第三十五話 夜の来客、ですわ
それでもやっぱり朝までぐっすりってわけにはいかなくて。ポチにお夕飯の催促をされて私は目を覚ました。
時計を見たらもう夜の七時。おひるごはん抜いちゃったなぁ……。ポチもおなかをすかせているみたいだけれど、私もおなかが減ったわ。
「ポチのごはん、は、ドッグフードの買い置きがあるけれど」
私のごはんはどうしようかしら。また出前? 前回はお寿司にしたから、今日はピザかしら。
棚からドッグフードを取り出しながら、馬淵君のことを思い出してまたため息。
ポチの餌にペットフードって思いついたのも、馬淵君のおかげだったなぁ、なんて。まだ半月ぐらいしか経ってないのに、なんだかもうずっと昔のことみたい。
「ポチ、今日はいろいろごめんね」
「くきゅるっ」
わかってるのかわかってないのか、返事をするポチにドッグフードの缶を開けてあげた。
そしてしばらくポチの食事をぼんやりと眺めていたのだけれど、エサが半分ぐらい減ったところで、インターホンが鳴った。
「誰かしら? こんな時間に」
私はインターホンの前に進む。最新型のカメラ付きインターホンが、エレベーターホールの様子を映している。そこにいたのは。
「枇々木先生⁉」
私はあわててインターホンの通話ボタンを押す。
「枇々木先生、どうしたんですか?」
「伊妻か。よかった、無事帰っていたか」
雑音交じりに枇々木先生の声が聞こえる。急いできたのかしら、ちょっと息が上がっているみたい。
「ええ。ごめんなさい、私ったら突然飛び出して……ご心配をおかけしたみたいで」
「どうした、ずいぶんしおらしいな」
「ちょっと、どういう意味でして!?」
まるでいつもの私がしおらしくないみたいじゃないの! 私が怒ると、枇々木先生は画面の向こうでくすくすと笑う。
「で、何の用事ですか? まさか私をからかいにきたわけじゃないでしょう?」
内心まだ怒りながら、私は枇々木先生の用事を確認した。
「ああ。すまんすまん。あの後お菓子コンクールは中止になったわけだが、撤収作業の時に伊妻の作ったケーキが置きっぱなしになっていてな」
枇々木先生は説明を始めた。ああ、いけない! 私ったらお菓子コンクールのこと、すっかり忘れてたわ。
「こちらで処分してもよかったんだが、盛り付け以外完成している状態で捨てるのもどうかと思って、持ってきたんだ」
なんだ、そういうことね。確かにホールケーキを丸ごと捨てるのはもったいないわね。
「ありがとうございます。ちょっと待ってください、今開けますね」
私はボタンを押してエレベーターのロックを解除する。数十秒間が空いて、玄関のドアをノックする音が聞こえた。ちょうどごはんを食べ終えたポチが、お客様が来たと喜んで部屋を飛び回っている。
「先生、わざわざすみません」
私はドアを開ける。当たり前なんだけれど、ドアの向こうすぐのところに枇々木先生がいて、距離の近さにちょっとびっくりした。学校だとドアを開けてすぐのところで先生が待ってるなんて、あんまりないシチュエーションだから。
こうして近くで見ると、枇々木先生って結構背が高いのね。勇者ツルギに対してはそんなこと感じたことなかったのに。やっぱり別人――なのかは、魔王ルシファーだった頃より今の私の背がだいぶ低いから、よくわからないわね。
「伊妻。件のケーキだ」
枇々木先生が私に四角い箱を手渡す。箱は『エリーゼ』の持ち帰り用のボックスで、きっとあの後ぴあのさんが持ってきてくれたんでしょうね。
うう、ぴあのさんのことを思い出したら、また悲しくなってきたわ。
「本当にありがとうございました。でも今日は時間も遅いので」
枇々木先生の前で泣いちゃう前に、お引き取り願おうと思ったけれども。
『ぐぎゅるるるるるっ』
と、二人のおなかが同時に鳴った。だから私はちょっとだけ予定を変更する。
「枇々木先生、これ、よろしければ一緒に召し上がりませんか?」
「――いいのか?」
「ええ」
一人でおなかが減っててうじうじしてるからマイナス思考になるのよね。元気出さないと! そのために、ちょっとだけ先生には協力してもらっちゃいましょ。
第三章突入です! 今回は短めになる予定です。
四角関係編、枇々木先生がんばれ編、馬淵君○ー○○願望編、だいたいそんな内容になると思います。




