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梅雨の夜

作者: ささくらげ
掲載日:2019/06/27

友人から頂いたリクエストから書き上げた短文です。

拙いものですが読んでいただけると幸いです。


リクエストワードは後書きに載せてありますので、読みながらそちらを考察してみるのもいいかと思います。


 六月の夜といえば、なんだろう。


 ぐちゃぐちゃになったあと、我に返って居住まいを正す姿はひどく滑稽で、なんとなくそんなことを考えた。


 多分いわゆる賢者タイムに入っているのだが、情事のすぐ後なのだから相手とピロートークと洒落込みたいのが本音だ。

 しかしそんなものはないとばかりに、彼は換気を始めた。雨は小雨になっていた。


 バックミラーにふてくされた顔が映る。綺麗に正された衣服と、目も当てられないほどに乱れた頭のちぐはぐさすら滑稽だ。私の今の姿だ。


 大粒の雨がボンネットの上を跳ねて流れていって。ラブホテルの駐車場まで来て、停めた途端耐え切れなかったのか、車内でそのままぐちゃぐちゃにされた。


 この男に呼び出されるときは決まって雨が降っている。だから私にとって六月の夜といえば、決まってこの男と身体を重ね合うものだ。

 何故ならば梅雨だから。この時期は雨がいっとうに増えて、その分回数も増える。


 車内でセックスをするのは初めてではない。頻繁とか毎回というわけではないけれど。多分、打ち付ける雨が一瞬でも身体に纏わりつくのが、億劫にさせるのだ。


 ただ、こうなるときは大体ひどく荒々しくて、でも痛々しい顔をする。ぐちゃぐちゃにさせられてるのはこちらだと言うのに、相手もぐちゃぐちゃな顔をしてこちらを見ていて。

 子供みたいに泣いてしまいそうだと、思ってしまうのだ。


 運転席で煙草を燻らせている男に目を向けた。いつも通りの澄まし顔だ。情事の欠片も無い。


 なんとなく腹が立って、煙草を奪った。かなり重いやつで、かなり肺がしんどい。ニコチンどんだけとってんだ。

 こんな重いものを吸う男だっただろうか。会ったばかりの初々しいあの頃は、まだ軽いものを吸っていた筈だ。

 男が以前吸っていた煙草と同じ銘柄のものを愛飲しているから、不思議に思った。


 最後に体を合わせたのは一月以上も前だ。毎日晴天だったとは言わないし、降る日もあった。けれど大抵が朝のみだとか、夜のみだとか。そんなものだった。


 男は重たい煙を見つめている。

 その瞳はひどく空虚だ。もしかしたら相当溜め込んでいたのかもしれない。いろんなものを。


 その瞳を見ていたら、まあ、ホテル代が浮いたから良かったのかもしれないと思いはじめた。


 これが会って一週間だとか二週間だとか、そんな間柄ならば速攻で抵抗して逃げる自信がある。強姦魔と叫び、乱れた衣服そのままに近場のコンビニにでも駆け込むかもしれない。

 だがもう三年もこの男と身体だけの繋がりを続けて、知らない仲じゃない。むしろ身体だけならば知り尽くした仲だ。

 身体だけ、ではなかったらもう五年になる。


 ならばそう、お金も浮いて性欲も解消できてハッピーとかラッキーだと思う。

 そういうことにしよう。


「ここ、停めたとこの数字、なんだっけ?」


 結局ホテルには入らず、このまま帰るらしい。たしかに、この分だと夜明けまでに雨は止みそうだ。今日の寝床が最高級のふかふかベッドから、5000円の安っちいベッドになってしまった。

