第六十八話 狐の嫁入り、ですわ
「検査の結果、異常は見当たりませんでした」
「本当ですか」
お医者さんの言葉に、枇々木先生が私より先に胸をなでおろした。
なによ、大げさね。と、思ったのだけれど、担任としての責任感なのかしら? 枇々木先生って本当に真面目よね。
「それでは、今は持ち合わせがないでしょうから、診療費はまた後日」
「いえ、平気よ。カードで払えるかしら?」
私が財布からブラックカードを出すと、お医者さんは目を丸くした。
驚かれるのはわかっていたけれど、今日は現金の持ち合わせがなかったのよ。しょうがないわよね。
大きな病院がいっぱいだったのと、見た感じ大丈夫そうに見えたことで、私が回された病院は小さなクリニック。カード払いをする患者さんは少ないみたいで、事務員さんはちょっとレジの操作に手間取っている。
その間に、窓の外を見ると、大きな満月が輝いていた。小林君のところにいた頃は曇っていたけれど、天気が回復したみたいね。
「ありがとうございました」
私と枇々木先生は、深々とお辞儀をしてクリニックを後にした。
玄関を出ると、ぽつりと冷たい滴が鼻に当たった。
「雨?」
満月はこんなに輝いてるのに――狐の嫁入りとかいう現象かしら。空梅雨だからって、珍しいこともあるものね。
「あっ」
そこで私は、タカヒロ君に気を取られていて、学校に傘を忘れてきたことに気づいた。
「あーあ、ついてないわね……」
濡れて帰るしかないかしら。
「伊妻、どうかしたか?」
枇々木先生が私に尋ねた。
「傘を忘れてちゃったみたい。最後の最後に本当、ついてないわ」
「そうか……」
枇々木先生は自分の鞄をがさがさと漁って、折りたたみ傘を取り出す。
「これでよかったら使うといい」
「えっ、枇々木先生はどうするのよ」
「私は……その。濡れて帰る」
ええっ!? ちょっとそれも気が咎めるわよ。
「枇々木先生、一緒に入って帰りましょうよ。どうせ家までは送ってくれるのでしょう?」
私は提案した。
「は!?」
枇々木先生が飛び上がるほど驚いたから、こっちも逆に驚いちゃう。
「それは、つまり相合い傘ということか!?」
「ええ、まあ、そうなるかしらね」
「いかんいかん、教師と生徒が相合い傘など……変な目で見られる!」
「……教師を濡らして生徒だけ傘さして歩く方が変な目で見られると思うけれど」
「そ、それもそうだ。よし、わかった。一緒に入ろう」
枇々木先生、なんだか急に挙動不審だけど、どうしたのかしら?
私は疑問に思いながらも、今日は一日頭を使って疲れているから、深く考えるのをやめる。
あー、早く帰ってポチをむにむにしたいわ。テストに続いてこんな事件で、癒やしが足りないのよ。なんて思いながら傘を開いたけれど、枇々木先生はなかなか傘に入ってこない。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。少しだけ待ってくれ」
と、言って、枇々木先生は深呼吸なんてしてる。本当に何なのよ……。
そんな反応されると、なんだかこちらまで意識してしまうのだけれど。




