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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第47話 風口を押さえる

 北外れの風車小屋。


 赤靴の男が漏らした、乾いた小屋。


 旧北門下道。


 石灰焼き場。


 祠。


 古井戸。


 そこに続いて出てきた、新しい結び目だった。


 だが、俺はその名を聞いても、すぐ踏み込む気にはなれなかった。


 風車小屋。


 風がある。


 粉がある。


 乾いた荷がある。


 そして、道が息をする。


 昨日、旧北門跡と石灰焼き場の両方で、風は外へ出ていた。


 旧北門の隙間からも、石灰焼き場の床下からも、風が抜けていた。


 つまり、この二つ以外に、どこか風を吸い込む口がある。


 その口が、風車小屋だとすれば。


 欠け指は、ただそこに荷を隠しているだけではない。


 道そのものに、息を送っている。


 俺は作業部屋の机に、地図を広げた。


 旧北門跡。


 石灰焼き場。


 祠。


 古井戸。


 塩倉。


 保存肉屋。


 そして、北外れの風車小屋。


 木札を置いていく。


 風車小屋の札だけ、少し離れている。


 だが、線で結べば、乾いた道の外れにある肺のようにも見えた。


「風車小屋は、倉庫ではなく風口かもしれません」


 俺が言うと、セリアが筆を止めた。


「風口?」


「道へ空気を入れる口です。あるいは、空気を吸い出す口」


 マルセルが眉を寄せる。


「そんなことまでできるのか」


「古い粉挽き小屋なら、床下や乾燥室があるはずです。風車の羽根が回ると、内部の空気も動く。そこに下道がつながっていれば、風を引けます」


 ノルが「あ」と声を上げた。


「爺さんが言うてた。あそこの風車小屋、昔は粉を乾かす穴が床下にあったって。湿った麦を置くんやなくて、風を通して乾かす場所」


「それです」


 俺は地図に細い線を引く。


 風車小屋。


 床下乾燥穴。


 旧北門下道。


 石灰焼き場。


 祠。


 古井戸。


 欠け指は、この古い乾燥の仕組みを使っていたのかもしれない。


 白い粉を乾かす。


 塩袋を湿らせない。


 下道へ空気を送る。


 そして、必要なら風を止める。


 息を止めれば、道は死ぬ。


 昨日の木片にあった言葉が、ここで重くなる。


「今日も、いきなり入りません」


 俺は言った。


 ガルドがもう慣れたように腕を組む。


「だろうな」


「まず風を見ます。羽根を止めない。動かさない。風向き、粉の流れ、足跡、床下の音。それを見てから」


「突っ込むな、だな」


「はい」


 ガルドは鼻を鳴らした。


 以前なら不満を言っただろう。


 だが、旧北門下道で石が落ちるのを見た後だ。


 無理に入れば、誰かが閉じ込められていた。


 それを彼もわかっている。


 リーナは当然のように準備を書き出した。


「湿らせた布。目洗いの水。粉に触れる者は布手袋。風下に立たない。粉袋を叩かない。井戸や穴には近づかない」


「あと、羽根を急に止めないでください」


 俺は加えた。


「止めると、下道の空気が逆流するかもしれません」


 セリアが書く。


「羽根を急に止めない」


「逆に、無理に回すのも駄目です。粉が舞う」


「では、見るだけですね」


「まずは」


 見る。


 聞く。


 嗅ぐ。


 触らずに確かめる。


 最近、そればかりだ。


 だが、それで生き残っている。


 俺は戻り札に触れた。


 風を見る。


 ただし、風に引かれるな。


【自己暗示候補:風路解析模倣】


【参照対象:物語内坑道指揮官群・気象読み群・斥候群】


【適合率:35%】


【効果:気流方向推定・粉塵拡散予測・入口出口整理】


【警告:過集中】


 起動。


 地図の上で、風が線になる。


 吸い込む口。


 吐き出す口。


 狭い穴。


 広い穴。


 粉が溜まる場所。


 人が息を詰まらせる場所。


 見えすぎるな。


 必要な線だけ見る。


「風車小屋は、欠け指の肺です」


 俺は言った。


「そこを押さえれば、乾いた道の息が変わります」


     ◆


