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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第37話 運び手を運ばせるな

 薬師方針札は、朝から人目を集めていた。


 商人ギルドの掲示板の中央。


 リーナ、ハルム、バルム、鉱山町薬師たちの名が並び、その下に短い言葉が貼られている。


 薬師が決める。


 ギルドは運ぶ。


 薬は命の危険順。


 礼は返す。


 薬順は変えない。


 裏口では薬を出さない。


 偽薬は責めるためではなく、止めるために持参。


 薬師は割れぬ。


 最後の一文は、ハルムの言葉だった。


 昨日、薬師同士を割ろうとする偽文書と、小瓶を投げ込む騒ぎがあった。


 リーナを狙った小瓶は、俺が書板で受けた。


 左腕はまだ少しひりつく。


 背中も痛い。


 右肩も、相変わらず熱を持つ。


 それでも、薬師方針札は折れなかった。


 薬師は割れなかった。


 そこは勝ちだった。


 だが、欠け指は負けた後こそ、次の結び目を探す。


 それを俺たちはもう知っている。


 だから朝から、商人ギルドはいつもより静かに緊張していた。


 俺は作業部屋の椅子に座り、戻り札を机の端に置いていた。


 リーナに「今日は絶対に前へ出ないでください」と言われている。


「昨日も似たようなことを言われた気がします」


「毎日言う必要があるからです」


 リーナは薬箱を整理しながら答えた。


 言い方はいつも通りだが、昨日の騒ぎの後だからか、目の下に少し疲れが見える。


「リーナさんこそ、休めてますか」


「私は薬師です」


「答えになってません」


「あなたほど無茶はしていません」


「それは強い」


 否定できない。


 セリアが横で淡々と筆を走らせている。


 薬師方針札の控え。


 偽薬瓶の記録。


 青い紐の男の聞き取り要点。


 そして、小瓶を投げた男の供述。


 どれもまだ途中だ。


 青い紐の男は捕まった。


 だが、欠け指本人ではない。


 サナも逃げたまま。


 水車小屋は中継点として潰したが、本拠ではない。


 欠け指はまだ道のどこかにいる。


 しかも、こちらの動きをよく見ている。


「青い紐の男が、少し話しました」


 セリアが言った。


「何を?」


「欠け指から直接ではなく、サナを通じて指示を受けていたようです。ただ、一つだけ同じ言葉を何度も聞かされたと」


「どんな言葉ですか」


 セリアは紙を一枚めくった。


「運び手を運ばせろ」


 部屋が静かになった。


 俺はその言葉を、頭の中でゆっくり繰り返した。


 運び手を運ばせろ。


 荷を運ぶ者を、荷にする。


 人は荷じゃない。


 昨日、いや、一昨日から俺たちがずっと守ろうとしている線を、欠け指は正面から踏みに来た。


「俺ですかね」


 俺が言うと、リーナがすぐ顔を上げた。


「外へ出ませんよ」


「まだ何も」


「顔に出ています」


「出るの早いですね」


「出ています」


 強い。


 セリアも否定しない。


 マルセルが帳面を閉じた。


「欠け指から見れば、お前は邪魔だ。黒札、半札、色札、青札、緑札、戻り札。全部に噛んでいる」


「戻り札は外には出していません」


