第三十三話 織牙さんの真相、ですわ
「どこから話したものかな……」
織牙さんは当時のことを語り始める。
「あの事故があった当時、俺は丘目木高校への進学が決まったばっかりでね。丘目木南中学から丘目木高校なんて、私立行く金がなくてある程度成績がいいならすごく当たり前の持ち上がりだったんだけど、やっぱりクラスの友達の中にはそうじゃないやつもいて。専門高校に進むやつとか、部活目当てであえてレベルの低い私立に行くやつとか、中卒で働くやつとかね」
そうか。普通なら中学卒業って、進路に悩む最初の機会なんだ。私はエスカレーターの私立だったから、何も考えないでもう高二だけれど。前も思ったけれど、やっぱりまずいわよね。
なんて、自分の反省してる場合じゃないわよね。織牙さんの話を聞かないと。
「それで俺も、漠然と将来のことを考えてたんだよね。怪我であんまり歩けなくて、杖をついてどこか行くのもやっぱり大変だし。暇だったから。でもやっぱり一人でぐるぐる考えてるのも限界があって、母さんに相談したんだ。そして、幽霊ガードレールでの事故について話を聞いた」
幽霊ガードレールでの事故、という言葉を聞いた枇々木先生が肩をびくりと震わせる。
「当時はあの死亡事故より前で、あそこも『幽霊ガードレール』なんて呼ばれていなかったんだけどね」
そして、続く言葉にほっと小さくため息を吐き出す。――枇々木先生、どうしたのかしら?
「俺たちの母さんはあそこで事故に巻き込まれて、手の神経をひどく傷つけたんだ。命に別条はなかったし、日常生活で困ることはないレベルだったんだけど……母さんは当時ピアニストを目指していてね。夢を諦めざるを得なかったんだ」
ピアニスト……。そういえばお店の名前の『エリーゼ』はベートーベンの『エリーゼのために』が由来でしょうし、織牙さんとぴあのさん――オルガンとピアノってどちらも鍵盤楽器の名前だわ。きっと全部お母様が名付けたのね。
「その話を聞いて、俺はちゃんと自分の夢を追いかけようと思ったんだ。父さんを超える菓子職人になるって夢を」
「――それじゃ、なんで周りにそう言わなかったんですか!?」
「後ろ指刺されるのが怖かったんだ、ごめん」
ぽつりと織牙さんが謝る。
「男が『サッカーを諦めて菓子職人になりたい』なんて女々しいこと言って、周りにどう思われるかって思ったら……ね。小さい頃からかわいいものが好きで、オカマとかからかわれて、いつの間にか女の子みたいな趣味を隠すようになってたんだ」
織牙さん……そんな過去があったなんて。前世が巫女だったら来世でも女子力上がるのはしょうがないのかしら。自分やタカヒロ君の件でチートだなんだばっかり感じていたけれど、前世持ちも楽ばっかりじゃないわよね。
「そんな……それじゃ、俺は何のために……」
がくがくと震える国木田君の肩を、織牙さんがそっと支える。
ちょうどそのタイミングで、ドアが開いて、タカヒロ君が戻ってきた。
「お待たせ! 解毒剤が完成したよ!」
タカヒロ君の手に握られたコップに入った液体は、新鮮なトマトみたいな赤色。アルメギドで回復ポーションといえばこの色よね。それにしても、あの材料をどうしたらこんな色になるのかしら? ポチのうろこパワー?
「これで馬淵君は……その、治るのよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう……よかったわ」
私は心底ほっとした。国木田君のほうはまだちょっと心配だけどね。
「ええと……コップから直接は飲めないよね。枇々木先生、そこの棚に水差し入ってませんか?」
「少し待て、今探す」
先生は後ろの棚のガラス戸を開けて、すぐに水差しを手に取る。わかりやすいところにあったみたいね。
「あったぞ、ほら」
「よかった。じゃあ」
タカヒロ君が水差しにポーションを入れて、馬淵君の口に流し込む。ケロちゃんだったらキャーキャー言いそうな距離感ね、なんて思ったりして。
「……どうかな?」
タカヒロ君はポーションをすべて馬淵君に飲ませ終えた。
馬淵君の手がぴくっと動いた。
チャラ男と見せかけて女子力男子だった織牙さん。
女子力高いイケメンは正義です。