ある秋の日 9
✩
「あぁ~~~!!! くやしぃ~~~ッ!!!」
悔しがる翔矢を先頭に、総勢17名で茜色に染まる公園からの帰り道の坂を下る。
「あと……あとちょっとやったのにっ!」
結果から言えば、翔矢は全員を捕まえることが出来なかった。
色々と策略や陰謀が渦巻き、最終的には流斗にしてやられた形になる。
「まぁまぁ、翔矢」
「流斗……」
あまりに悔しそうな翔矢を見ていられない、そんな様子で流斗は翔矢の肩に手を置いて、
「ドンマイ!」
そんなことは微塵もない、清々しいほど憎らしい笑顔で親指を立てた。
「ムギィィィイィィイ!!!」
頭を抱える翔矢を刃と流斗は笑ったが、しかし内心、刃の方は笑えた心境じゃなかった。
顔で笑いながら、チラッと刃はあの3人を見る。
亮は俯いて表情が見えず、光は刃から顔を反らしてガン無視。蓮は刃の視線に気付くと、ニッと笑って唇に手を当てる。
「…………」
楽しんでる。間違いなく蓮のやつは、この状況を楽しんでいる。
「ま、まぁ庶民的でしたが、結構楽しめましたわね!」
「麗香様が楽しめたならば私も本望です!」
「ケケケッ……なぁ鎧亜? 『約束』ってどういう字だったっけなぁ? 教えてくれよぉ?」
「……」
鎧亜の顔は物凄く暗い。これは夕時で辺りが暗くなってきた……せいではないだろう。
「まぁ俺達がちょい本気出せば、翔矢もそんなもんってことだよなぁ!」
「ムギィィィイィィイィ!」
矢田の煽りにとうとう翔矢は頭を抱えて唸った。刃は思わず苦笑してしまう。
「ぼ……僕、もう……疲れちゃって……」
「オイオイ、丸男。しっかりしろよ。和真だってしっかり歩いてんだぞ?」
「『ご主人だってとはなんだ。ご主人はアニオタをそれだけで馬鹿にする考え無しがいるから成績も常に上位だし、筋肉だってそれなりにあるんだぜぇ、ヒャハハ!』」
ポッピーの説明に和真は得意げに眼鏡を右中指でクイッと上げる。
ある意味尊敬する。普通、好きな物のためにそこまでできる人間も珍しい。
「ねぇーっ! じ・ん・君!」
「ウオッ!?」
と、突如の背中への衝撃と柔らかな感覚。律子に抱きつかれたと気付くのに時間はかからなかった。
そして、なぜか後ろの3人の目が厳しくなったような気がする。
「な、なんだよ律子さん!」
「〝さん〟付けは止めてよ~。私、好きじゃないの。それに刃君のことは気に入ってるって言ったでしょ~! 他のモデル仲間にも自慢するんだから!」
要するに他のモデルさんに自慢したいだけらしいが、可愛いモデルさんに噂されるのは悪い気はしない。
「みんな羨ましがるよ~、私たちの中では今一番ホットな話題だもん!」
「できれば勘弁して欲しい……」
これ以上は付き合っていられない。適当に流してやり過ごそう。
「ねぇねぇ、この全員で撮った写真、モデル仲間にも見せていい!?」
そう言って最後に全員で撮ったデジカメの画像を見せてくる。
「……それは俺以外にも聞いた方がいい気がするけど」
「じゃ、刃君だけ、刃君だけ見せる! あっ、あと藍ちゃんも! それならいい!?」
「……ご自由にしてください」
「やったぁっ!」
どうせ断ってもしつこくされるのは目に見えていたため、諦め半分に承諾すると律子は刃の背から離れる。
柔らかかった胸をずっと意識していたのは内緒だ。
「誰に自慢しよっかなぁ……キュンちゃんにぃ~、安里ちゃんにぃ~、カンちゃんにぃ~」
と、律子は指折りで自慢する人をカウントし始めた。
「アゲハちゃんにぃ~、ムンちゃんにぃ~、ラブみんにぃ~」
どんだけいるんだよ。そんな広められるのはあまりいい事じゃない気がする。
「……おい、り、律子。あんま周りに言い触らすのは──」
「カンミにぃ~、美瑛ちゃんにぃ~、アマルんにぃ~」
「…………へ?」
今、なんて言った?
「ちょ、ちょっと待て。律子、お前、今……なんて?」
「えっ? アゲハちゃんにぃ~」
「いや、もっと後!」
「ん~? アマルん?」
「多分、過ぎた! その前くらいに──」
「んーーッ? 美瑛ちゃん?」
「っ!?」
聞き間違いではなかった。本当に、刃が大好きなモデルの美瑛ちゃんのことだった。
「律子、美瑛ちゃんと面識あるのか!?」
「えっ!? えと、そりゃまぁ同じ事務所の同期だし……面識どころか仲良い方よ?」
「そ……そうなのか」
まさか……まさか美瑛ちゃんが自分の話をしてくれてるなんて考えもしなかった。
雲の上の存在だと思っていた人が目の前にいるような感覚。ここは是非とも話を聞いてみたい。
「その……律子は、美瑛ちゃんとはその……俺の話とか、した事あるのかなって……」
「うん、あるよ。てかね、むしろ私が君を知ったの美瑛から話を聞いたからなんだ。積極的に話題に出すんだよ、君のこと。だから一番に自慢しよっかなぁとか考えてるの!」
「!!!?」
──なっ、何だとオォォォオォォッ!?
予想外も予想外。まさか美瑛が話に出してくれていたなんて……。
「まぁ、桜ヶ峰には美瑛の妹がいるから、その妹が話してるみたいで……って聞いてる、刃君?」
全く、完全に律子の話はもう刃の耳に入っていない。今の刃は現状を理解することに手一杯。他のことを考えている余裕はなかった。
「……へぇ~」
刃の反応に察した律子はニヤッと笑うと、刃の顔をなめ回すようにじっくり見ながら。
「……刃君、私のことは聞かないのに、美瑛ちゃんのことになるとずいぶん食いつくんだねぇ?」
「えっ!? あっ、いや……その……」
目の前に現職の人がいる中で、美瑛の大ファンです!とは言えない。
「まっ……まぁ可愛いし、頑張ってる姿をテレビとか雑誌で見てるし……な」
「ふぅぅ~ん」
するとリツコは刃の前に回り込み、刃の足を止めると何か考えている黒めの笑顔で告げる。
「ねぇ。刃君は明日、月曜の祝日。ヒマ?」
「は? まぁ……暇っちゃ暇だけど……」
「呼んであげよっか?」
「…………………………は?」
律子のセリフに思考が停止する。呼ぶ? 誰を?
いや、今の文脈からすると1人しか有り得ない。でも、そんなことあるのだろうか。
「よ……呼ぶって……誰を?」
早とちりするな。そんなわけないじゃないか。しっかり主語の確認を怠らない。ぬか喜びをする訳にはいかないのだ。
「そんなの決まってるじゃない」
律子は冷や汗を流す刃の隣に移動して、肩を組んで耳元で小さく囁いた。
「び・え・ちゃ・ん♪」
「!!!?」