「だが、戦った後に木札を読んでいることくらいは見られているかもしれん」


 それはありえる。


 戻り札の中身や自己固定率は誰にも見えない。


 だが、俺が何かの札を使って自分を戻している姿は、誰かが見た可能性がある。


 欠け指がそれをどう読むか。


 運び手を運ばせろ。


 俺を外へ出させる。


 あるいは、俺の戻る道を奪う。


 嫌な予感がした。


 その時、受付から職員が駆け込んできた。


「急ぎです! 西市場裏から、薬師を呼んでほしいと!」


 リーナがすぐ立ち上がる。


 俺は職員を見る。


「誰からですか」


「昨日のミラという娘の父、ディゴを名乗る男からです。熱が急に上がった。リーナ薬師をすぐ呼んでくれ、と」


 リーナの顔が険しくなった。


「昨日の子ですか」


「はい。薬師診療所では落ち着いたはずですが」


「急変はありえます」


 リーナは薬箱を掴みかけた。


 だが、俺は言った。


「待ってください」


 リーナの手が止まる。


「急患を疑えと?」


「疑うんじゃありません。確認します」


 職員が持ってきた紙片を見る。


 字は荒い。


 内容は短い。


 ミラが苦しい。


 リーナ薬師を呼べ。


 あの運び手も来い。


 薬師方針札を作った男が来なければ、薬を信じぬ。


 俺は最後の一文を見て、息を止めた。


 来た。


 これだ。


 運び手を運ばせろ。


「俺も来い、と書いてあります」


 セリアが低く言った。


「急患に、俺は必要ありません」


 リーナも紙片を見て、表情を変えた。


「確かに。患者に必要なのは薬師です。あなたではありません」


「ディゴさん本人の字ですか」


 俺が聞くと、セリアが昨日の家族確認札を出した。


 ミラ。


 7歳。


 父、ディゴ。


 西市場裏。


 昨日、ハルムとリーナが確認に向かった後、家族確認札にも記録が残っていた。


 父親の字は不慣れだが、もっと大きく角ばっている。


 今の紙片の字は、荒いが妙に整いすぎている。


「違います」


 セリアが断言した。


「それでも、ミラが本当に急変している可能性はあります」


 リーナが言う。


「はい。だから、本物の確認を別に出します」


 俺は地図を引き寄せる。


 西市場裏。


 ミラの家。


 薬師診療所。


 南水路。


 灰鴉亭。


 もし本当に急患なら、リーナが行く価値はある。


 だが、紙片が偽物なら、呼び出し場所は罠だ。


「この紙片を持ってきた人は?」


「若い女です。泣いていました。今は受付にいます」


「通してください。ただし、責めない」


 職員が走る。


 しばらくして、若い女が入ってきた。


 見覚えはない。


 服は西市場のものに見えるが、手元が綺麗すぎる。


 日雇いでも市場の女でもない。


 泣いていたという割に、目は赤くない。


 ノルが部屋の端で、じっとその女を見ていた。


「知っていますか」


 俺が聞くと、ノルは小さく首を横に振る。


「西市場の人間っぽい服やけど、歩き方が違う。水路沿いの道を歩き慣れてない」


 ありがたい。


 女は震える声で言った。


「ミラが、苦しんで……早く……」


「ミラさんの家はどこですか」


 俺が聞くと、女は一瞬止まった。


「西市場の裏です」


