2. ルイザ「なんて皮肉なんだろう」
「ルイザ様は誰も笑ったりしない!」
突然大声を上げた卒業生の一人に、会場中の視線が集まった。
「エンリコ?」
「いつも一人で絵ばかり描いてるあの変人か?」
「あいつの声、初めて聞いたよ……」
ザワザワ、ヒソヒソと他の卒業生たちが囁き合う。
エンリコ・マッジオ、同級生の中でも一番物静かで目立たない彼が、この四年間で初めて皆の注目を浴びている。
「僕のことをおかしな奴だって笑わずに、いつも普通に話してくれたのはルイザ様だけだった!イェルミ様がふざけて僕の絵に落書きした時も、何も言えなかった僕の代わりに本気で怒ってくれたんだ!」
「エンリコさん……」
顔を真っ赤にして、声を震わせて、きっと必死に勇気を振り絞って私のために声を上げてくれたのだろう。イェルミ様は呆気にとられたような顔で彼に目をやり、それから大声で笑い出した。
「お前の絵のことなんかどうだっていいんだよ!虫けらの分際でこの俺に文句があるのか?」
詰め寄ろうとするイェルミ様の前に進み出て、私は頭を下げた。
「今の言葉はお取り消しください。エンリコさんは大切な学友です。そのような侮辱はいずれ大公となるお方に相応しくありません」
「誰が学友だ。綺麗事もそこまでいくと白々しい。勘違いするなよルイザ?お前がいくらご立派だろうと主はこの俺だ。お前は俺の顔色を窺って、そうやって頭を下げていればいいんだよ!」
イェルミ様の手が乱暴に私を押しのける。よろめいて転びそうになったが、後ろから誰かに支えられてなんとか踏みとどまった。振り向くと、エンリコさんの周りにたくさんの同級生たちが集まって、イェルミ様に向かい合っていた。
「なんだ?お前らも俺に何か言いたいことがあるのか?」
公子の威圧的な視線に立ち向かうように、一人が声を上げた。
「俺も……ルイザ様に助けてもらった。イェルミ様と取り巻きの連中にいつもいじめられてたんだ。フィローナさん、あんたも笑って見てたよな?」
急に追及の矛先を向けられてフィローナさんの顔が引きつる。
「誤解です!あたしはただ場を和ませようと思って……」
「私も見たことある!フィローナさんって誰にでも愛想がいいけど、身分が上の方にはあからさまに態度が違うよね」
「そうそう!いつも上流グループと一緒で話しかけづらかった」
「ルイザ様は誰にでも優しいもんな。俺、よく勉強教えてもらったよ」
「俺も俺も!落第寸前の時に助けてもらった!」
「三公家の御令嬢なのに、私たちに気を遣わせないようにいつも自分から話しかけてくださるし」
「こちらからもお誘いしやすいもんね。私、いつもお茶の時間にご一緒するのが楽しみで……」
堰を切ったように次々と声を上げる同級生たち。
私はイェルミ様が皆から尊敬されるように、誰にでも分け隔てなく親身に接してほしいといつも伝えてきたし、自分もそのように心掛けてきた。でも今、皆の口から出るのはイェルミ様ではなく私の名前ばかり。なんて皮肉なんだろう。
「どいつもこいつもルイザルイザ……もううんざりだ!お前たちが仕えるのは俺か!この女か!誰の言葉に従うべきか馬鹿でも分かるよな!」
孤立して怒鳴り散らす彼はひどく小さく見える。彼の為に尽くしたこの四年間は一体何だったのか。私の胸中を言いようのない虚しさがよぎった。