 北外れの風車小屋は、街の端からさらに少し離れた丘の上にあった。


 今は使われていないと言われているが、遠目にも羽根は残っている。


 布は破れ、木枠は古びている。


 それでも、風が吹くたびに、ぎしり、ぎしりとわずかに動いた。


 完全な廃屋ではない。


 生きている。


 それが最初の印象だった。


 俺は今日も荷車で運ばれ、風車小屋から距離を取った場所に椅子を置かれた。


 リーナはもう何も言わない。


 代わりに、椅子の位置を風上に調整した。


 言葉より強い。


 ガルドたちは、風車小屋を囲まない。


 遠くに散る。


 風下には立たない。


 羽根の正面にも立たない。


 小屋の表口、裏口、粉挽き口、床下らしき石の隙間。


 それぞれを離れて見る。


 最初に使ったのは、紙片だった。


 細い棒の先に薄い紙をつけ、地面の割れ目や小屋の隙間に近づける。


 紙が揺れる。


 小屋の表口では、外から中へ。


 裏口では、ほとんど動かない。


 床下の石隙間では、強く内側へ引かれる。


 吸っている。


 風車小屋は、風を吸っていた。


「床下が吸い込み口です」


 俺は言った。


 伝令が走る。


 紙片の結果が次々に届く。


 羽根が動く時、床下の吸い込みが強くなる。


 羽根が止まりかけると、吸い込みが弱まる。


 やはり、羽根の動きと床下の風がつながっている。


「羽根の軸が、床下の空気を動かしているのか」


 マルセルが呟いた。


「たぶん、古い乾燥仕掛けです。粉や麦を乾かすための風路。それが下道につながっている」


 ノルが青い顔で言った。


「そんなん、下にいたら風で粉が来るやん」


「はい」


 だから危ない。


 羽根を無理に回せば、下道へ粉が流れる。


 急に止めれば、空気が淀む。


 欠け指は、その仕組みを知っている。


 道の息を、利用している。


     ◆


 風車小屋の周りには、足跡があった。


 大人の足跡。


 小柄な者の足跡。


 そして、片方だけ靴底の減りが浅い足跡。


 欠け指本人のものかと思ったが、右足を引く跡ではない。


 別人だ。


 ただ、白い粉が点々と落ちている。


 小屋の裏に、灰を入れる桶の跡もあった。


 ノルがそれを見て言った。


「灰桶」


 木片束にあった特徴。


 赤靴、下道へ。


 小背、祠へ。


 灰桶、粉へ。


「灰桶が、ここに来ていますね」


 俺は言った。


「粉を扱う役です」


 ガルドから報告が来る。


 小屋裏の草むらに、空の灰桶が一つ。


 中には灰ではなく、白い粉がこびりついていた。


 灰桶。


 粉仕事の手駒。


 まだ近くにいるかもしれない。


「追わないでください」


 俺は先に言った。


「灰桶は粉を持っている可能性があります。追い詰めると撒く。まず風下を空ける。逃げるなら風上へ誘導しない」


 伝令が走る。


 風を見る戦いになってきた。


 剣より、足より、風向きが大事だ。


 少し前の俺なら、こんなことを考えて異世界で戦っているとは思わなかっただろう。


 だが、これも運び手の戦い方だ。


 荷は、風にも運ばれる。


 粉も、匂いも、噂も。


 運ばれるなら、道がある。


     ◆


 小屋の表口には、鍵がかかっていなかった。


 だが、ガルドは開けなかった。


 まず、扉の隙間へ紙片を近づける。


 紙が内側へ吸われる。


 次に、扉の足元。


 白い粉が細く積もっている。


 扉を開ければ、風が変わる。


 粉が舞う。


「開けるなら、反対側の小窓を先に少し開けて、風を逃がしてください」


 俺は指示した。


「ただし、小窓にも罠があるかもしれない。棒で」


 ガルドは棒で小窓を押した。


 きい、と音を立てて開く。


 その瞬間、小窓の上から白い粉が落ちた。


 だが、誰も真下にいない。


 湿った布も用意している。


 粉は地面に落ちただけだった。


 ガルドがこちらを見た。


 距離があるのに、言いたいことはわかった。


 またか。


 俺は頷いた。


 まただ。


 欠け指は、開けたくなる場所に粉を置く。


 井戸の底。


 下道の箱。


 風車小屋の小窓。


 見たい、開けたい、取りたい。


 その気持ちを使う。


「扉はまだ開けない。小窓から籠灯りを入れてください」


