37. イライサ「約束は忘れない」
*
ホルツさんの迅速で適切な手当によって王子は一命を取り留め、国境近くの町に運ばれた。ただ、意識が戻るまで聖都に向かうことはできず、私たちはそのまま不安の中で数日を過ごした。
ルシエットは谷底を流れる川のほとりで遺体で発見された。間違いなく即死だったようだ。信じたくなかったけれど、それが現実だった。
苦しまずに逝けたのなら幸運だったのかもしれない。それに遺体の顔にはほとんど傷が無く、死んでいるとは思えないほど綺麗なままだった。まるで今にも目を開けていつものおしゃべりを始めそうで、私はしばらく横たわる彼女の側を離れられなかった。
こんなことになるのなら、こんなに早く別れることになるなら、どうしてもっと早くルシエットのことを知ろうとしなかったのだろう。
彼女が最初に話しかけてくれた時、どうしてあんなに邪険に遠ざけたりしたのだろう。
彼女と心から笑い合えた時間はあまりにも短すぎる。今さら取り戻すことのできない時間が惜しくて悔しくて仕方ない。
どれほど後悔の涙を流しても、ルシエットが目を開けてくれることは無かった。
だから王子が目を覚ました時、彼がこの世に残された唯一の味方のように感じ、こちらに留まってくれたことに心から感謝した。
もしかしたら彼はルシエットと共に逝きたかったかもしれない。そうさせてあげた方が彼にとって幸せだったのかもしれない。
だけどそれではルシエットとの約束を果たせない。私は彼女の代わりに王子を支えると決めたのだ。
たとえ王子が望まなくても。
私では決して彼女の代わりにはなれないと分かっていても。
ルシエットの遺体はこの町の教会の墓地に埋葬するしかなかった。でも王子が目を覚ましたら最後のお別れができるように、棺はまだ教会に安置されたままだった。
ちょうど教会の周りには黄色いカタバミの花がいっぱいに咲いていて、私はルシエットのように元気に咲くその可憐な花をたくさん摘んで棺を満たした。明るい色の花々に囲まれた彼女の顔は本当に綺麗なままで、だからこそ王子が別れの現実を受け入れることは難しかった。
私はルシエットの最後の姿を見て、最後の言葉を交わしたから、その死が忘れがたくて、身が引き裂かれるほど悲しい。でも王子は別れのその瞬間を覚えていない。だから悲しみに鮮烈な輪郭が無くて、ただ失ったものの大きさの前に呆然と立ち尽くすことしかできない。そして心の中の失われた部分は、きっと生涯埋まることはない。
あまりに残酷なその後ろ姿を見ていられなくなって、私はそっと部屋を出た。
教会の裏手にある池の畔にしゃがみ込んで、そよ風にさざ波立つ水面を眺めていると、そこにルシエットの幻影が映る。
「本当にこれでよかったのかしら?」
自問する私にルシエットが答える。
「ちゃんとお別れしないと、王子様はいつまでもここを動けませんから」
揺れる水面に映ったルシエットの表情は、泣いているようにも微笑んでいるようにも見える。
「せめて気が済むまでお別れをさせてあげたいけれど……」
「大丈夫。王子様にはやらなくちゃいけないことがあります。今はきっとその方が気持ちを強く持てます」
「そうね……」
背後で風にそよぐ木の葉の音がして、振り向くとその木の幹にもたれるようにルシエットの幻影が立っていた。
「王子様を一人にしないでくださいね」
彼女は私が自分自身を約束に縛り付けるために創り出した幻だろうか?それとも、天国から守護聖霊として戻ってきて、私たちを見守ってくれているのだろうか?
「王子は一人になりたいんじゃないかしら……」
「それでも!一人にしちゃダメです」
どちらでもいい。幻でも、聖霊でも。彼女の声は私に力を与えてくれる。
「分かってるわ。貴方との約束は忘れない」
ルシエットの幻影はニコッと笑って頷くと、虚空に消えていった。
「私が王子を支える。彼がこれからどんなに険しい道を選んだとしても」




