第九話 まさかの三角関係、ですわ
私は自宅の扉をカードキーで開けた。
「ただいまー」
なんて言っても一人暮らしだから誰もいないんだけど、挨拶しておくと防犯になるって本当なのかしら。
「ポチ、出ておいで」
「きゅるぃ」
私は鞄のファスナーを広げて、ポチを外に出す。初めて見る部屋のあちこちに、ポチは興味津々できょろきょろしてる。
「今日からここがあなたの部屋よ」
あー、ポチの下敷きになってたプリントがぐしゃぐしゃだわ。これじゃあ先生に怒られちゃう。枇々木先生の現国じゃなかったのが不幸中の幸いね。
「よしよし」
ポチの頭をぽふぽふと数回撫でた後、急に疲れがどっと出て、私は制服のままベッドにダイブした。
今日はいろいろなことがあったなぁ。一回頭を整理しないと。
「明日こそはケロちゃんにお金のこと、確かめないとなぁ……」
今日は尾行したりしようとして失敗しちゃった。やっぱり私には尾行は向いてないみたいだし、どうしようかな……。
持ち物を盗まれたら担任の先生に相談するのが当然なんだろうけど……。
「枇々木先生に相談するのは敷居が高すぎるわよね」
枇々木先生のことだから、みんなの前で厳しくケロちゃんを責め立てたりしそうで怖いわ。見た目が勇者ツルギに似てるから、っていうのもあるけど、なんとなく信用できないのよ。
でも、先生に言えないとなると、ほかにできることは限られてくる。
「直接訊くしかないのかなぁ……ねえ、ポチ。どう思う?」
「きゅ?」
なんて、訊いても分かるわけないわよね。首をかしげるポチの頭を、軽くなでる。
「きゅうきゅう……けぽ」
ポチは嬉しそうに何度か鳴いた後、突然何かを口から吐き出した。
「これは……宝珠⁉」
力は強いけど牛や馬に比べて扱いにくく、空は飛べるけど転移魔法に比べて便利ってわけじゃない。そんなドラゴンがアルメギドで家畜化されていたのは、体の中で宝珠を生み出す力があるからだ。
宝珠というのはマナの結晶。マナっていうのは自然界に存在する魔力のことで——説明するとなるとなかなか難しいのだけど、強いて言うならば、魔法を使うための必須アイテムね。魔法の杖についている石はただの飾りじゃなくて、みんな宝珠なのよ。
「こっちの世界にもマナってあったのね……」
宝珠を生み出すドラゴン自体が発見されてない世界だもの。マナが存在するのかどうかなんて考えてもみなかったわ。
「宝珠があるってことはこの世界でも魔法が使えるのかしら」
ポチみたいな赤ちゃんドラゴンの宝珠じゃどちらにしても大した魔法は使えないんだけど、それでもこの世界で魔法が使えたら、ちょっと特別な感じで素敵かも!
「試してみようっと」
私はお風呂場から洗面器を持ってきた。魔法の基本といえば炎魔法か水魔法なんだけど、さすがに家の中で炎魔法を撃つのは火事とかが怖い。
宝珠を掌の上に構えて、三回ぐらい深呼吸。前世では魔王をやっていたくらいだけど、生まれ変わってから魔法を使うのは初めてだ。うまくいくかなぁ。
「——アクア!」
呪文を唱えると、宝珠から水がほとばしり、洗面器——からちょっと逸れて、カーペットを水浸しにした。
「あらっ⁉ ちょっと、ウソでしょ⁉」
慌ててカーペットを確認しに駆け寄るけど、やっぱりカーペットはぐっしょりと濡れている。
魔法は使えたけど、いきなり大失敗!
「やっぱり炎魔法で試さなくってよかったわね……」
思わず苦笑いをしながら、私は雑巾を取りに向かう。
「宝珠そのままじゃ狙いが定まらないわ。やっぱり杖に加工したほうがいいわね」
杖の材料ってこっちでも手に入るのかしら? パパに頼めばいいものが手に入るんだろうけど、魔法の杖の材料なんて頼んだらびっくりされちゃうわよね。ホームセンターか何かに行って、自分のお小遣いで買った方がよさそう。
さて、杖のことはともあれ、カーペットを濡れたままにはしておけないわよね。雑巾を持ってきて拭かないと。
「はぁあ。かつての魔王ともあろうものが、魔法に失敗して雑巾がけなんて」
当時の部下のほとんどなら、そんなコト知ったら卒倒よね。ここが別の世界でよかったわ。魔王軍ができたばかりでいろいろ泥臭いことをやっていた時代から一緒にいたケルベロスならきっと苦笑いで済ませるんだろうけど……。
「ケルベロス……ケロちゃん……」
ケロちゃんはどうして私の一万円札を——って、やめやめ! 今一人で考えてたって結論が出るわけないもの。そんなことは考えないで、何か楽しいことを考えないと。でも楽しいことって、いざ自分で考えるとなるとなかなか思い浮かばないのよね。
そうだ、ぴあのさんに連絡しましょう。ぴあのさんなら面白い話の引き出しが多そうだわ。昼休みに誕生日の話題になった時に、話の流れでそのままメアドを交換していたのよね。
『ごきげんよう。今何をしているのかしら?』
早速LINEでメッセージを送る。思ったより早く返事が来た。
『部屋で本読んでたところだよー。何か用事?』
本、って、昨日図書室で借りてた宝石図鑑かしら。
『用事ってわけじゃないんだけど、何か最近いいこととかなかったかと思って』
『ええっ⁉ なんでわかったの?』
私は何気ない雑談のつもりだったのだけど、なぜだかすごく驚いた様子の返事が来た。
『実はさっきトシ君から連絡があってね! 厄介ごとが片付いたから明日からまた私と一緒に帰れるって言ってたの!』
厄介ごとってポチのことよね。そっか。私がポチを引き取ったから、ポチの世話をする必要がなくなったのね。
『よかったじゃないの。これで幽霊が出るって噂の道を独りで通らないですむわね』
私は冗談めかしたスタンプと一緒に返事する。
『それもあるんだけど』
え……? 他にも何かあるってこと? どういうことかしら。
疑問符を浮かべたキャラクターのスタンプを送ると、すぐに既読がついたけれど、そのまま数分間反応がない。何か急用でも入ったのかしらと、一旦形態を机に置くと、その直後に着信。
『ゴメン! 今の忘れて!』
『何よ。そう言われると気になるじゃないの』
『じゃあ、誰にも言わないって約束してくれる?』
興味津々でさらに探りを入れると、向こうも教えてくれる気になったみたい。
『本当に誰にも言わないでね! 絶対だよっ』
やたらと強く念を押した後に、送られてきたメッセージは。
『私ね、トシ君のことがスキなんだ』
——え?
悪役令嬢は正ヒロインと三角関係になってナンボだと思ってたけど、書いてて作者が切なくてちょっと泣いた。
頑張れ六花ちゃん。