29, イライサ「心配なのはあなたよ」
「……本当に騒々しい子ね。そんなにヒバリの囀りみたいにまくしたてなくったって、ちゃんと聞いてるわ」
「す、すみません……」
しゅんとなったルシエットの顔が可笑しくて、私はついフッと鼻で笑ってしまう。でも馬鹿にして笑ったわけじゃない。
「……いえ、違ったわね。私はいつも馴れ馴れしく話しかけてくるあなたを相手にしなかった。あなたの話にちゃんと耳を傾けたことなんて無かったわね」
王子がルシエットを庇うようにこちらに向き直る。
「イライサ……僕は君とは結婚できない。彼女との未来以外、考えられないんだ」
きっぱりとした決別の言葉。ルシエットはどうしたらいいか分からないという顔で王子と私の顔を交互に見つめている。
「王子の気持ちは分かりました。ですがとうするつもりですか?周囲の反対を押し切ってルシエットと結ばれたところで、それで彼女を幸せにできますか?」
「認めさせてみせるさ!僕が善き王としてこの国を善く治めていくためには彼女のような人が必要なんだ!父上もきっと分かってくださる」
真っ直ぐな視線に強い意志が感じられる。単なる子供の我儘じゃなく、一人の大人として自分の意志を通す覚悟を固めているのかもしれない。でもそれだけでは十分じゃない。
「もしかしたら……陛下は分かってくださるかもしれません。ですがお祖父様の考えは変えられない。ご自分が決めたことは唯一絶対。誰の意見も受け付けない方です」
「宰相の考えが何だと言うんだ!何から何まで彼の顔色を窺って決めなければならないのか?この国は彼の所有物じゃない!」
その通りだ。でも現実はそうじゃない。思い通りじゃない現実を思い通りにできなけれぱ大人の覚悟とはいえない。
「残念ながら今この国ではお祖父様の意向を汲まずして何も決めることができません。ですから王子の意志がどれほど固くても、お祖父様を説得しなければルシエットと添い遂げることはできません。お分かりでしょう?」
「僕は自分の結婚のことで宰相にお伺いを立てるつもりは無い!」
それでは王子にもルシエットにも幸せな未来は訪れないだろう。
「あなたはどう?お祖父様が恐ろしくはないの?この国であの方の不興を買うということがどういうことか、分かっていて?」
王子の後ろで小さくなっているルシエットを見る。
「あたしは……王子様のことが好きです。でももしあたしがお側にいることで王子様が難しいお立場になったら……どうしていいかあたしには分かりません。だからやっぱり、一番王子様に相応しくて、王子様を幸せにできる方はイライサ様しかいないと思うんです」
「側にいてくれるだけでいいんだ。僕は君が隣にいてくれなければ決して幸せになれない。君のことは僕が幸せにしてみせる、必ず!」
「王子様……」
二人が主役の恋物語のお芝居なら苦難を乗り越えた先にハッピーエンドが待っているかもしれない。でも残念ながら現実はそう上手くいきそうにない。わけも分からず王子に付き従ったルシエットが不幸になるのは目に見えている。
自分でも不思議だけど、この時私は、彼女がそんな不幸に巻き込まれるのを見たくないと思った。私には関係無いはずなのに、彼女が王子と共に幸せになれる道は無いか考え、一つの結論に達した。
「……私がガドウィンに嫁ぐわ」
「えっ!?」
「イライサ?」
二人は驚いて私を見た。
決して良好な関係とは言えない隣国ガドウィン。第一王子のアズムンドは私より一回り年上で二人の妃を持つが、未だ第一子に恵まれていない。彼に私を嫁がせ、隣国との交渉ルートを開いておきたいという考えは、何度もお祖父様から聞かされていた。
「お祖父様は元々そのつもりだったのよ。考えを変えたのはディミトリ王子が私を袖にしたせい。余程腹に据えかねたのね。でも私が王子を袖にするならミロスラフ家の面目は保たれる。私がそうしたいと言えばまた考え直すかもしれない」
「で、でもっ!イライサ様のお気持ちはどうなんですか?」
半ば敵地のような隣国に一人で嫁ぐのが不安じゃないと言えば嘘になる。ルシエットはまるで自分が嫁ぐかのように不安そうな顔を向けてくる。私はいつもの平静の仮面をかぶり、事も無げに答えた。
「私の心配はいらないわ。心配なのはあなたよ、ルシエット」




