第14話 届け先は、ひとつではない
領都へ戻る馬車の中で、俺は何度も眠りかけた。
揺れが傷に響く。
太腿の奥が重い。
背中は、熱を持ったようにじんじんしている。
それでも、行きよりはましだった。
自然治癒促進。
便利ではある。
だが、燃費が悪い。
腹は減るし、眠くなるし、身体の奥がずっと働いている感じがある。
俺は馬車の壁にもたれながら、小さく息を吐いた。
「無茶はしてへん……はずや」
誰も聞いていない。
だから、少しだけ言い訳をした。
バルムを乗せた吊り床馬車は、北の宿場を出て鉱山町へ向かった。
俺はそこで引き返した。
最後まで行きたかった。
でも、行けば足手まといになる。
その判断は間違っていない。
間違っていないが、胸の奥が落ち着かない。
荷を見送った後の不安は、いつも嫌なものだ。
前の世界でもそうだった。
自分が降ろした荷を、次の便が持っていく。
引き継ぎはした。
伝票も渡した。
注意点も伝えた。
それでも、最後まで見ていない荷は気になる。
今度の荷は、物ではない。
老薬師バルム。
着いてから人を診るための身体。
それを壊さず届けられるか。
俺は目を閉じた。
頭の中に、吊り床の揺れが残っている。
右前の革紐。
腰の支え。
小箱の固定。
ミゲルの手綱。
バルムの意地。
リーナの目。
人を運ぶ時は、身体だけでなく面子も運べ。
バルムの言葉が、妙に胸に残っていた。
人は荷ではない。
だからこそ、難しい。
◆
領都へ戻った頃には、昼を少し過ぎていた。
商人ギルドへ着くと、マルセルが入口で待っていた。
「戻ったか」
「はい」
「倒れてないな」
「今のところは」
「なら、まず座れ」
「報告を」
「座ってからだ」
珍しく、マルセルにまで身体を気遣われた。
いや、違う。
俺が倒れると仕事が止まるからだろう。
商人らしい心配だ。
でも、ありがたい。
作業部屋に入ると、机の上にはすでに地図と木札が用意されていた。
俺は椅子に座り、まず水を飲む。
腹も減っていたが、先に報告だ。
「第一調整区間は完了しました。バルム殿の状態は継続可能。吊り床は右前の革紐が伸びやすい。腰の支えは追加した方がよさそうです。御者のミゲルさんは、揺れを読む走りに切り替えられました」
マルセルが帳面に記録していく。
「バルム殿本人は?」
「意識ははっきりしています。腰は重いが、診察できる状態。リーナさんが同乗しているので、身体の確認は続けられます」
「お前は?」
「俺は……まあ、戻ってきました」
「そういう曖昧な報告はいらん」
マルセルの目が細くなる。
「状態は」
「背中と太腿に痛み。疲労あり。出血感はなし。空腹あり」
「リーナみたいな報告になってきたな」
「怒られ続けると、こうなります」
「いい傾向だ」
本当にそうだろうか。
でも、状態を言葉にするのは大事だ。
隠せば崩れる。
それは自分でも学び始めている。
俺は木札に書き足した。
俺自身の状態も、作業に関係する情報だ。
気合いで済ませるな。
そう自分に言い聞かせる。
【自己確認行動を検知】
【自己固定率:95%】
【自然治癒促進:継続中】
【推奨:栄養補給・休息】
はいはい。
食べる。
休む。
……報告が終わったら。
そう思った瞬間、頭の中の表示が一瞬強くなった。
【推奨:栄養補給・休息】
「わかってるって」
思わず声に出た。
マルセルが眉を上げる。
「誰に言った」
「自分にです」
「なら言うことを聞け。飯を持ってこさせる」
結局、俺は作業部屋で粥を食べることになった。
妙な生活になってきた。
だが、身体が求めているのは確かだった。
粥を食べ終えた頃、ギルドの入口が騒がしくなった。
足音。
職員の声。
馬の嘶き。
マルセルが顔を上げる。
「早いな」
「報告ですか」
「おそらく」
扉が開き、ラウルの使いが入ってきた。
若い男だ。
額に汗。
服には土埃。
だが、表情は切迫している。
「バルム様の馬車から報告です!」
俺は背筋を伸ばした。