 籠灯りが中へ入る。


 明かりが揺れる。


 小屋の中には、古い石臼が見えた。


 軸。


 歯車。


 破れた粉袋。


 白い粉。


 そして、床の中央に丸い蓋。


 床下乾燥穴の蓋だろう。


 その蓋の上に、黒糸袋が一つ置かれていた。


 見えやすい。


 あまりにも見えやすい。


「餌袋です」


 俺は言った。


 ガルドはもう驚かない。


「触るな、だな」


「はい。蓋の周りを見てください。紐か、粉袋か、落とし板があるはずです」


 確認すると、蓋の縁に細い糸があった。


 黒い。


 床の色に紛れている。


 糸は石臼の下へ伸びていた。


 もし黒糸袋を取れば、石臼の下の粉袋が裂ける。


 風車の吸い込みで、粉は一気に床下へ落ちる。


 下道へ流れる。


 人が中にいれば、目と喉をやられる。


「欠け指は、ここをまだ生かしておくつもりだったんですね」


 セリアが呟いた。


「はい。旧北門側を捨てても、風車小屋の風口は残すつもりだった」


 赤靴の木片にもあった。


 旧北門、捨てろ。


 石灰、残せ。


 だが、それだけではない。


 風口も残す。


 粉を流す息を残す。


「糸を切らず、粉袋を先に支えてください。石臼の下に布を敷く。蓋は開けない」


 ガルドたちは慎重に動いた。


 糸を緩めず、粉袋を押さえる。


 石臼の下から白い粉袋を取り出す。


 袋は三つ。


 うち一つは、少し裂けかけていた。


 危なかった。


 もし、雑に黒糸袋を取っていれば。


 風車小屋は粉を吸い、下道へ吐いていた。


     ◆


 罠を外した後、ようやく表扉を開けた。


 小屋の中は、白く汚れていた。


 粉挽きの白さではない。


 石灰の白さ。


 塩の白さ。


 古い粉の白さ。


 乾いた匂いが鼻を刺す。


 リーナは俺を小屋へ近づけなかった。


 もちろんだ。


 俺も逆らわなかった。


 小屋の中を調べるのは、ガルドたちだ。


 湿らせた布で口を覆い、目を守り、足元を棒で確認する。


 石臼の横には、古い粉袋が積まれていた。


 中身は三種類。


 麦粉。


 石灰粉。


 塩。


 見た目だけでは紛らわしい。


 だから危ない。


 麦粉だと思って触れば石灰。


 塩だと思って運べば目潰し粉。


 欠け指は、白いものを混ぜて使っている。


 粉の色だけでは信用できない。


「白粉管理札に、匂いと触感の確認を入れてください」


 俺は言った。


 リーナが頷く。


「薬師か職人の確認が必要ですね」


「はい。白い粉は、見た目で判断しない」


 また短い言葉が生まれる。


 白い粉は、見た目で判断しない。


 当たり前のようで、現場では大事な言葉だ。


 白いものは白い。


 だが、全部同じではない。


 塩も、石灰も、麦粉も、人を助けることもあれば傷つけることもある。


 扱いを間違えれば、道を腐らせる。


     ◆


 床下の蓋は、まだ開けない。


 まず、風車の羽根を固定する必要があった。


 ただし、急に止めない。


 羽根に縄をかけ、少しずつ角度を変え、風を受けにくくする。


 軸の動きを緩める。


 床下の吸い込みが弱まるのを紙片で確認する。


 完全に止める前に、下道側の出口に人を置く。


 風が逆流して粉が出ないか確認する。


 とにかく面倒だ。


 だが、必要だ。


 ガルドが汗を拭いながら言った。


「剣で斬る方が楽だな」


「斬ったら粉が舞います」


「わかっている」


「羽根も荷です。力任せに扱うと暴れます」


「お前、何でも荷にするな」


「運び手なので」


 ガルドは苦笑した。


 ようやく、風車の羽根が止まる。


 床下の吸い込みがかなり弱くなる。


 その状態で、蓋を調べる。


 蓋の裏には、木札が貼られていた。


 風を食わせろ。


 道は腹を空かせる。


 嫌な言葉だ。


 欠け指は、道を生き物のように扱っている。


 道に風を食わせる。


 塩を食わせる。


 人を食わせる。


 そうやって、自分の裏道を太らせる。


「こちらは、道に人を食わせない」


 俺は呟いた。


 セリアがその言葉を書き留めようとしたので、俺は首を振った。


「それは掲示には強すぎます」


「では内部記録に」