 男は新しい煙草を加えてこっちを見ている。手に持ったジッポは使い古されたもので、それに少しだけ安心した。


「…なんだったっけ」


 知らない、と返して奪った煙草から火を移した。シガレットキスというやつだ。絶対に唇を触ってこない男への、小さな意趣返し。


 そもそも、停めてすぐに発情して流れ込んだわけだ。車を降りてすらないから、ナンバーを見ていない。見ているわけもない。

 多分この男もそうなんだろう。


 継ぐ言葉もないので、しばらく密閉した空間で二人、タバコの煙を蒸した。

 すっかり短くなってしまってから、灰皿に強く押し付ける。


「何時間だっけ」

「多分二時間もない」


 こういう(・・・・)逢瀬の時は、折半の約束だった。

 先にドアを開けて傘をさす。運転席から降りる男に半分傾けた。今はそんなに降っていないけど、都会で育ったこの男はたった少しの雨でも濡れるのを嫌がるから。


 身長の差はヒールを履けばそんなに変わらない。


 運転席まで行く際、ナンバーを確認することを忘れなかった私は、出来る女だ。何故恋人ができないんだろう。

 そう思っている時点でダメなのかもしれなかった。


 傘の表面を打つ音は軽快で、小さな子供が走っているかのような音をしている。こんな暗い夜でなければ、笑い声が聞こえてくるだろうに。


 子供は好きだ。感情を誤魔化す大人とは違う。隠さなければいけないことも、すぐ顔に浮かぶ。その移り変わりを愛おしいと思う。

 大きな諍いは3日もなしに元どおりだ。単純で、でも感情は難解で、たくさん考えて成長するその姿は好ましい。


 なんで今隣にいるのはこの男なんだろう、と顔を向けた。

 なんで自分のものになってくれなかった男なんだろう、と。


 同じ傘の中に収まる男の顔は思ったような澄ました顔じゃなくて、困ったような顔だった。

 左手の薬指に、指輪の跡がある。いつでも反射して主張していた銀の光は、無い。


 財布を手に、四番のボタンと精算のボタンを押す。駐車した場所には、白い文字で大きく<4>と書いてあった。

 どこにでもいそうな女の声が料金を告げる。


「【No.4 No.9の番号はありません】 」


 思わず傘の中、お互いの顔を見合わせた。

 今度は思った通りの顔だ。きっと私もおんなじ顔をしているに違いない。

 そして顔だけじゃ無くて、今の私たちの思考は多分全く一緒だ。


 ホテルも行かず駐車すらしていないなんて!


 一つの傘の中に、おんなじ顔が二つ。なんだか笑えてきて、ちょっと沈んでいた気持ちが浮いた。

 隣の男も一緒だったらしい。気づけば雨の音なんて気にしていなかった。


 可笑しい。可笑しい。笑えてくる。笑って笑って、涙を流す。

 精算機の前で泣き笑いをするなんて。夢にも思わなかった。

 なんて馬鹿馬鹿しくて、でもとても平和だと思えた。この世界は残酷だけど。


 だから、聞けなかったことを聞いた。


「今日なんで、指輪してないの?ついにまた新しい女でも作った?」


 思ったより軽い言葉が出た。いつも通りだった気がする。誰かが見ていつも通りと判断するかどうかなんて、そこまではよくわからない。


「…彼女には、昨日、こっ酷く言われて、逃げられちゃったよ」


 横で笑う男の顔は困っている。でも、困っているけど、困ってないって顔をしていた。とても変な顔。

 やっぱり、子供みたいだ。


 もしかしたら世界は残酷でも、平和や希望なんてそのへんに転がっているのかもしれない。

 きっとそうであって欲しくて、悪戯っ子のように笑った。


 まだ終わりじゃない、追いかけてもいいんだって思えた、梅雨の夜。六月の夜。


 残酷な世界には一度さようならだ。次に対面するなら、一人じゃなくて二人がいい。



お読みいただき恐悦至極でございます。

少しでも世界観を共有していただけることができたら私はそれで満足です。


リクエストワード

「【No.4 No.9の番号はありません】 」

「ラブホテルの駐車場」

「精算機」

「停めてたとこの数字なんだったっけ?」

「6月の夜」

「平和」


私が創作を始めた時からアドバイスをくれたりして、今でも私の作風に好色を示してくれる良い友人に感謝を。

そしてお読みいただいた皆様への感謝を申し上げます。

ありがとうございました!

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