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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第28話 止める道具を見ろ

 谷村から鉱山町までの道は、短い。


 だが、楽ではない。


 山が近づき、道は細くなる。


 石が増える。


 坂も増える。


 荷車の速度を上げれば早いが、下りで失敗すれば荷ごと転ぶ。


 しかも今日の荷は、追加薬草と薬師道具だ。


 壊せない。


 濡らせない。


 遅らせすぎてもいけない。


 そして、欠け指側は言った。


 次は止まらぬ荷を止める。


 その言葉が、朝からずっと頭に残っていた。


 俺は商人ギルドの作業部屋で、北道の地図を見ていた。


 身体はまだ重い。


 背中と太腿は昨日よりましだが、右肩は動かすと熱い。


 リーナからは、椅子から立つ回数まで制限された。


「今日は、作業部屋から出ないでください」


「荷場くらいは」


「出ないでください」


「はい」


 一撃で終わった。


 だから俺は、机の上に木札を並べるしかない。


 谷村。


 石切坂。


 山腰の曲がり道。


 鉱山町南門。


 薬師の店。


 今日の結び目は、このあたりだ。


 中でも問題は、石切坂だった。


 谷村を出てしばらく進むと、道が一度大きく下る。


 鉱山町へ向かう荷車は、そこで必ず速度を殺す。


 車輪に輪留めを噛ませ、後ろ綱を人足が引き、馬に無理をさせない。


 つまり、そこは「進ませる場所」ではなく「止めながら進む場所」だ。


 俺は地図上の石切坂に木札を置いた。


「止まらぬ荷を止める……」


 呟くと、セリアが顔を上げた。


「まだ考えていますか」


「はい」


「車輪、馬具、薬草固定は確認させました」


「それでも足りない気がします」


「何が足りないのですか」


 俺は石切坂を指した。


「動かす道具じゃなく、止める道具です」


「止める道具?」


「輪留め、後ろ綱、坂で使う荒縄。あと、荷車を支える楔。車輪や馬具が無事でも、止める道具が壊れていたら下りで終わります」


 セリアの筆が止まった。


「確かに、昨日の確認項目は車輪、馬具、薬草固定でした」


「欠け指側がそこを読んだなら、次は見ていない場所を触るはずです」


 俺は戻り札に触れた。


 深く借りるな。


 低く、浅く。


 道の構造を見るだけ。


【自己暗示候補:構造把握模倣】


【参照対象:物語内職人群・罠読み役・軍師群】


【適合率:35%】


【効果:機能分解・弱点抽出補助】


【警告:過集中に注意】


 起動。


 頭の中で、荷車が分解される。


 車輪。


 車軸。


 馬具。


 荷縄。


 薬草箱。


 人足。


 坂。


 止める力。


 進む力。


 壊すならどこか。


 車輪を壊せば、点検で見つかる。


 馬具を切れば、見つかる。


 薬草箱を狙えば、緑札確認で止まる。


 なら、もっと地味な場所。


 止まるための縄。


 動かす時には使わない。


 坂に入るまで、誰も本気で見ない。


「セリアさん、伝令を」


「内容は」


「石切坂に入る前、後ろ綱、輪留め、楔、予備縄を確認。見た目ではなく、引いて、捻って、芯を見る。新しすぎる縄、油の匂いがする木、妙に軽い輪留めは使わない」


 セリアがすぐに書く。


「赤ですか」


「赤寄りの黄。石切坂手前で必ず処理。放置不可」


「黄は寝かすな」


「はい」


 伝令が走った。


 俺は戻り札を読む。


「俺はアスト。役割は運び手。推理は道具。使ったら戻る」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


 息が少し楽になった。


 リーナが横から水を差し出す。


「使いましたね」


「少しだけ」


「少しでも、使ったら戻ってください」


「戻りました」


「では水を」


「はい」


 完全に管理されている。


 でも、それでいい。


 俺はもう、強い力を無制限に使えるとは思っていない。


     ◆


 石切坂手前から報告が来たのは、昼前だった。


 伝令の顔は強張っていた。


「後ろ綱に細工あり!」


 作業部屋の空気が止まった。


「詳しく」


 俺が聞くと、伝令は札を読み上げた。


「見た目は普通の荒縄。ですが、芯に細く切れ目。外側だけ新しい麻で巻いてありました。強く引くと、途中で裂けるとラウルさんが判断」


「輪留めは?」


「2つのうち1つに油。石に噛ませても滑る恐れあり。楔は無事。予備縄も1本、湿らせた跡あり」


 来た。


 やはり、そこだった。


 止める道具。


 坂でしか本気で使わないもの。


 欠け指側は、荷車そのものではなく、止める手段を腐らせた。


 マルセルが低く唸る。


「見落としていたら、下りで荷車が走ったな」


「はい。後ろ綱が切れ、輪留めが滑れば、薬草箱ごと横転したかもしれません」


 リーナの顔も硬い。


「薬草箱が壊れれば、鉱山町の診療が止まります」


「人足も巻き込まれます」