「はい」


 掲示には、もっと短く。


 風車小屋の風口を封鎖。


 白い粉の罠あり。


 近づくな。


 白い粉は見た目で判断しない。


 粉袋や黒糸袋を見つけたら、触らずギルドへ。


 責めるためではなく、止めるために。


 それでいい。


     ◆


 床下の乾燥穴は、旧北門下道へつながっていた。


 ただし、人が通るには狭い。


 風と粉と、小さな袋を通すための穴だ。


 中には、黒糸袋が五つ。


 白い粉袋が二つ。


 そして、特徴木片があった。


 灰桶、粉へ。


 小背、風へ。


 小背。


 まだ見つかっていない特徴だ。


 小柄な者。


 子どもかもしれない。


 小柄な大人かもしれない。


 風へ。


 それは、何を意味するのか。


「小背は、風車小屋の担当ですね」


 セリアが言った。


「たぶん」


「では、まだ近くに?」


 俺は風車小屋の周囲を見た。


 小屋。


 風下。


 草むら。


 古い乾燥棚。


 粉袋。


 足跡。


 小柄な足跡。


 風へ。


 嫌な予感がした。


「乾燥棚を見てください」


 俺は言った。


「小屋の外に、古い棚や箱は?」


 伝令が確認へ走る。


 しばらくして、声が上がった。


「人がいます!」


 全員が動きかけた。


「待って!」


 俺は叫んだ。


「粉袋を持っているか確認! 追い詰めない!」


 報告はすぐ戻った。


 古い乾燥棚の下に、小柄な若者が隠れていた。


 年は十六、七。


 子どもと言うには大きいが、大人と言い切るには細い。


 背が低い。


 腕に白い粉がついている。


 手には、短い紐。


 その紐は、風車の羽根を止めるための補助縄につながっていた。


 彼は、羽根を急に解く役だった。


 もし、調査中に羽根が急に回れば、床下の粉が吸い込まれる。


 小背。


 風へ。


 そういう意味だった。


 ガルドは、彼を飛びかかって押さえなかった。


 周囲を固め、逃げ道を一つ残し、声をかけた。


 白い粉の袋は、ここで終わりにできる。


 その言葉を使ったらしい。


 若者は、しばらく震えていた。


 やがて、紐を離した。


 名はテノ。


 仮仕事にも正規の日雇いにも入れず、塩の借りを受けた。


 最初は粉袋を運ぶだけ。


 次に、風車の羽根を動かすだけ。


 今日は、合図があれば縄を解けと言われていた。


 合図は、黒い布を振ること。


 だが、黒い布は出なかった。


 欠け指は現れなかった。


 赤靴が捕まったからか。


 風車小屋が見張られたからか。


 理由はわからない。


 ただ、テノは縄を解かずにいた。


 そして捕まった。


 いや、戻った。


 まだ重い仕事をする前に。


     ◆


 テノは黒糸ではなく、白点一つの塩袋を持っていた。


 借り付け。


 先に塩を受け取り、後で仕事をさせられる袋。


 またそれだ。


 彼の袋には、木片が入っていた。


 風、一。


 未済。


 借り、倍。


 これも同じ仕組み。


 未済を借りにする。


 借りを倍にする。


 戻れなくする。


 「黒糸返し札という名は残す。ただし、白点一つの借り付け袋も、重い仕事へ進む前なら対象に含める。」


 俺は言った。


 マルセルが難しい顔をする。


「黒糸ではない」


「でも重い仕事へ進む前です。白点一つの借り付けでも、戻る道が必要です」


「また範囲が広がる」


「はい」


「悪用される」


「されます」


「それでもか」


「それでもです。白点一つで戻れないなら、黒糸まで行ってしまう」


 マルセルは長く息を吐いた。


「……仮仕事札へ回せ。だが、記録は残す」


「はい」


 やったことは消さない。


 でも、戻る道は消さない。


 この線を守る。


 テノは、しばらく何も言えなかった。


 ノルが彼の横にしゃがみ、低い声で言った。


「塩の借りは、こっちで止める。逃げたらまた借りにされる。ここで止まれ」


 テノは泣きそうな顔で、頷いた。


 ノルの言葉は、やはり届く。


 黒い輪の近くを見た者の言葉だからだ。


     ◆


 風車小屋の風口は、夕方までに封鎖された。


 完全に塞ぐのではなく、管理できる形にした。