「バルム殿は無事ですか」
「はい。無事です。ただ、予定外の停止がありました」
「どこで?」
「北の谷村です。鉱山町の手前にある小さな村です」
地図を見る。
鉱山町へ向かう道の途中、谷沿いに小さな集落がある。
予定では通過するだけの場所だ。
「何が起きました」
使いは息を整え、報告した。
「村にも熱病らしき者が出ています。鉱山町から戻った人足が、村で倒れたそうです。村人が道に出て、バルム様の馬車を止めました」
部屋の空気が重くなる。
俺は地図を見たまま、手を止めた。
届け先は鉱山町。
でも、道中の村にも患者がいる。
老薬師を待つ人は、目的地だけではなかった。
「村人は、バルム殿に診てほしいと?」
「はい。子どもと、鉱夫の妻が高熱だと。リーナさんが先に見て、危険だと判断しました」
「バルム殿は?」
「診ると言いました」
俺は目を閉じた。
バルムならそう言うだろう。
薬師だ。
目の前の患者を無視して、鉱山町へだけ向かうのは難しい。
でも、そこで時間を使えば鉱山町への到着が遅れる。
鉱山町にも患者がいる。
どちらを優先するのか。
これは、運び手だけの判断ではない。
「今、馬車は?」
「谷村に止まっています。バルム様は2人を診ました。薬草は少し使っていません。手持ちの薬と、村にあるもので応急処置をしたそうです」
「薬草を使っていない?」
「はい。鉱山町へ届ける分を減らすべきではないと、リーナさんが止めました。バルム様もそれを認めたそうです」
よし。
そこは抑えた。
薬草の本命は鉱山町。
道中の村に全部使えば、先の患者が救えなくなる。
だが、目の前の患者を無視することもできない。
応急処置。
最低限。
そして進む。
それしかない。
「遅れは?」
「半刻ほど」
大きい。
だが、致命的ではない。
「バルム殿の状態は?」
「少し疲労。咳が増えたと。リーナさんが、次の休憩を早めるよう言っています」
俺は木札を取った。
状況を並べる。
谷村で熱病疑い。
患者2人。
応急処置済。
薬草本体は未使用。
遅れ半刻。
バルム疲労増。
咳増。
次休憩前倒し。
鉱山町到着は夕刻より遅れる可能性。
考える。
何をすべきか。
まず、鉱山町へ知らせる。
到着が遅れる。
理由は谷村での応急診療。
薬草は保持。
バルムは継続可能だが疲労あり。
受け入れ側は夜間到着に備える。
灯り。
人手。
暖かい部屋。
すぐ休ませる場所。
患者を一度に押し寄せさせない整理。
「マルセルさん、鉱山町へ伝令を出せますか」
「出すしかないな」
「内容は、到着遅延と夜間受け入れ準備。バルム殿を着いた瞬間に患者の前へ出さないように。まず休ませて、薬師と状況整理。それから重症者を見る」
使いが驚いた顔をした。
「すぐ診ないんですか」
「着いてすぐ全員を診ようとすると、バルム殿が潰れます」
俺ははっきり言った。
「バルム殿が倒れたら、その後の患者全員が困ります。まず呼吸を整える。水を飲ませる。腰を休ませる。情報を整理する。重症者を選ぶ。それから診る」
使いは黙った。
わかりにくいかもしれない。
目の前で苦しむ人がいれば、すぐ診ろと言いたくなる。
だが、薬師は1人だ。
その1人を壊せば、助かるはずの人まで助からなくなる。
人を運ぶとは、着いた後の使い方まで考えることだ。
「リーナさんに伝えることは?」
マルセルが聞いた。
「バルム殿の咳が増えているなら、馬車内の上体を少し起こす。休憩間隔を短く。水分を取らせる。腰の支えを確認。村で使った手持ち薬を記録。鉱山町到着後、すぐ診療に入らず、まず現地薬師と患者選別」
「患者選別、か」
マルセルが少し渋い顔をする。
「嫌な言葉だ」
「でも、必要です」
俺も嫌だ。
だが、薬も人手も時間も有限なら、順番を決めなければならない。
決めないまま押し寄せれば、声の大きい者が先になる。
それは一番危ない。
「谷村には?」
マルセルが言った。
「放っておくのか」
そこだ。
谷村にも患者がいる。
