります」


 喉が痛い。


 リーナの視線が刺さる。


 でも、ここは言わなければならない。


「責めることと、止めることは違います。罰を決めることと、今ここで粉や瓶を止めることも違います。今は、粉を止める。瓶を止める。子どもを止める。怪我人を見る。名前と特徴を晒さず記録する」


 群衆の奥で、誰かが舌打ちした。


「甘いんだよ」


 そうかもしれない。


 だが、甘さだけではない。


 これは、欠け指から人を奪う戦いだ。


 人を荷にする道から、人を戻す戦いだ。


「欠け指は、人に役目だけをつけます。赤靴、灰桶、小背。名前ではなく、使い道で呼ぶ。俺たちは、それをやめます」


 ドルグが顔を伏せた。


 テノも、ノルの横で拳を握っている。


「やったことは記録します。でも、人を役目だけにはしません」


 その時、門の外から石が投げ込まれた。


 小さな石。


 誰かに当たるほどではない。


 だが、石には木片が括られていた。


 ガルドがすぐ拾う。


 布越しに開く。


 文字。


 受ければ腐る。


 拒めば飢える。


 どちらも俺の道だ。


 欠け指の言葉だ。


 門前がざわつく。


 俺はその木片を見て、むしろ息が冷えた。


 見ている。


 欠け指は、この騒ぎを見ている。


 どこかから。


 外道の先か。


 門の近くか。


 人混みの中か。


 俺はガルドを見る。


「追わないでください」


「わかっている」


 即答だった。


 彼も、もうわかっている。


 今追えば、群衆が崩れる。


 石を投げた者は、ただの手駒かもしれない。


 本命は、こちらの受け場所を壊すことだ。


 欠け指は、問いを投げてきた。


 受ければ腐る。


 拒めば飢える。


 どちらも俺の道だ。


 なら、こちらは第三の道を作るしかない。


 受けて腐らせない。


 拒まず、危険を分ける。


 飢えさせず、借りにしない。


 難しい。


 でも、それが答えだ。


     ◆


 夕方までに、外道から来た者は二十三人になった。


 最初の十数人だけではなかった。


 話を聞いた別の者が、ぽつぽつと来た。


 中には、白点一つの袋だけを置いて逃げた者もいる。


 名乗らない者もいた。


 それでも、袋を置いたなら一つ止まった。


 粉袋は七つ。


 刺激瓶は三つ。


 黒糸袋は二つ。


 借り付けの塩袋は十一。


 灰桶ドルグ。


 小背テノ。


 名を伏せた老婆。


 ルカ。


 ベック。


 リトとジナも、今日は水桶洗いではなく、受け場所から離れた安全な場所で食事の配りを手伝った。


 もちろん、大人の見守りつきだ。


 ノルは一日中、声をかけ続けた。


 夕方には声が枯れていた。


「無理しないでください」


 俺が言うと、ノルは睨んだ。


「あんたに言われたない」


「ですよね」


 リーナが横で頷く。


「その通りです」


「味方がいない」


「自業自得です」


 少しだけ笑いが起きた。


 重い一日だった。


 だから、その小さな笑いがありがたかった。


     ◆


 夜、受け場所の整理が終わる頃、オルディンが来た。


 彼は積まれた粉袋、塩袋、木片、記録板を見て、長く黙った。


「これは、もう裏道退治では済まんな」


「はい」


 俺は答えた。


「欠け指は、人を抱えています。外道の先で、働かせている。借りで縛り、特徴で呼び、粉や瓶を運ばせている」


「そして、壊れたら吐き出す」


「はい」


 オルディンの顔は険しい。


 商人ギルド長として、これは重い。


 受け入れれば費用がかかる。


 拒めば欠け指へ戻る。


 正規の仕事を奪われた人々からは、不満が出る。


 だが、放置はできない。


「北の外道へ隊を出す」


 オルディンは言った。


 ガルドが頷く。


「明朝だな」


「いや」


 俺は口を挟んだ。


 全員がこちらを見る。


「夜明け前に、外道からもう一度人が来るかもしれません。欠け指は今日、こちらが受けたのを見た。次は、混ぜてくる」


「混ぜる?」


「本物の逃げ人の中に、粉を撒く者か、瓶を割る者か、火をつける者を」


 リーナの顔が硬くなる。


「あり得ます」


「だから、隊を出す前に、受け場所を二つに分けます。外道へ向かう隊と、戻ってくる人を受ける場を別にする。門前を一つにしない」


 また分ける。


 だが、今回は札の話ではない。


 場所の話だ。


 人の流れを一つにしない。


 攻める道と、戻る道を分ける。


 同じ門で混ぜれば、欠け指に使われる。


 オルディンはしばらく考え、頷いた。


「よし。北門横の空き荷場は受け場。外道へ向かう隊は旧北門跡から出す」


「風車小屋側の風口も見張ってください」


「わかっている」


 明日、北の外道へ動く。


 だが、ただ攻めるだけではない。


 戻る人を受ける場所を作った上で、進む。


 これは、これまでと少し違う。


 道を切るだけではない。


 道から吐き出された人を、どう受けるか。


 そこまで含めて戦う。


     ◆


 下宿へ戻ると、喉が痛かった。


 頭も重い。


 身体も重い。


 今日は穴を調べたわけではない。


 罠を解除したわけでもない。


 だが、人の波を受けた。


 それは、別の種類の疲れだった。


 怒り。


 恐怖。


 罪悪感。


 不満。


 飢え。


 借り。


 全部が混ざって押し寄せてきた。


 俺は戻り札を手に取った。


「俺はアスト。役割は運び手。戦闘も推理も管制も目的じゃない。道を守る手段。情報も荷。善意も荷。礼も荷。人は荷じゃない。名は奪うものじゃない。特徴も人を縛る。戻ったことを、弱みにしない。風は通す。荷は通さない。受けても腐らせない。拒まず、飢えさせない。使ったら戻る」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


【群衆分流残滓:低下】


【状態:疲労大・安定】


 受けても腐らせない。


 拒まず、飢えさせない。


 今日の言葉だ。


 欠け指は言った。


 受ければ腐る。


 拒めば飢える。


 どちらも俺の道だ。


 なら、そのどちらにも落ちない道を作るしかない。


 逃げてきた者を無条件に許すわけではない。


 でも、門前で潰さない。


 粉を分ける。


 瓶を止める。


 塩の借りを切る。


 特徴で呼ばれた者に、名を返す。


 やったことは記録する。


 戻る道は閉じない。


 北の外道は、まだ見ていない。


 だが、今日はその道から吐き出された人を見た。


 道は人を吐く。


 なら、こちらは受け止める場所を作らなければならない。


 明日、外道へ向かう。


 同時に、戻る人の場を守る。


 攻めるだけでは足りない。


 受けることも、戦いだ。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜は、こう信じる。


 俺は、人の波も分けられる。


 恐怖も怒りも罪も飢えも、ひとまとめにせず、流れを見て、止めるものを止め、受けるものを受けられる。


 欠け指が道から人を吐くなら、こちらはその人を荷にしない。


 次は、北の外道。


 吐き出された人の奥にある、欠け指の道へ進む。


第48話─了

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