第六十六話 ふた組の兄弟、ですわ
「……正一郎兄さん?」
タカヒロ君が、聞いたことのない名前で小林君を呼んだ。
一人っ子のタカヒロ君が『兄さん』と呼ぶ存在に、私は一人だけ心当たりがあった。
「ああ。そうだよ。二つ前の前世でお前の兄だった正一郎だよ。正彦」
やっぱり。
それじゃ、前世の前世の復讐――。
って、ちょっと待って。前世の前世で殺されたのって、タカヒロ君のほうじゃなかったかしら?
タカヒロ君が小林君に復讐するならともかく、なんで逆なのよ!
「お前は、お前はいつも俺より恵まれて――! 一週目の前世でも、家を継げと厳しく言われてきた俺をしり目に、自分だけやりたいことばかりやって!」
ひどい、そんなのただの逆恨みじゃない!
「同じ、か」
枇々木先生がぼそりと呟く声が聞こえた。
同じ、って、何が?
「馬淵、蛙ヶ口! 今からそっちに行く。小林をしっかり押さえていろ」
枇々木先生は大声を張り上げ、非常階段を駆け上がる。
いつもの五割増しくらいになった枇々木先生の眉間の皺に、何事かしらとどきりとして、私も慌てて後を追う。
それなりに運動はできるほうだけれど、それでもやっぱり大人の男の人には敵わなくて、私は枇々木先生よりかなり遅れて最上階についた。もちろんその頃には、ぴあのさんも先に合流済み。
枇々木先生、割と動けるおじさんね? 三十三歳だったら普通はこんなものなのかしら。老けてるのは顔だけ?
「小林」
枇々木先生が小林君の肩をがしっと掴む。投げ飛ばされるとでも思ったのか、小林君はぎゅっと目をつぶったけれど……さすがに枇々木先生に小林君は投げられないと思うわ。
「私の兄の話は先ほどしただろう」
枇々木先生がゆっくりと話し始める。枇々木先生のお兄さん、って、ガードレールの幽霊よね?
「きっと兄も小林と同じで私を恨んでいるだろうな。兄は何をしても最初は私よりできなくて、周りの大人は私ばかり評価した。だが、彼の吸収力は人一倍でな。何をしても私をすぐに追い抜くだけの可能性を秘めていた。――結局追い抜く前に事故で死んでしまったがな」
馬淵君が好きだったころ、ライバルについて相談した時の枇々木先生を思いだす。
あの時枇々木先生が言ってたライバルって、双子のお兄さんのことだったのね。
「……私がもっと早く兄との過去に向き合えていれば。ここまで大きな事件にはならなかったかもしれない。もっと早く相談に乗れていたのに。――済まなかった」
枇々木先生が頭を下げた時、遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
私が最上階から落ちたから、見ていた誰かが通報したみたいね。
「どうしましょ、まったく無傷なんだけれど……救急車なんか、大げさなことになっちゃったわね」
どう言い訳しようかしらと私が考えていると。
「いや、あの高さから落ちたんだから、一応検査は受けたほうがいいよ」
と、アドバイスしてくれたのは、なんと小林君だった。
仕事が立て込んでて長らく更新できませんでした!
皆さんお待たせして申し訳ありませんでした。