バルムが応急処置したとはいえ、熱病なら広がる可能性がある。
鉱山町だけに集中すれば、谷村が新しい火種になる。
俺は地図を見る。
谷村は鉱山町と領都の間。
人の行き来がある。
なら、ここを無視すると、道そのものが病の通り道になる。
「谷村へも指示を出したいです」
「誰が出す」
「領主館か、ギルドから。村人に、患者を一か所に集めすぎない。水場を分ける。鉱山町へ人を走らせない。熱のある者を移動させない。バルム殿が戻りに診る可能性はあるが、今は鉱山町を優先する」
「戻りに診るなど約束できるのか」
「約束ではなく、可能性です。でも、放置されたと思わせると、村人が追ってくるかもしれない」
不安な人間は動く。
動くと病も動く。
なら、動かない理由を渡す必要がある。
希望を少し。
指示を具体的に。
それがないと、人は勝手に動く。
「谷村へは、別の薬師見習いか、領主館の指示役を送れますか」
マルセルは考え込んだ。
「商人ギルド単独では難しい。領主館案件だ」
「なら、領主館へ急ぎ連絡を」
「わかった」
マルセルが職員を呼ぶ。
動きは早い。
薬草急送の時より、ギルド内の反応が早くなっている。
これは良い傾向だ。
仕組みが少しずつできている。
俺は使いに向き直った。
「急いで戻れますか」
「はい」
「なら、リーナさんへ伝えてください。バルム殿の疲労を最優先で見てほしい。鉱山町へ着いたら、すぐ患者の前へ出さず、まず現地薬師と情報整理。村で診た患者の内容も記録」
「わかりました」
「それと、バルム殿本人には」
俺は少し考えた。
何を言えば、あの老人は聞くだろう。
休んでください、では聞かない。
無理しないでください、でもたぶん駄目だ。
なら。
「治療を長く続けるために、到着直後の休息も治療の一部だと伝えてください」
使いが頷く。
「治療の一部、ですね」
「はい。お願いします」
使いは水をもう一杯飲み、すぐに出ていった。
部屋に残った俺は、大きく息を吐いた。
背中が痛い。
頭も熱い。
だが、寝ているわけにはいかなかった。
いや、少しは寝るべきなのだろう。
でも、今はまだ。
「アスト」
マルセルが低く呼んだ。
「はい」
「飯を食え」
「今ですか」
「今だ。お前の燃料切れは、こっちの損害だ」
「言い方」
「事実だ」
商人らしい気遣いだった。
◆
夕方近く、領主館から役人が来た。
谷村への対応についてだ。
俺は作業部屋へ呼ばれたが、今度は椅子に座ったままで話すことを許された。
いや、命じられた。
リーナはいないが、彼女の影響はギルド内に残っている。
「谷村へは、領主館から衛生指示を出す」
役人はそう言った。
名前はフェルド。
昨日の使者とは別の、少し年配の男だった。
「ただ、具体的に何を伝えるべきか、領主館内でも意見が割れている」
「俺は薬師ではありません」
「承知している。だが、人の流れを止める考えは使えると聞いた」
人の流れ。
たしかに、病は人の動きで広がる。
俺は医療知識など大したものはない。
だが、物流と人流を分ける考えならできる。
「まず、村から鉱山町へ人を出さない方がいいです。患者の家族がバルム殿を追って鉱山町へ行くと、混乱します」
「だが、不安な者は動く」
「だから、村に“待つ理由”を渡してください。領主館から薬師か見習いを送る予定。水と食料を配る予定。患者の名前を記録する予定。そう伝えれば、少しは待てます」
「実際に送らねばならんな」
「はい。嘘だけだと、次から誰も聞きません」
フェルドは頷いた。
「次に?」
「水場を分ける。熱のある人とない人で、使う桶や器を分ける。寝る場所もできるだけ分ける。看病する人を絞る。全員で囲むと広がります」
「なるほど」
「それと、村からの荷は一時的に止めるか、外で受け渡しにする。人が村へ入って荷を取るのは危ない」
マルセルが顔をしかめた。
「荷止めは揉めるぞ」
「でも、病が広がるともっと止まります」
「それはそうだが」