「染物屋から見て、右ですか左ですか」


「……右」


 ノルがすぐ顔を上げた。


「違う。ミラの長屋は染物屋の左奥や」


 女の目が泳いだ。


 ガルドが扉の近くで、静かに位置を変える。


 俺は声を荒げない。


「誰に頼まれました」


「私は……」


「責めるためではありません。止めるためです」


 その言葉に、女の顔が少し崩れた。


 何度も掲示してきた言葉だ。


 偽札。


 偽薬。


 黒い輪。


 そのどれにも使ってきた。


 だから、相手も聞いているはずだ。


 女は唇を噛み、やがて小さく言った。


「青い袖の女に……紙を渡せば、弟の借りを減らすって」


「サナですか」


 ガルドが聞く。


「名前は知らない。灰色の外套で、青い袖紐をしてた」


 サナか、別の手駒か。


 だが、紙片は偽物。


 ミラの急患も怪しい。


 俺はすぐ指示を出した。


「リーナさんはここに残ってください。ハルム薬師へ確認を。薬師診療所から、本物の使いをミラさんの家へ出す。ギルド職員とノルさんの知り合いも同行」


「私が行かないのですか」


「罠なら、リーナさんを外へ出すのが目的です。まず確認です」


 リーナは一瞬だけ迷った。


 薬師としては、患者がいるなら行きたいのだろう。


 だが、彼女は頷いた。


「わかりました。薬師診療所へ連絡を」


 よし。


 ここでリーナが飛び出さないことが大事だ。


 俺も行かない。


 運び手を運ばせない。


     ◆


 確認はすぐ戻った。


 ミラは薬師診療所にいた。


 熱はあるが、急変はしていない。


 父ディゴも診療所に付き添っていた。


 当然、紙片など出していない。


 偽の急患搬送。


 狙いは、リーナと俺を外へ出すこと。


 もしくは、俺を出せなければリーナだけでも。


「紙片の指定先は?」


 俺が聞くと、職員が答えた。


「西市場裏、としかありません。ただ、受付で女が“南水路側から入った方が早い”と言っていました」


 南水路側。


 罠の匂いが濃い。


「南水路には行かせない。代わりに、南水路側で誰が待っているかを見る」


 ガルドが頷く。


「俺が行く」


「正面からではなく、灰鴉亭側と水路出口側を分けてください」


「わかっている」


「あと、俺やリーナさんが向かったように見せることはできますか」


 リーナがこちらを見る。


「どういう意味ですか」


「囮です。ただし本人は出ない。薬箱に似せた箱と、俺の外套に似た布を荷車に乗せる。遠目には出たように見せる」


 マルセルが少し笑った。


「運び手を運ばせようとした相手に、空荷を運ばせるのか」


「はい」


「悪くない」


 リーナは渋い顔をしたが、反対はしなかった。


「囮に人を使いすぎないでください」


「使いません。荷車だけです。護衛は離れて」


 セリアがすぐ手配を書く。


 薬箱に似せた空箱。


 俺の外套に似た布。


 荷車。


 表向きは西市場裏へ向かう。


 実際には南水路手前で曲がり、ガルドの待機場所へ誘導する。


 相手が誰を狙っているかを見る。


 俺は戻り札を読む。


「俺はアスト。役割は運び手。行かないことも運ぶこと。焦りは判断材料。目的ではない」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