 俺は地図の石切坂を見た。


 まだ終わっていない。


 細工を見つけた。


 だが、欠け指側がそれだけで済ませるとは思えない。


「荷車は止まっていますか」


「はい。石切坂手前で待機中」


「止まり続けるのも危ないです」


 マルセルが眉を寄せる。


「なぜだ」


「相手は、そこで止まることも読んでいるかもしれません。止まっている間に、別の罠か襲撃が来る」


 俺は木札を動かす。


 石切坂手前。


 待機。


 周囲の藪。


 上から石。


 横から魔物。


 後ろから偽救援。


 考えすぎかもしれない。


 だが、欠け指は結び目を腐らせる。


 なら、止まった結び目を狙う。


「すぐに進ませます。ただし、荷を軽くして」


「軽く?」


「薬草箱と薬師道具だけ、騾馬と人足に分ける。荷車は空に近くする。坂は荷車を軽くして下ろす。薬草は別で、人が持って降りる」


 マルセルが顔をしかめた。


「手間がかかる」


「でも、後ろ綱と輪留めをやられていたなら、荷車そのものを信用しきれません。坂だけ分けるべきです」


 リーナが頷いた。


「薬草箱は揺れを減らせます。人が持つなら、箱を水平に」


「箱を持つ人は2人1組。交代あり。薬草箱は緑札をつけたまま、箱番号を読み上げる。坂下で再照合」


 セリアが書く。


 マルセルが舌打ちした。


「面倒だが、正しい」


「それと、空荷に近い荷車を先に下ろさないでください」


「なぜだ」


「空荷が先に行くと、坂下で罠にかかるかもしれない。まず道見役が徒歩で坂下確認。次に薬草を持った人。最後に軽くした荷車」


 ガルドがいれば、たぶん同じ判断をする。


 いや、彼ならもっと早く現場で動いているか。


 今は俺がここから言うしかない。


「石切坂は、赤です。走らせるんじゃなく、即処理」


 セリアが赤黒札へ移す。


 伝令が飛んだ。


     ◆


 待つ時間が長かった。


 実際には、それほど長くなかったのかもしれない。


 だが、俺には長く感じた。


 石切坂で荷を分ける。


 薬草箱を人が持つ。


 荷車を軽くする。


 坂下を確認する。


 それを全部、現場でやっている。


 俺は行けない。


 ただ報告を待つしかない。


 右肩が熱い。


 背中も重い。


 リーナが俺の顔を見て、静かに言った。


「呼吸が浅いです」


「すみません」


「謝らず、息を吐いてください」


 俺はゆっくり息を吐いた。


 戻り札に触れる。


 俺はアスト。


 役割は運び手。


 現場にいなくても、道は見られる。


 行けない焦りは判断材料。


 目的ではない。


【戻り札:有効】


【状態:安定】


 少しだけ落ち着く。


 その時、報告が来た。


「坂下に障害あり!」


 全員が顔を上げる。


「何ですか」


「木箱が1つ、道の真ん中に置かれていました。中身は空。ですが、近くの藪に黒い布。さらに、石を積んだ跡があります」


「落石?」


「おそらく。人が近づけば、石を落とす仕掛けだった可能性あり。ガルドさんが先行して発見、解除中」


 危なかった。


 もし空荷の荷車を先に下ろしていれば、坂下で止まる。


 止まったところへ落石。


 あるいは、薬草を積んだままなら、そこで壊される。


 俺は胸の奥で冷たいものを感じた。


「薬草箱は?」


「まだ坂上です。無事」


「よし」


 マルセルが大きく息を吐いた。


「本当に、止めるところを狙っていたな」


「はい。止める道具を壊し、止まった場所に罠を置く。筋が通っています」


 嫌な筋だ。


 だが、見えた。


 見えたなら、潰せる。


「坂下の障害を除去後、薬草箱を徒歩で下ろす。荷車は最後。坂下で緑札と半札を再照合」


 セリアが書く。


 リーナが追加する。


「薬草箱の角に傷があれば、その場で記録してください。揺れや衝撃の確認も」


「それも」


 伝令が走る。


     ◆


 石切坂の通過完了が届いたのは、午後に入ってからだった。


 薬草箱、全て無事。


 薬師道具、無事。


 荷車、軽荷で坂下通過。


 後ろ綱は予備を使用。


 油のついた輪留めは隔離。


 坂下の空箱と落石仕掛けは解除。


 黒布と黄色い布切れを回収。


 サナ本人は確認できず。


 だが、坂下の岩に短い文字が刻まれていた。


 止まらぬ荷を、止め損ねた。


 次は、止まった人を動かす。


 俺はその報告を聞いて、眉を寄せた。


「止まった人を動かす……」


 リーナが言う。


「谷村や鉱山町の患者でしょうか」


「たぶん、人の不安を動かすという意味です」


 今度は荷や馬ではない。


 人。


 止まっている人を動かす。


 隔離された患者。


 谷村の住民。


 鉱山町の家族。


 薬を求める者。


 もし彼らが勝手に動けば、熱病も動く。


 混乱も動く。


 北道はまた腐る。


「鉱山町南門へ先触れを」


 俺は言った。


「薬草は無事。だが遅れている。患者家族を門へ集めない。受け取りは薬師とバルム。人を動かさないように、到着前に説明する」


 リーナが頷く。


「薬が来ると聞けば、家族は集まります」