「完全に止めるのではなく、受け渡し場所を村外に作る。荷を置く。人は距離を取る。金や札も直接手渡ししない。できる範囲で」
この世界でどこまで通じるかわからない。
だが、何もしないよりはいい。
病の詳しい仕組みを知らなくても、接触を減らす意味はある。
「村外受け渡し場か」
フェルドは紙に書き込んだ。
「これは他でも使えるかもしれん」
また仕組みになりそうな言葉が出た。
嬉しいような、怖いような。
仕組みは使い方次第だ。
正しく使えば助かる。
雑に使えば、人を切り捨てる口実になる。
「ただし」
俺は言った。
「村を見捨てたと思われないようにしてください。外で受け渡す代わりに、必要な物は届ける。水桶、粥にする穀物、布、薬師への連絡。そういうものを止めない」
フェルドが俺を見る。
「隔てるが、切り捨てない、ということか」
「はい」
自分で言って、胸に残った。
隔てるが、切り捨てない。
人の流れを止めるのは、見捨てるためではない。
守るためだ。
そこを間違えたら、ただの冷たい管理になる。
「お前、本当に荷運びなのか」
フェルドが言った。
「はい。たぶん」
「たぶん?」
「最近、自分でも範囲が広がってきていて」
荷。
人。
情報。
病を運ばせない流れ。
どこまでが運び手なのか、自分でもわからなくなってきている。
だが、今のところ軸はある。
届けるべきものを届ける。
広げてはいけないものは広げない。
そのために道を見る。
それが俺の仕事だ。
【役割固定:運び手】
【補助派生:流通制御】
【対象:人流・物資・疾病拡散リスク】
【注意:医療判断は専門者に委ねてください】
また新しい言葉が出た。
流通制御。
仰々しい。
だが、やっていることは確かにそれに近い。
何を流すか。
何を止めるか。
どこで受け渡すか。
それを決める。
物流だけではなく、人の動きにも関わる。
怖い力だ。
使い方を間違えれば、人を閉じ込めることになる。
俺は小さく息を吐いた。
「この判断は、領主館と薬師の責任でお願いします」
フェルドが少し目を細めた。
「責任を避けるのか」
「違います。俺は道と荷の流れは見られます。でも、村をどう扱うか、患者をどう診るかは、俺だけで決めていいことじゃない」
ここははっきり言う。
俺は万能ではない。
運び手だ。
医者でも、領主でもない。
「ただ、決まったことを届く形にする手伝いはできます」
フェルドはしばらく俺を見た後、頷いた。
「よい。役割を越えぬ者は、逆に使いやすい」
褒められたのか、管理されたのか微妙だった。
◆
夜になった。
谷村へ領主館の指示が出た。
村外の受け渡し場所を作ること。
熱のある者を動かさないこと。
水場と器を分けること。
領都から薬師見習いと物資を送ること。
鉱山町へ勝手に人を向かわせないこと。
商人ギルドは、粥用の穀物、布、水桶、簡単な寝具を軽荷にまとめることになった。
俺はその積み分けにも少し口を出した。
水桶と布を同じ荷に入れるな。
濡れるものと乾かしたいものを分ける。
村外で渡すなら、誰が見ても中身がわかる印をつける。
患者用と健康な者用の器を混ぜない。
細かい。
自分でもそう思う。
だが、細かいところで崩れる。
崩れたら、人が動く。
人が動けば、病も動く。
俺は作業部屋の机に向かいながら、何度も同じことを考えていた。
届けるもの。
止めるもの。
流していいもの。
流してはいけないもの。
今まで、荷は動かせばいいと思っていた。
だが、動かさない方がいいものもある。
その判断は重い。
夜半近くになって、ようやく鉱山町から早馬が届いた。
バルムたちが到着したという報告だった。
俺は眠りかけていたが、その声で目が覚めた。
「バルム殿は?」
第一声はそれだった。
伝令は答えた。
「無事です。疲労はありますが、到着後に休息を取り、その後、重症者から診始めました」
俺は目を閉じた。
よかった。
本当に。
「リーナさんは?」
「バルム様の補助についています。かなり忙しいようですが、倒れてはいません」
