ある教師の邂逅
皆さん待望の(?)枇々木先生全裸回です!
「ふう……」
私は湯船に体を沈めた。追い炊き機能の付いていないポンコツな風呂だが、一人暮らしには十分だ。
それにしても今日は一日疲れた。連休明けなのに教師がこの調子ではいけないのはわかっているが。
馬淵と国木田が事件の真相を公にしないと決めた以上、魔法のお香の件も職員会議に回すわけにいかず、大人としては私と松本の二人で解決しなくてはいけなくなったというのも一つの原因だ。
だがそれでも、こういった生徒の心理に関わる事案に関して、松本は優秀だ。今回の事件に関して寄与できる割合は圧倒的に松本が高く、私はせめて足を引っ張らないようにするくらいしかできない。
裏を返せば私の負担はたいして増えてないということでもある。
それでもこんなに心が重いのは――きっと伊妻のことだ。
こんな一大事に教師が色恋にかまけている場合じゃないのはわかっているが、それでも伊妻のことが頭から離れない。
結局伊妻はあの後馬淵をフッたらしい。伊妻から告白しに行ったはずなのになぜ馬淵のほうがフラれる展開になったのかはわからないが、とにかく二人は付き合うことにはならなかったようだ。
だからと言って私が晴れて伊妻にアタックする気になったかといえば、むしろここにきて負の思考ばかりが浮かんで尻込みしてしまっている。
「だって……なぁ」
私は水面越しに自分の裸体を見下ろす。
運動はするように心がけているが、最近めっきり脂肪がつきやすくなった。手足の筋肉もここ数年でだいぶ落ちたように感じる。唯一変わらないのは、宿泊行事で同僚と風呂に入るたびに『無用の長物』と揶揄われる――まあ、この話はもういいだろう。
「こんなオッサンなんかより、伊妻にはきっと同世代でもっといい相手がいるに決まっている」
私はぶくぶくと顔を半分湯船に沈めた。
こんな調子だからうまくいかないのだと自分でもわかっている。一昨日の件も、失恋しそうな相手の家に上がって壁ドンまでしておいて何もしないで帰ってきた、だの、据え膳食わぬは男の恥だの、さんざん松本に揶揄われた。
というか、据え膳ってなんだ据え膳って。食ったら問題だろう。教師と生徒だぞ。
「まさかこの私が生徒相手にこんなになるほど惚れ込むとはな」
運命を感じたなどと表現すれば聞こえはいいが、『運命』なんてものが実在するのか疑わしい。ただの自分に都合の好い言い訳じゃないのか。そんなもやもやが頭の中を渦巻いている。
「いかんいかん。少しのぼせてきた」
私は湯船からあがり、バスタオルでざっと体を拭き、寝間着代わりのジャージを身につけた。
――もし、伊妻が『あいつ』を知ったうえでそれでも私は私だと言ってくれるのなら。
運命を信じてみてもいいんじゃないかと思う。
髪の毛をごしごしとタオルでこすりながら冷蔵庫を開けると、ノンアルコールビールを切らしてしまったことに気づいた。おもわず舌打ちする。
過ごしやすい季節になってきたし、どうせすぐそこだ。ひとっ走りコンビニまで買いに行くか。
私は無造作に財布と家の鍵だけをつかんで、ジャージのまま外に出た。
夜風がひやりと濡れた頭を撫でた。
「あっ! こんなところにいたのね」
コンビニへ向かう途中、郵便局の角を曲がったところで、外国人風の少女に呼び止められた。
この季節にニット帽などをかぶった風変わりな少女。年頃は小学生ぐらいといったところだろうか。
「いつまでも逃げ回ってないで、そろそろ説明しなさいよ。姉さんだけは巻き込まないって言ったじゃない!」
見た目とは裏腹に、流ちょうな日本語でまくしたてる少女。しかし、その内容に心当たりのない私はただ無言でたじろぐしかない。
「ちょっと、何とか言ったら――って、あら?」
どういうわけか、私の右手に目をとめて少女は首をかしげる。
「あなた、もしかしてヒビキ・ジュン?」
「ああ、そうだが」
「やだ! ごめんなさい人違いよ! じゃあ、私は探してる人がいるからこれで!」
驚いた後、足早に去っていく少女を私は見送る。彼女はなぜ私の名を……?
まあ、深くは考えない。私はコンビニに向かって足を速める。
私を誰かと人違いか。どこの誰だか知らないが、間違いなく『あいつ』ではない。小学生ぐらいの彼女はあの事件より後の生まれに決まっている。そんな彼女が『あいつ』を知るわけがない。
だからこの耳にこびりついた鼓動は。
三十路にもなって風呂上がりに走ったりした自分の動悸であって。
『あいつ』のものではないのだと、私は自分に言い聞かせた。
なろうではおっさんの全裸が人気と聞きました!
ニット帽の彼女はいったい何者なのか……?(勘のいい読者さんはもうわかってる気がしますが)




