第六話 もしかして、事件発生? ですわ
学校に着いて、昇降口を入ると、すごく喉が渇いていることに気づいた。
そう言えば朝、何も飲んでないわ。変な夢見たからぼーっとしてた。
このまま朝のホームルームと一時間目に突入なんかしたら干からびちゃう! 購買で何か飲み物を買ってから行きましょう。
「タカヒロ君、この学校って購買はどこにあるのかしら?」
私は訊いた。昨日はお弁当だったから購買には行ってないのよね。
「特殊教室棟の一階の突き当たりだよ」
「ありがとう。じゃあ、私は飲み物買ってから行くわね!」
私はタカヒロ君に手を振ると、廊下を走りだした。
走りながらお財布の中身を確認する。もちろん足りないわけはないんだけど、自動販売機って一万円札や五千円札が使えないことがほとんどでしょ? 千円札があるといいんだけど。
一万円札が五枚と、五千円札が一枚。千円札は一、二、三。なんだたくさんあるじゃない。
なんて思っていると、部室棟から渡り廊下に出てきた誰かにぶつかっちゃった。
お札が散らばる。
「いたたたたた」
「わわわっ、すみません!」
ぶつかった相手は慌てて後ずさり、オーバーなぐらい大きく頭を下げる。
今回は全面的に私が前を見てなかったのが悪いのに、昨日の馬淵君よりちゃんと謝られて、なんだか逆にこっちが申し訳なくなっちゃう。
「こちらこそよそ見してて……って、ケロちゃんじゃない!」
おずおずと顔を上げたその相手を見ると、なんと同じクラスのケロちゃんだったの!
「あっ、伊妻さん……!」
ケロちゃんは相手が私であることに気づいて、さらに頭をぺこぺこと下げる。
なんだか怖がられちゃってるかしら? なまじ前世では親友だったばっかりに、なおさらどう接していいのかわからないわ……。
「ごめんなさいね。よそ見してたのは私のほうよ。怪我は無いかしら」
私はできるだけケロちゃんを怖がらせないように歩み寄る。
「いえ! 大丈夫です、受け身は取れましたので」
「受け身って……」
やっぱり怖がられてるわ……。そういえばケロちゃんの下の名前は千和だけど、その名の通りおびえるチワワみたい。ケルベロスが大型犬なら、ケロちゃんは小型犬ね。
「そ、それより、私のせいでお金が散らばってしまいましたね……私、拾うの手伝います!」
ケロちゃんはしゃがみこんで、散らばったお札を一枚ずつ集める。
私が悪くて散らばった私のお金を、ケロちゃんだけに拾わせるわけにはいかないわよね。私も一緒になってお金を拾うことにした。
「こちら全部拾いました!」
ケロちゃんがお金を私に手渡す。
「ありがとう、こっちも全部よ」
私は笑顔でそれを受け取った。
「ところで、ずいぶんと急いでいたみたいでしたけど……」
「あっ、いけない!」
飲み物を買いに行くのをすっかり忘れてたわ!
「ごめん、ケロちゃん、じゃあこれで」
私は改めて購買部に向かう。今度は走らないで早歩き、ね。反省反省。
「あれ」
渡り廊下と特殊教室棟の角を曲がると、枇々木先生が壁にもたれかかって立っているのが見えた。
「——だから校則で決まっているだろう。廊下は走るな、と」
枇々木先生は私を力強く睨みつけて、開口一番お説教。
「見てたんですか」
「生徒の校則違反をメモしているノートのページがなくなってしまってな。購買に買いに行く途中ですごい音がして振り向いたらあの状況だ」
「そ、それは……」
「まったく。どんなルールにも必ず理由が存在するんだ。今回は二人とも怪我がなかったようでよかったがもし万が一のことがあったら——」
長々とお説教を始める枇々木先生。お説教の内容を聞き流しながら、私はじっと枇々木先生の顔を見つめる。
うーん、やっぱり勇者ツルギにそっくりだわ。でも、そっくりだけど何かが違う。
ケロちゃんやタカヒロ君や馬淵君は、見た目が全然違ってもケルベロスやメルキセデクやデュラハンだって一発でビビッと来たんだけど、枇々木先生はその逆。見た目は勇者そっくりだけど、全然勇者と同じ人って感じはしないのよね。
だいたい、枇々木先生っていくつなのかしら。うっすらとほうれい線が見えるから、三十代半ばぐらい?
ルシファーが勇者と戦った一年の間に死んだ(というか、だいたいルシファーが殺したんだけど)三人と、ルシファー自身である私が同じ学年なんだから、アルメギドとこの世界の時間の流れは多分一緒。もしあの後勇者が死んだとしても、私より年下じゃないと計算が合わないわよね。
「——おい、伊妻。聞いているのか」
「はい!」
本当は『いいえ』なんだけど、まさか正直にそう答えるわけにもいかない。
「先生、あの……そろそろ飲み物を買いに行ってもいいですか? のどがカラカラで」
「うむ、飲み物か。文房具だったら『まだ話の途中だ』と言うところだったが、飲み物なら仕方ない。授業中に脱水症状を起こされても困るしな」
「ありがとうございます!」
私は急いで購買に向かった。だいぶ時間を食ってしまったけど、ホームルームに間に合うかしら。間に合わなかったとしても、先生のお説教が長かったのが原因なんだし怒られはしないと思うけど。
購買に入ると、すぐに自動販売機の場所は分かった。千円札を入れると、迷っている時間はないから適当なボタンを押す。
ちょっとお行儀が悪いけれど、左手で飲み物、右手でお釣りを同時につかんで、お釣りをお財布にしまおう、と、したとき、財布の中身に違和感を感じた。
五千円札が一枚なのはさっきと変わらない、千円札は三枚から二枚に減っているけど、それは今自販機で使ったからだ。でも、問題は一万円札。五枚あったはずの一万円札が四枚しかない。
「——まさか」
私の頭を嫌な予感がよぎった。
ケロちゃんはカエルなのかわんこなのか。