番外・カシュカ3
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エサイアスの屋敷に入ってすぐ、玄関ホールを左に進むと、奥に調査本部になっている部屋がある。何人もの人間が出入りしており、雰囲気は今や王宮の官吏棟と変わらない。
しかし、そこを自由に使う許可を持つ彼らには、絶対に破ってはならない1つのルールがあった。
「玄関ホールから先には、私の指示がない限り、足を踏み入れてはならない」
それはエサイアスから全員に対して、低く厳かに告げられた。さながらホラーだった。
つまり屋敷の西側は立ち入り禁止というルールである。
言われなくとも、この屋敷の人間の生活空間に、勝手に踏み込む無作法者はいないし問題もない。エサイアスがたびたびあちら側に消えるので、用がある時に少し不便を感じるくらいだ。
王宮よりロキュスの屋敷に近いこの場所に、調査本部を設けてくれたエサイアスではあるが、プライベートと仕事を厳密に分けたいタイプなのだろう。
と、ほとんどの者は解釈していた。
カシュカから見れば、それはマナ過保護過剰反応以外の何物でもない。いや、もしかするとマナをヒーロー視する何名かに対する牽制だったりするのだろうか。
一度、見舞いに行きたいと申し出る部下の一人に、『回復してからであれば』と平静に応えていたのに、その後すごい量の雑務を言い渡していた。気のせいかもしれない。
今日はお昼の後、カシュカはその西側2階に立ち入ることを許可されている。
マナに聴取をするためだ。エサイアスは先に行くと、ずいぶん前に消えた。あれで仕事は以前と変わらず片づけているので、誰からも文句が出ない。
何度か見た覚えのある、ベルという侍女がマナの部屋まで案内してくれた。
だいぶ回復したとは聞いたが、あの屋敷で見た瀕死の印象しかないので、カシュカは少し緊張していた。
しかし部屋に入って目にしたもので、緊張は綺麗に消える。実際元気に見えたことも大きいが。
(私の上司は、果たして本当に公私を分けられているのか)
そんな疑問が駆け巡ったからだ。もちろん表情には出さない。
「お加減良さそうで安心しました。マナさん」
挨拶を交わし、『距離が近すぎませんか色ボケ上司』と言うのをぐっと我慢して、カシュカはマナにそう声をかけた。
「カシュカさんもお元気そうで、良かったです」
マナはさりげなくエサイアスと離れた位置に座り直しながら、笑顔で応えてくれた。本当に無事で良かった、と今度こそカシュカはほっとする。
「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
とカシュカが言う内に、距離はエサイアスによってまた詰められていた。何度か同じ動作が繰り返されると、マナにはこれ以上離れる隙がなくなる。
つまり二人掛けで余裕があるソファにも拘わらず、とても偏った座り方をする羽目になっていた。
その後、『まだ残っている』と言って、フォークの果物をエサイアスが差し出す段になり、マナが戸惑いがちに『あの』と話し出す。
「あの、この距離って、普通ですか?」
彼女はこの国の常識を知らない。だからいろいろなことに自信が持てていないのだろう。
「普通だ」
そんな彼女に平気で嘘を吹き込む上司。
「普通じゃありません」
カシュカが被せると、マナから縋るような視線が送られた。エサイアスからは驚いた顔。いや、間違ってるの貴方ですからね。
もしかすると嘘のつもりはなかったのだろうか。恐ろしい。
「良かった!」
自分の感覚が間違っていないことに安心したのだろう、マナが息を吐き出した。なんだか羨ましいより不憫になってくる。
「副局長。適正距離が保てないようであれば、マナさんは私の隣に座っていただきますが」
「適正距離!?」
マナを前にするとエサイアスの知能は初期化されるのだろうか。カシュカは真剣に不安になった。
「というより、わたしはここでは成人しているので、付き添い自体要らないのではないですか?」