 行かない。


 今日の一番大事な判断だ。


     ◆


 囮の荷車が出た。


 俺とリーナは作業部屋に残る。


 ノルも残した。


 彼は行きたがったが、昨日の件もある。


 南水路へ近づけるのは危険だ。


「俺、役に立てるのに」


 ノルが悔しそうに言う。


「ここで役に立ってください」


「ここで?」


「紙を持ってきた女の話を聞く。服や言葉から、どこの人間か見る。外へ行くだけが仕事じゃない」


 ノルは唇を噛んだが、頷いた。


 女は別室で水を飲ませている。


 責めない。


 だが、逃がさない。


 彼女もまた、借りを餌に使われた人間だ。


 人は荷じゃない。


 使い捨てにはさせない。


 南水路からの報告が来た。


「囮の荷車を、2人組が追跡。1人は青い袖紐の女。もう1人は顔を布で隠した男」


 サナか。


 欠け指か。


 部屋の空気が張る。


「右足は?」


 俺が聞くと、伝令は紙を確認する。


「男は足を引いていないように見えたと」


「なら欠け指本人ではない可能性が高いです。手駒か、別の男」


「青い袖紐の女は?」


「南水路の古橋下へ先回り。荷車を止めるつもりのようです」


「荷車を止めた後、何をするか見てください。すぐ捕まえない。危険物があるなら、荷車から離す」


 伝令が走る。


 しばらくして、次の報告。


「古橋下で、青い袖紐の女が薬箱らしき空箱を奪おうとしました。箱を開け、空と知って逃走。男は別方向へ。ガルドさんが女を追わず、男の方を追跡」


「なぜ男?」


 セリアが聞く。


「女は見せ札。男が本命の回収役かもしれません」


 俺は答えた。


「サナ本人なら追いたい。でも、相手が見せるものを追うと、また逃げられる。男がどこへ戻るかを見る」


 追うな。


 流れを見ろ。


 今度はガルドもそれを選んだ。


 報告を待つ。


 心臓が落ち着かない。


 リーナが水を出してくる。


「飲んでください」


「はい」


 水を飲む。


 少しだけ呼吸が戻る。


 次の報告は、想定外だった。


「男、南水路から薬師診療所の裏へ移動!」


 リーナの顔が変わる。


「診療所?」


「リーナさんを誘い出す罠と見せて、本命は診療所?」


 俺は地図を見た。


 薬師診療所。


 捨て瓶置き場。


 昨日、青い紐の男を捕まえた場所。


 薬師方針札が出た直後。


 患者や薬師が集まる場所。


「診療所へ警告。裏口を閉める。薬瓶、薬草棚、患者記録を守る。男は追い込まず、何を狙うか見てください」


 リーナが立ち上がりかける。


 俺は言った。


「行かないでください」


「診療所です」


「だからこそ、罠です。リーナさんが動くと、向こうの狙い通りになる」


 リーナは唇を噛んだ。


 悔しいのだろう。


 俺も悔しい。


 だが、行かないことが今の守りだ。


「ハルム薬師へ」


 リーナはすぐ切り替えた。


「診療所内の患者を奥へ。薬草棚の鍵を。裏口に薬師は出ない。領兵とガルドさんへ任せて」


 セリアが書く。


 伝令が走る。


 リーナは深く息を吐いた。


「行かないのは、難しいですね」


「はい」


「あなたがいつも行こうとする理由が、少しわかりました」


「わかっても行かないでください」


「あなたもです」


「はい」


     ◆


 薬師診療所裏で、男は捕まった。


 ただし、薬草棚ではなく、患者記録を狙っていた。


 患者の名前。


 症状。


 家族。


 薬の使用順。


 それが記された紙束。


 もし奪われれば、噂の材料になる。


 誰が先に薬をもらった。


 誰の家族が後回しにされた。


 誰が支援物資を出した。


 そうやって、また人を割れる。


 男は患者記録の一部を掴んだところで、ガルドに押さえられた。


 顔布の下には、青い紐の男とは別の顔。


 右手小指あり。


 右足も普通。


 欠け指ではない。


 だが、懐に木片を持っていた。


 黒い輪。


 切れた鎖。


 運び手は、名を運ぶ。


 名を奪えば、道は曲がる。


 俺はその報告を聞いて、腹の底が冷えた。


 狙いは、俺でもリーナでもなかった。


 最終的には、患者の名前だった。


 俺とリーナを外へ出し、診療所の守りを薄くして、患者記録を奪う。


 それで薬師方針札を腐らせる。


 運び手を運ばせるというのは、俺を荷にするだけではない。


 俺たちを動かし、守るべき場所から離すことだった。


「本命は患者記録でしたね」


 セリアが言った。


「はい」


「危なかった」


 リーナの声が低い。


「もし記録が奪われていたら、患者の名が噂に使われました」


「薬師を選ばせる次は、患者を比べさせる」


 俺は言った。


 最悪だ。


 だが、止めた。


 行かなかったから止められた。


 囮の空箱で流れを見たから、診療所へ戻る男を見つけられた。


