第八話 秘密のペット、ですわ
路地裏をしばらく進むと、開けた空き地につながっていた。
今時珍しく土管なんかが置かれているその空き地は、道路に面している側は有刺鉄線で囲まれていて、さっきの路地裏からじゃないと入れなくなってるみたい。
そしてその土管の前で何かごそごそやっている人影。着ているのはうちの制服だけど、学ランのほう。つまり男の子だ。ケロちゃんじゃない。
尾行は失敗しちゃったみたいだけど……こんなところであの男子は何をやっているのかしら。やっぱり気になるわよね。
「あの……ちょっといいかしら?」
「ああん? なんでこんなところに俺以外に人が——」
私はそっとその男子に声をかけた。男子は不機嫌そうに私のほうを振り向く。
「——馬淵君⁉」
「転入生⁉」
そう言えばこの路地裏って、昨日いきなり馬淵君が飛び出してきたところじゃない!
「あなた、昨日といい今日といい、こんな路地裏で毎日何やってるのかしら?」
「べ、別にお前には関係ねーだろ!」
「そう言われると余計に気になるわね」
まじまじと馬淵君がいるあたりを見ると、足元に空の牛乳パックが転がっているじゃないの。まさかこんなところに隠れて自分で飲んでたわけじゃないだろうし。そうなると、考えられるのはただ一つよね。
「もしかして馬淵君、ここで何か動物飼ってる?」
馬淵君は一瞬驚いた顔をした後、すぐに観念したみたい。
「ああ。ここまで見られたらしょうがないな。——ポチ、出てこい」
ポチなんて名前までつけてるんだ。犬かしら。ちょっとヒネてる馬淵君のことだから、ネコのポチでもおかしくはないけれど。
ガサゴソと音がして、土管の中からポチが出てくる。そのポチはなんと。
「くきゅ?」
「——ドラゴン⁉」
そう。なんとポチは、小さなドラゴンだったの!
「おいおい、転入生。何言ってんだよ。ドラゴンなんているわけねーだろ。なんの動物かは知らねーけど、羽が生えたワニか何かじゃねーか?」
馬淵君はそう言っているけど(よくわかってないのかポチもその横でうんうん頷いてるけど)前世で何度も見てきた私なら言い切れる。この子はドラゴンよ。
赤い鱗に覆われた皮膚と、蝙蝠を思わせる紫の翼。アルメギドのドラゴンと同じと考えるなら、火属性の下級種ね。魔族や人族の家畜として飼われていた、比較的おとなしい種類よ。それにまだこの子は産まれたての子供みたい。
「ねえ、馬淵君。もし良かったらだけど、私がポチを連れて帰っていいかしら?」
私は訊いた。
「は? なんでお前に」
「きゅぷっ⁉」
二人して目を丸くして驚く馬淵君とポチ。本当に仲良しね。離れ離れにするのは心苦しいけど。でも。
「何の生き物かもわからないのに、ずっとちゃんと飼えないでしょ? それにこの空き地だって、いずれ工事が始まっちゃうんじゃないかしら。おうちはお寿司屋さんだし、お父様は頑固で動物なんか飼わせてくれない。知ってるわよ」
「う……」
全部図星だったみたいで、馬淵君は一瞬ひるむ。その顔を心配そうにポチが覗き込んだ。
「パパの友達なら珍しい爬虫類を飼ってる人も多いから、訊けば飼い方もわかるかもしれないし、うちはマンションだけど広いしペットを連れて行っても大丈夫だから。部屋で二人っきりになるのはゴメンだけど、ぴあのさんあたりと一緒に来てくれれば、会いに来てくれてもいいわよ」
パパの友達にドラゴンの飼い方がわかる人がいるとは思えないけど、それ以外は嘘ついてないわよ。
「……わぁったよ。それじゃ、ポチのことをよろしく頼むな」
しぶしぶって感じで、馬淵君は了承してくれた。
「ありがとう」
馬淵君とポチを引き離したいわけじゃないんだけど……やっぱり何も知らないでドラゴンを飼うのは危ないわ。前世でドラゴンについて知ってる私が飼ったほうが馬淵君もポチ自身も安心よね。
「それじゃ、ポチ。転入生の言うことをよく聞くんだぞ。ちょくちょく会いに行くからな」
馬淵君はポチの顔を撫でる。ポチは少し寂しそうに笑った。
「それにしてもドラ——こんな変わった生き物、なんで馬淵君が世話をしていたの?」
私はポチの尻尾を撫でながら馬淵君に訊いた。うーん、すべすべだわ。かわいいわね。
「一週間ぐらい前に、段ボールに入って捨てられてたのを見つけたんだ。『かわいがってください』って書いてあったぞ」
そんな捨て猫みたいな感じで捨てドラゴン⁉
「それでも、何の生き物かすらわからないポチを放っておけなかったのね。優しいところあるじゃないの。ちょっとあなたのことを誤解していたわ、ごめんなさいね」
「お前もお嬢様だっていうからお高くとまってんのかと思ったけど、ポチの面倒を引き受けてくれるなんて、なんつーか……まあ、アレだ。物好きだな」
馬淵君が照れたような笑顔を見せる。その笑顔を見て、私の胸の奥がきゅんっと締め付けられた。
産まれて初めて、いえ、前世も含めて初めての感覚。胸が苦しくて、ドキドキして、でもなんだかとっても幸せな気分。これってもしかして……?
「どうした転入生」
馬淵君が私の顔を覗き込む。まっすぐ顔を見返す勇気がなくて、私は思わず目をそらした。私のドキドキが聞こえたのか、ポチも落ち着かない様子で私のほうを見ている。
「な、何でもないわ。ところで、いい加減転入生って呼ぶのやめてくれないかしら。私には伊妻六花という名前があるのよ」
思わずつっけんどんに返しちゃった。こういうの慣れないのよ。
「そうだな。じゃあ六花」
「!?」
私の顔がかあっと熱くなった。
「いきなり下の名前!?」
「いや、ぴあのがそう呼んでたから、同じほうがいいかと思って。嫌だったか?」
「嫌じゃないけど……」
もう、不意打ちでびっくりしちゃったじゃないの。
「さて、あんまり長居してても誰かに見つかるな。俺はそろそろ帰る。ポチのこと、頼んだぞ!」
馬淵君はポチの頭を一度ぽんと撫でると、入ってきた路地裏を戻っていった。私はポチと二人で空き地に取り残されて、すこしさみしい気分。
「……いつまでも一人でここにいてもしょうがないわね。帰りましょうか、ポチ」
「くきゅるる」
ポチは私のさみしさを察してか、それとも単にじゃれているだけか、人懐っこく私にすり寄ってきた。
少女向けなのに八話まで恋愛要素がなかった不思議。