「少し近かったようだな。すまなかった。もう大丈夫だ。聴取を始めよう」
至極もっともな疑問を口にしたマナをスルーして、エサイアスは彼女を座り直させた。ソファの適正位置に。そして自分も少し離れた位置に陣取った。まだ近い、とはもう言わないでおこう。
「あまり気持ちのいい話ではないので、申し訳ないのですが」
カシュカが話し始めると、さすがにエサイアスの雰囲気もガラリと変わる。マナも真剣な目をこちらに向けた。
「マナさんが埋めた書類がどこにどれだけあるか正確にはわからなかったので、庭中のそれらしいところを掘り返していたところ、数日前、書類ではなく死体が出てきました」
え、という掠れた声が届く。
「死体、ですか」
恐る恐る、確認するように。
「それは、人の、ということですか」
彼女の動揺は、手に取るように伝わった。それでも言動から冷静さは失われない。それがマナの稀有で、かつ最大の強みだと思う。
「そうです。身元不明の、複数の人間の白骨死体です」
カシュカが頷くと、エサイアスがマナの手をそっと握った。
もしかするとさっきのやり取りは、この心配が無意識に表れた結果だったのかもしれない。
「他の使用人に聴取しましたが、全員心当たりがないとのことでした。マナさんは、この死体について、何か知っていることはありますか」
視線を斜めにずらして、マナはあの屋敷のことを思い出そうとしているようだった。
それを見て、カシュカはやはり、と思う。これまで聴取をした使用人たちもそうだった。皆恐ろしがりはするものの、死体が発見されたことそのものに疑問を持たないのだ。
『あの屋敷であれば、十分あり得る』と、その態度は暗に伝えているのだった。カシュカはたまに、ロキュスという男が、人外の化け物にでも思えてくる。
しばらくあって、再び視線が戻って来た。
「いえ、残念ですが、わたしには」
そう言った瞬間だった。びくり、とマナが跳ねるように震える。そして言葉を途切れさせたまま、何もない空間を凝視した。まるでそこに恐ろしいものがあるかのように。
「何か、あるんですか」
カシュカの問いに、マナは瞳を揺らす。
「それは、女性の、もの」
呆然と、しかし断定するような声。その指摘は正しかった。
「はい。医者の見立てでは、若い女性のものだろうと。マナさん?」
「ィナ、クルー」
マナがまた小さく呟いた。
「今、なんと?」
「アイナ・クルームと、リズとステラ。一度聞いただけなので、2人の家名は忘れてしまいました。アリサとテレッサに確認してください」
「え?」
「この3人が、今どこにいるのか、調べてみてください。何か、わかるかも」
アイナ・クルーム。アイナという響きには覚えがあった。
「あ!」
声を上げたのは、カシュカとエサイアスほぼ同時。
「君に、与えられた名前か!」
エサイアスが言うと、マナが頷く。
そう言えば、あの屋敷にいる間だけ、違う名前を名乗らされていたらしいと、ふざけた話をエサイアスから聞いていた。
「そうです。それに、あと2人、名前を与えられた子たちがいます。今まで名前の持ち主について深く考えていませんでしたが、もしかすると、もう、いないのかも、と考えてしまって」
そう言ってマナは自分の肩を抱く。それを包むようにエサイアスが抱き寄せた。
あれだけの暴力に曝されていたのだ。ロキュスが絡む話で震えるのは当然だった。しかも人が死んでいる。
「ただの、思いつきです。全然関係ないのかも、しれませんが」
「クルーム男爵といえば、パーセットの取り巻きの一人だ。その娘を手にかけるなど、さすがに」
「それでも、調べてみる価値はあります」
「ああ、当然だ」
カシュカの言にエサイアスは力強く頷いた。マナに改めて礼を言うと、カシュカはそのまま部屋を辞する。活路はひらいた。
やはりエサイアスの判断は正しかった。2人きりで聴取をしていたとしても、彼は駆けつけることになっただろう。
マナの顔から血の気が引いていた。