 薬師も運び手も動かない。


 その判断が、患者記録を守った。


「患者記録にも札が必要ですね」


 マルセルが言った。


「札というより、扱いの決まりです」


 俺は答えた。


「患者名は荷より重い。出す情報と隠す情報を分ける。掲示には人数と状態だけ。個人名は家族確認札で本人確認がある場合だけ」


 セリアが頷く。


「患者名守り」


「はい」


「また守り札ですか」


「でも必要です」


「わかっています」


 セリアはすぐ書き始めた。


 患者名は外へ流さない。


 掲示は数と状態。


 家族確認札は本人確認後。


 薬師とギルド担当のみ閲覧。


 記録の持ち出し禁止。


 患者の名も、荷だ。


 しかも重い荷だ。


 雑に運べば、人を傷つける。


     ◆


 夕方、ディゴ本人が商人ギルドへ来た。


 ミラの父だ。


 彼は何度も頭を下げた。


「俺の名前を使われたって聞いて……すまん」


「ディゴさんは悪くありません」


 俺は言った。


「でも、俺の娘の名前で人を呼び出したんだろ」


「はい。だから、これからは急患の呼び出しにも確認札を使います」


 ディゴは困惑した顔をする。


「急いでる時に札か?」


「急いでいる時ほど、短い確認です。患者名、場所、症状、誰が呼んだか。薬師診療所かギルドを通す。口だけで“誰々が苦しい”と言われても、まず確認する」


「それで間に合うのか」


「本当に急なら、薬師側が走ります。でも偽の呼び出しで薬師を遠ざける方が、もっと危ない」


 ディゴは黙った。


 昨日、自分も偽文書で揺さぶられた男だ。


 理解は早かった。


「ミラのこと、変に使われるんは嫌や」


「守ります」


 リーナが言った。


「ミラさんの名前は、必要以上に掲示しません。診療に必要なところだけで扱います」


 ディゴはリーナを見て、深く頭を下げた。


「頼む」


 これも大事な場面だった。


 薬師と家族。


 ここがつながっていなければ、欠け指に割られる。


 ディゴは帰り際、掲示板を見た。


 薬師方針札。


 偽文書。


 偽薬注意。


 患者名守り。


 少しずつ、札が増えている。


 重くなりすぎないようにしなければならない。


 だが、今日の札は必要だった。


     ◆


 夜、俺は下宿のベッドに戻った。


 今日は一度も外へ出ていない。


 戦ってもいない。


 声も張っていない。


 それなのに、ひどく疲れていた。


 行かないこと。


 動かないこと。


 それは思った以上に疲れる。


 自分が動けば楽に見える場面で、あえて動かず、流れを見る。


 その我慢が、身体より頭に来る。


 リーナは薬を置きながら言った。


「今日は、行かなかったことが正解でした」


「珍しく褒められました?」


「褒めています」


「明日は雪ですかね」


「熱が出る前触れなら診ます」


「冗談です」


 少しだけ笑えた。


 リーナも、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 それだけで、今日の疲れが少し軽くなる。


 俺は戻り札を手に取った。


「俺はアスト。役割は運び手。戦闘も推理も調停も守護も目的じゃない。道を守る手段。情報も荷。善意も荷。礼も荷。人は荷じゃない。薬師は道の結び目。患者の名は重い荷。使ったら戻る」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


【状態:疲労大・安定】


 患者の名は重い荷。


 今日の言葉だ。


 薬草より軽い紙。


 でも、その紙に書かれた名前は重い。


 奪われれば噂になる。


 比べられれば争いになる。


 曲げられれば薬師が折れる。


 なら、守る。


 俺たちが運ぶのは、荷だけではない。


 薬草。


 支援物資。


 情報。


 礼。


 善意。


 そして名前。


 全部、運び方を間違えれば人を傷つける。


 欠け指はそこを知っている。


 だから、こちらも知る必要がある。


 窓の外で、夜風が鳴った。


 欠け指本人は、また出てこなかった。


 だが、手は見えた。


 運び手を運ばせる。


 薬師を外へ出す。


 診療所の記録を奪う。


 その流れは読めた。


 そして止めた。


 今日は、行かなかったから守れた。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜は、こう信じる。


 俺は、動かないことで道を守れる。


 運び手は、いつも走るだけじゃない。


 運ばされそうになった時こそ、止まって流れを見る。


 そうすれば、奪われるはずだった名前も、まだ守れる。


第37話─了

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