「馬車は?」
「右前の革紐がもう1度緩みましたが、予備に替えて進んだそうです。ミゲルさんが、道の悪い区間でかなり速度を落としたため、予定より遅れましたが、バルム様の状態は保てたと」
遅れた。
でも、保てた。
それでいい。
それが目的だった。
「谷村の患者は?」
「応急処置を受けた2人は、まだ熱があります。ただ、村に領主館からの指示が届いたため、鉱山町へ押しかける者は出ていないそうです」
よし。
道は守れた。
人の流れも、今のところ制御できている。
まだ何も終わってはいない。
患者が全員助かるわけでもない。
でも、崩壊は避けた。
俺は椅子の背にもたれた。
全身から力が抜ける。
マルセルが帳面を閉じた。
「老薬師は届いたか」
「はい」
「使える状態で?」
「はい」
伝令が頷いた。
「到着後、休んでから診療に入りました。バルム様は、無理に急がせなかったことに礼を言っていたそうです」
あの老人が礼を。
少し想像しづらい。
でも、嬉しかった。
胸の奥が静かに温まる。
【任務進行】
【老薬師バルム:鉱山町到着】
【対象状態:治療活動可能】
【谷村対応:初期指示発令】
【役割固定:運び手】
【評価:人員搬送の基本型を確立】
人員搬送の基本型。
また大きな言葉だ。
でも、今回の経験は残せる。
吊り床馬車。
短い休憩。
身体確認。
面子の扱い。
到着後すぐ働かせない。
道中で予定外の患者が出た時の判断。
人を運ぶことの難しさ。
全部、記録すべきだ。
でも、今は。
「寝ろ」
マルセルが言った。
「まだ記録が」
「寝ろ。倒れられると、明日の記録が遅れる」
「商人らしい優しさですね」
「優しさではない。損得だ」
「それでも助かります」
俺は素直に立ち上がった。
いや、立ち上がろうとして、少しふらついた。
マルセルが職員を呼び、肩を貸させる。
情けない。
だが、抵抗はしない。
俺自身も、壊してはいけない荷だ。
◆
下宿の部屋へ戻ると、窓の外には深い夜が広がっていた。
領都の灯りは少ない。
遠くで犬のような鳴き声がする。
俺はベッドに腰を下ろし、靴を脱ぐのも面倒なほど疲れていた。
それでも、眠る前に確認する。
「俺。51歳。大型トラック運転手。日本で事故に遭った」
声は小さい。
でも、言葉にする。
「今はアスト。領都ルーヴェンの商人ギルド臨時雇い。固有スキルは自己暗示」
【自己確認行動を検知】
【自己固定率:95%】
「役割は運び手。荷を届ける。人を壊さず運ぶ。流していいものと、止めるべきものを見る」
【役割固定:運び手】
【補助派生:運行管理・身体負荷管理・流通制御】
【警告:役割拡張に伴い、責任負荷が増大しています】
責任負荷。
嫌な言葉だ。
でも、その通りだ。
薬草を届けた。
老薬師を届けた。
谷村の人の流れまで考えた。
俺の仕事は広がっている。
広がれば、責任も増える。
できることが増えるのは、気持ちいい。
だが、何でも自分で決めていいわけではない。
俺は領主ではない。
薬師ではない。
神様でもない。
運び手だ。
届けるべきものを、届く形にする。
止めるべきものを、止まる形にする。
そのために、人の力を借りる。
俺はそれを忘れてはいけない。
ベッドに横になると、傷がじんわり痛んだ。
だが、その痛みも少しだけ遠い。
身体は治ろうとしている。
俺も、この世界で少しずつ役割を作ろうとしている。
窓の外で、風が鳴った。
鉱山町では今頃、バルムとリーナが患者を診ているはずだ。
谷村では、村人たちが不安な夜を過ごしているだろう。
領都では、明日また物資が積まれる。
道はつながっている。
そして、その道には、運ぶべきものだけでなく、運んではいけないものもある。
俺は目を閉じた。
信じ込めた力だけが、俺の武器になる。
なら、今夜信じることは1つ。
俺は全部を背負わない。
けれど、俺に見える道は見逃さない。
届け先は、ひとつではない。
それを知った夜だった。
第14話─了




