3. ルイザ「愛してはいないから」
「もうおやめください、兄上」
見かねて止めに入ったのはイェルミ様の一つ年下の弟、チェザレ様だった。私が一年務めた生徒代表を次は彼が引き継ぐことになっている。努力家で成績優秀、しかも謙虚で、他の生徒からの信望も厚い。次の大公となるべきはイェルミ様ではなくチェザレ様だと、巷の評判は定まっていた。
私もチェザレ様の人柄や資質には非の打ちどころが無いと思う。でもイェルミ様が弟と自分を比べて引け目を感じる必要はない。ただ自分自身があるべき姿を示せば、評判などいくらでも変えられる。そう思って仕えてきたのに、肝心の本人が変わろうとしないまま、とうとうこの日を迎えてしまった。
こうして向かい合う二人の器の違いは、今や誰の目にも明らかだ。
「ルイザ様が兄上のためにどれほどご自分を犠牲にしてこられたか、ここにいる皆が知っています。その献身に報いようともせず、感謝するどころかまるで邪魔者扱い。ルイザ様がいなければ誰があなたを認めてくれますか?誰があなたの声に耳を傾けるでしょう?」
「貴様……」
怒りのあまり声を詰まらせ、今にも飛び掛かろうとするイェルミ様に、フィローナさんが後ろからしがみついて叫んだ。
「あたしがいます!皆がイェルミ様をないがしろにしても、あたしだけはイェルミ様の味方です!」
なぜかチェザレ様ではなく私に激しい憎しみの目を向けて、フィローナさんはイェルミ様の腰に回した手に力を込めた。私はその視線を受け止めることができない。彼女の強い想いには敵わない。私はイェルミ様を愛してはいないから。
異様な空気が支配したホールに、咳払いが響いた。これほどの騒ぎになるまでじっと黙って成り行きを見守っていた大公様が、ようやく重い腰を上げ、口を開いた。
「もうよい、控えよチェザレ」
「しかし父上……」
引き下がろうとしないチェザレ様を一瞥すると、大公様はもう一度ゆっくりと繰り返す。
「控えよと言ったのだ」
その威厳に圧されたように、チェザレ様は深く頭を下げて一歩退いた。
大公様は高座からホールを見回し、居並ぶ人々に向けて謝罪の言葉を口にした。
「まず……この晴れの門出の祝宴の席で、敢えてこのような家門の恥を晒したことを皆に詫びたい」
大公様が頭を下げると、皆慌てて深々と敬礼する。
「ルイザよ」
少し間を置いて、呼ばれたのはイェルミ様でもチェザレ様でもなく、私の名前だった。
「は、はい……」
緊張で声が上ずる。何人かいた公子の婚約者候補の中から、最終的に私を選んだのは大公様だったと聞いている。その期待に応えられず、後継者に相応しいイェルミ様の姿を今日という日にお見せできなかった。どんな叱責を受けても申し開きはできない。頭を下げたまま次の言葉を待つ私には、ほんの少しの間が永遠のように長く感じられた。
「お前には本当にすまないことをした」
「えっ……?」
言葉の意味がよく分からず、思わず顔を上げた私に、大公様はいつもの厳しい顔つきを少しだけ緩め、労るような目を向けた。
幼い頃、膝の上に乗せてもらってお話したことを思い出す。公の場では決して甘い顔を見せないけれど、大公という立場を離れた父親としての顔はとても優しい方だ。三公家同士の付き合いで私も昔からよく可愛がっていただいた。
公子の婚約者として責任ある大人の姿を見せようと努力してきたつもりだったけれど、大公様の目に映る私はまだ懸命に背伸びをしている子供でしかないのかもしれない。
しかし、視線をまたイェルミ様とチェザレ様に戻した時、その表情はいつも通り……いや、いつも以上の厳格さを漂わせ、これから発する言葉に一切の反論を許さないと言い渡しているかのようだった。




