甘い菓子を望む
俺のイライラは最高潮だった。
「良いから! 作らせろ! 邪魔するな!」
「なりませんいけません、我々はお心を正す使命を持っておりますー!!」
俺が素で怒鳴っても、幼少時から我が家に仕える使用人たちには通用しない。
くっそ! 柔軟性のあるヤツは誰だ!?
「ロティー!」
俺はシェフの名を呼んだ。
「はい、ウラヌス様!」
「俺にマカロンの作り方を教えてくれ、頼む!」
「マ、マカロンですか!? な、なぜ、とお尋ねしても・・・」
思うんだけどな、俺が好まない菓子の名前を聞いて、ハッと事情を察してくれるようなハイスペックな使用人が1人ぐらいこの場にいても良いんじゃないか。
明らかにおかしいだろう? 最近婚約者への行動が明らかに変化したってお前らには丸わかりだろう?
マカロンなんて言い出したら、あ、ひょっとして、とか、気づいてくれてもいいんじゃないのか。
無理か。
うん。揃って真面目か。主人に似るっていうよな。親父たちな。朴念仁らしいしな。
まぁ、説明してない俺が悪いと自覚もしてる。説明責任を果たしていない。
とはいえな。
この状況、俺も今更理由など絶対言いたくねぇ。
「どうっしても! 食したい! 俺が作りたい! 最高のマカロンというものを!」
「私どもが、心を込めて、お作りいたします! ぜひ! お心に沿う最高のものを作らせていただきたい!」
ロティーが俺に応えようとしている。
熱い気持ちは受け取った。
「・・・分かった」
俺は諦めた。ロティーもこういう返しで来るなら、これは無理だな。
いや、良いやつなのは承知している。想定外の期待をした俺が悪かった。
「お分かりいただけましたか!! ささっ、ではウラヌス様、お部屋に戻りましょう」
執事のダニアンがササッと厨房の出口への道を空ける。
いいや。
俺は首を静かに横に振ってみせた。
「見学させてもらおう」
じっとそれぞれの目を見つめてやる。
「それぐらいは、叶えられるものだろう」
「・・・勿論でございます」
勝った。
うん。
勝った・・・か?
隙を見て、最後の部分ぐらいは手を出させてもらいたいんだが。
***
翌日。
「リュシアンナ・・・」
「はい。ウラヌス様」
リュシアンナの笑顔が今日も眩しい。
「その、この後の時間、空いていたら俺にもらえないだろうか。良かったら、中庭で・・・その、できれば贈りたいものが、あるのだが」
「え、あ、はい・・・」
俺が少しモゴモゴ言っているからか、つられてリュシアンナもモジモジしている。
一緒に並んで歩き出してくれるので、俺は道すがら弁明を始めた。我ながら情けない。
「その。先日、きみに聞きだした、件なんだが」
「・・・どの件でしたでしょうか」
これは素で尋ねてきている。
とはいえまだ廊下で、あまり具体的にも言いたくない。周囲に聞かれてしまうのが嫌だ。
最近自分で妙だと思うのだが、リュシアンナとの会話を秘密にしておきたいと感じてしまう。
「その、チョコレートの」
「・・・」
リュシアンナは少しだけ思案したようだが、思い出したようで俺にゆっくりと頷いた。
それから、この先の展開を予想したらしく、期待したように嬉しそうに微笑んだ。
すまない。そんなに喜んでもらえる状態ではないんだ。
我ながら、辛い。
***
中庭で、先月のチョコレート日のように、テーブルと椅子を用意させ、皿に俺からの贈り物をのせて出させた。
「その・・・マカロンだ」
「まぁ。こんなにたくさん!」
リュシアンナは積み上げられたマカロンに目を輝かせている。
「ありがとうございます、ウラヌス様」
「いや。大したことはない」
リュシアンナが、俺の様子に苦笑した。
「どうして、そんなに気落ちしておられるのです? こんなにマカロンを贈ってくださっているのに。私の希望を叶えてくださったのに?」
冗談めかして、俺の気持ちを上げようと声をかけてくれる。
「・・・すまない。俺が、作りたかったのに」
早々に詫びを口にした。本当に申し訳なかった。
「その、厨房に俺が手を出すことができなくて」
「・・・」
リュシアンナが黙っているのが分かる。情けなくて顔が上げられない。
「せめて・・・小さな頃のきみがしてくれたように、クリームを載せる程度のことは、したいと思っていたんだが、」
話しているうちに、結局言い訳だな、と落ち込んできた。
無言になってしまったので、サワサワと木が揺れる音が聞こえる。
「作って下さるつもりだったの? ご自分で? マカロンを」
「そうだ」
声掛けに顔を上げると、リュシアンナはマジマジと俺の表情を確認しようとしていた。
ん?