「だから、集まる前に言う。薬草箱は門で開けない。薬師の場所へ運ぶ。受け取り順は薬師判断。前と同じですが、もう一度」


 セリアが書く。


「谷村にも伝えますか」


「はい。薬草が無事通過したこと、勝手に鉱山町へ向かわないこと。バルムが必要なら指示を出すこと」


 マルセルが腕を組んだ。


「今度は人流か」


「欠け指がそう言ってきました」


「なら、来るな」


「来ます」


 止まった人を動かす。


 言葉の通りなら、次の手は人の不安を煽るものだ。


 薬草が壊れた。


 薬が足りない。


 鉱山町だけが優先される。


 谷村は見捨てられる。


 そういう噂を流せば、人は動く。


 人が動けば、道は詰まる。


 なら、先に正しい情報を届ける。


 これも荷だ。


 安心を届ける。


 順番を届ける。


 勝手に動かない理由を届ける。


     ◆


 夕方、北道便は鉱山町南門へ到着した。


 予定より遅れた。


 だが、薬草箱は無事。


 薬師道具も無事。


 バルムが南門ではなく薬師の店で受け取り、リーナの緑札と照合した。


 緑札。


 半札。


 箱番号。


 薬師印。


 すべて一致。


 その報告が届いた時、作業部屋にいた全員が息を吐いた。


「届いた……」


 ノルが小さく言った。


 俺も同じ気持ちだった。


 薬草は届いた。


 ただ置いたのではない。


 罠を避け、坂を越え、人を動かさず、使える状態で届いた。


 これは大きい。


 マルセルが帳面を閉じた。


「北道便、成功だな」


「まだ患者さんへの使用はこれからです」


「荷としては成功だ」


 セリアが静かに言った。


「記録上も、成功です」


 リーナも小さく頷いた。


「薬草が無事なら、バルム先生は使えます」


 俺は椅子にもたれた。


 全身から力が抜ける。


 今日は戦っていない。


 だが、頭は限界に近い。


 止める道具。


 後ろ綱。


 輪留め。


 落石。


 人流。


 薬草受け取り。


 全部がつながっていた。


 欠け指側は強い。


 嫌なほど道を知っている。


 でも、今日は勝った。


 北道の結び目を守り、止まらぬ荷を止めさせなかった。


 その時、ガルドから最後の報告が届いた。


 石切坂の落石仕掛け近くで、黄色い布の女、サナらしき足跡を確認。


 さらに、別の足跡。


 右足を少し引きずる男。


 右手小指のない男の目撃情報と一致する可能性あり。


 俺は目を開けた。


「欠け指……」


 ついに近づいた。


 本人が、北道に来ていたかもしれない。


 サナだけではない。


 欠け指自身が、石切坂の結び目を見ていた。


 部屋の空気が変わる。


 ガルドの報告には、もう1つあった。


 石切坂近くの岩に、古い炭で描かれた印。


 黒い輪の中に、切れた鎖。


 その下に、短い言葉。


 道は、奪う。


 俺はその言葉を見て、静かに息を吐いた。


 向こうが、初めて本気で顔を出した気がした。


 道は奪う。


 なら、こちらは守るだけでは足りない。


 いずれ、欠け指の道そのものを断たなければならない。


     ◆


 夜、下宿へ戻ると、リーナにすぐ寝台へ押し込まれた。


 さすがに逆らわなかった。


 身体は動かしていないのに、頭が重い。


 目の奥が熱い。


 戻り札を持つ手にも力が入りにくい。


「読みますか」


 リーナが聞いた。


「自分で読みます」


「無理なら私が読みます」


「大丈夫です」


 俺は札を見た。


 文字を追う。


「俺はアスト。役割は運び手。戦闘も推理も目的じゃない。道を守る手段。追うな。流れを見ろ。結び目を守れ。行けない焦りは判断材料。目的ではない」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


【推理模倣残滓:低下】


【北道便:鉱山町到着】


【状態:疲労大・安定】


 疲労大。


 まあ、そうだろう。


 リーナは俺の額に手を当てた。


「熱は高くありません。ただ、疲れすぎです」


「今日は戦ってません」


「頭を使いすぎです」


「それもよく言われます」


「明日は休むべきです」


「欠け指が北道に」


「休むべきです」


 強い。


 だが、明日完全に休めるかはわからない。


 欠け指が近づいた。


 サナもいる。


 北道の攻防は、次の段階に入る。


 それでも、今は寝るしかない。


 届いたのだ。


 薬草は届いた。


 道は守れた。


 今日だけは、その事実を握って寝てもいいはずだ。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜は、こう信じる。


 俺は、止める道具を見抜ける。


 動かす力だけでなく、止める力も読める。


 そして、止まらぬ荷を止めさせず、必要な場所へ届かせられる。


 北道の薬草は届いた。


 次は、道を奪うと言った男の道を、こちらが読む番だ。


第28話─了

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