 風を全て止めると、下道の中に悪い空気が溜まる。


 だから、細い木枠と布網を入れ、粉袋や小物が通らないようにする。


 外から見張れるよう、封印木と札をつける。


 風は通す。


 荷は通さない。


 人を通さない。


 粉を通さない。


 これが、今日の処置だった。


 風口札。


 また札が増えた。


 だが、これは道の息を殺す札ではない。


 息を見える形にする札だ。


 セリアが札に書いた。


 風口。


 風は通す。


 荷は通さない。


 粉は通さない。


 勝手に開けるな。


 触らず知らせよ。


 短い。


 現場向きだ。


 マルセルも何も言わなかった。


 風車小屋の押収品は多かった。


 白い粉袋。


 塩袋。


 黒糸袋。


 空瓶。


 特徴木片。


 白点一つの借り付け袋。


 灰桶。


 そして、風車の補助縄。


 ひとつずつ記録する。


 重さを消さないために。


 欠け指の道は、また一つ細くなった。


 白い粉の供給。


 乾いた風の入口。


 小背の役割。


 灰桶の痕跡。


 全部、こちらの帳面に乗せる。


     ◆


 帰る前、ガルドが風車小屋の丘から北を見た。


「この先は、もう街の外だな」


「はい」


 俺も椅子から北を見る。


 遠くに、乾いた草地が広がっている。


 その先には、古い道があるはずだ。


 荷車が通れなくなった道。


 今は使われない道。


 欠け指が、そこを使っているなら。


 もう、領都の中だけの話ではない。


「欠け指は、外へ逃げる道を持っています」


 俺は言った。


「だろうな」


「でも、外へ逃げるだけなら、ここまで中を腐らせる必要はない」


「何が言いたい」


「たぶん、外からも何かを入れている」


 ガルドの目が細くなった。


「白い粉か」


「それだけではないかもしれません。黒鳴石、偽薬瓶、塩袋用の布、逃げ人、借り人」


 欠け指の道は、内から外へ逃げる道であり、外から内へ入れる道でもある。


 乾いた風は、一方向ではない。


 吸って、吐く。


 道も同じだ。


 リーナが静かに言った。


「次は外道を見るのですね」


「はい。ただし、今日ではありません」


「当然です」


 即答だった。


 俺は逆らわない。


     ◆


 下宿へ戻ると、頭の中でまだ風車の羽根が回っていた。


 ぎしり。


 ぎしり。


 ゆっくり回る木の音。


 床下へ吸われる風。


 粉。


 塩。


 黒糸袋。


 テノの震えた手。


 ノルの言葉。


 風口札。


 風は通す。


 荷は通さない。


 粉は通さない。


 今日も、また一つ言葉が増えた。


 俺は戻り札を手に取る。


「俺はアスト。役割は運び手。戦闘も推理も解析も管制も目的じゃない。道を守る手段。情報も荷。善意も荷。礼も荷。人は荷じゃない。名は奪うものじゃない。特徴も人を縛る。戻ったことを、弱みにしない。乾いた道にも息がある。風は通す。荷は通さない。使ったら戻る」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


【風路解析残滓:低下】


【状態:疲労大・安定】


 風は通す。


 荷は通さない。


 今日の言葉だ。


 道の息を完全に止めれば、安全に見える。


 だが、空気が腐る。


 人も入れなくなる。


 調べることもできなくなる。


 だから、風は通す。


 でも、欠け指の荷は通さない。


 粉も、袋も、借りも、人を縛る特徴も。


 風車小屋は、欠け指の肺だった。


 その風口を、こちらの札で押さえた。


 赤靴に続き、小背も戻した。


 灰桶の痕跡も見えた。


 次は、北の外道。


 風車小屋の先にある、古い乾いた道。


 欠け指が外へ逃げ、外から何かを入れる道。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜は、こう信じる。


 俺は、風の入口を見つけられる。


 吸い込まれる粉も、流れ込む借りも、震えながら縄を握る人の手も。


 道の息を殺さず、欠け指の荷だけを止められる。


第47話─了

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