なんだ?
リュシアンナは少し迷ったようになってから、俺に確認してきた。
「・・・。作ろうと思ったけれど、無理だったと言ったわ」
「・・・そうだ」
リュシアンナはまた言葉をとめて俺をマジマジと見つめ、それからクスリと笑った。
ん?
「作ろうと思ったのに作れなかったから、そんなに落ち込まれているのね」
「・・・そうだ」
なにかおかしい。
俺は気づいた。確認せねば。
「待て。作る必要はなかったのか?」
「私、手作りしてとは言わなかったと思うのだけど」
「きみのチョコレートは年々きみの手間がつぎ込まれるぞ」
「私の・・・女性からのは手作りで良いの」
リシュアンナは、子どものようにニコニコしている。
「男性は」
「男性は、贈ってくれれば、それで十分だったの。だからこれで良いのよ、ウラヌス」
「いや、待って欲しい。本当は、自ら作るのが理想なのでは」
きみが俺をフォローしてくれているだけなのでは?
俺は少し必死になったが、リュシアンナは不思議そうに首を傾げた。
「いいえ? 確かに、作ってくれたらとても嬉しかったと思うけど、それは理想を超えているわ。ただ貰うので大丈夫なの」
「・・・作って欲しいのか、どちらだ。希望を叶えたい」
俺の大真面目な問いに、リュシアンナは嬉しそうに笑った。
「正直に言いましょうか」
「ぜひとも」
「それは、やはり作ってくれたら嬉しいはずよ」
やはりか。
「でも、作ろうとして無理だったのでしょう」
「・・・あぁ」
「急に普段と違う事をやろうとするから」
「・・・きみだって毎年厨房でチョコレートを作るくせに」
リシュアンナはどこか苦笑したように、俺をフォローしてくれる。それが分かるから、俺の返事は拗ねた子どものようになった。
「私は、小さな頃からのことですもの。いただいて良いかしら、マカロン」
「あぁ。最高のマカロンというので作ったものだ。我が家のシェフが」
「ふふ」
嬉しそうに食べるのを見る。
ふわりと表情が緩むのをみて、まぁ良かったか、と少し安心を覚える。
俺が作ったものでなくても、理想に添えて良かった。
「美味しい。ウラヌスもいかが?」
「マカロンは苦手なんだ。甘すぎる」
「まぁ」
上品にかつ確実にマカロンを食べているリュシュアンナは、俺を見つめてふと気づいたように、尋ねてきた。
「ひょっとして、毎年のチョコレート、苦痛でした?」
「え」
ギョッとする。
「いや。一粒だけだし、俺は毎年期待している。本当だ」
今年からの真実ではあるが、とにかく俺にとって大事なイベントだ。
具体的には、チョコレートが楽しみなわけでは無いが。
リュシアンナは安心したように笑んだ。
「分かりましたわ」
「あぁ。・・・その、これからもお願いしたい」
念のため、きちんと訴えておかなくては。
「はい。あ、でしたらウラヌス様、お願いがありますの」
「なんだ?」
「私がそちらのお屋敷でも、毎年、厨房をお借りできればと、思うのです。・・・宜しいですか?」
リュシアンナが、はにかんだ。
俺は少し驚いて、やはり幸せな気分を味わった。
頷いて、返事をする。
「あぁ。ぜひとも」
***
同じ屋敷で暮らしてからも、リュシアンナは俺にチョコレートを作り続けてくれるつもりらしい。
とても、嬉しい。
彼女の幼い時からの趣味だ、きっと屋敷の者たちも絆される。どうあっても説得しよう。
我が家に、変化が来る。きみがもたらす。
もうすぐ。
共にいる未来を、心の底から待ち望んでいる。
END