試合
一同は3番の演習室が空いていたのでそこに入っていく。
使用許可を得ていないため見つかったら生徒指導室行きか生徒会室行きだ。
誰もそのようなことを気には留めてなかったが。
一月は見つかったら全て西城明に責任を押し付けるつもりでいた。
「一月、試合をすんなり受け入れるのですね。先ほど言った言葉と貴方の対応が矛盾している気がするのですが」
静流はついついと袖を引っ張り耳打ちする。
静流の容姿や雰囲気が気に入ったか自分に寄り付かない女が気に食わないのか、西城明はその様子を鋭い目つきで睨み付けていた。
「面倒ごとを俺に回さないで欲しいと言っただけだぞ、今回は俺が当事者だし降りかかった火の粉は払わないといけない。できれば御免被りたいとこだがな。それにこいつの場合ただの私怨だ、話しても進展しないしだろう。さっさと終わらせたほうが早そうだと思っただけだ」
一月は周りに聞こえないように小声で喋る。
「では、勝敗は異能域を数値化したもので決める、時間は三十秒。それでいいかな?」
西城明は余裕の笑みを顔に張り付けながら言う。
異能域を知覚できる方法は3つある。
自分の異能域を相手の異能域に当てること。この時第三者からの視点では空間が歪んで見える。
もう一つは肌でその異能域に当たること。
最後に感覚だ。これは非常に曖昧で個人差が大きい。鋭敏に感知できる者もいればまったく反応できない者もいる、完全に先天性のものだ。
しかし、どちらが大きいか、どちらが圧しているかなどは見た目ではわかりにくい、なので専用の機械でこれを観測、数値化するのだ。
「ああ、かまわないぞ」
両者は50メートルほど離れて向き合う。依然として西城明の顔はニタニタと気味の悪い笑顔をしていた。
「それでは試合開始の合図は私、天井綾が勤めさせていただきます。明様とそこの男準備はよろしいですか?」
「いつでもいいよ綾君」
「いつでもかまわない」
二人同時に了承の言葉を口にする。
これを離れて見ているのは静流、建彦と西城明の連れの女二人。
「なあ静流ちゃん、一月って強いのか? 西城は相当自信ありそうだが。なんにしても楽しみだな」
建彦は心底楽しみといった表情で今にも踊りだしそうな気配だった。。
「私の見る目と情報が正しければ強いという次元ではないと思うのですが……一月が手を抜かない限りこれではっきりするかと」
「ちょっとちょっと! あの男が手を抜く? 冗談はよして欲しいわね。明様は区軍を統制している名家の一員。手を抜くのは明様のほうよ」
突如明の連れてきた女二人が突っかかってくる。
西城明の実力に相当な自信があるようだ。
「奈穂さん、あんな世間知らず達に何言っても無駄だと思うわ」
「…………」
静流と建彦は色々と思うところがあったが試合を見ればわかる話である、沈黙を貫きとおした。
どこからその自信が沸くのか。確かに名家の息子というのはあらゆる面で有利だろう。
異能的遺伝、資金、経験、情報など。しかし、だからといって誰よりも強いわけでは、ない。
「それでは、始め!」
審判を任された女が腕を振り下ろした。
1秒も経たずにギギギという音が響き、空間が少し黒ずみ歪んでいく。異能域がせめぎ合ってる証だ。
一月は相手の異能域を感じながら絶妙に調整する。
(さすがに圧倒したら色々と勘繰られる。設定は普通の優等生、か)
ずいっと一月の異能域が西城明の異能域を侵食していく。
数値にしなくてもこの時点でわかってしまった、一月の圧勝だということが。
「どうした、こんなものか? この程度でなぜあんな自信が沸いて来るのか不思議だな」
異能域の形成は脳と深く関わっている。多少の煽りで集中が乱れれば有利になるのだ。
そのため沸点の低い者には煽りも有効だ。
「うるさいっ! 黙れ! ぐっくっ……なんだ、こ、の圧は」
西城明は血管を浮かび上がらせ踏ん張って力を入れている体だ。
一般的に見れば西城明の異能は強いほうではあった。一般的に見れば、だが。
計測器には7:3と表示されており一月が有利なのがよくわかる。
時間は15秒、なんとか耐えている西城明の図で時は過ぎていく。
「嘘、明様……」
連れの女3人は絶句している。
「やるじゃん一月、静流ちゃんの目は確かだったようだな」
「いえ、恐らくこんなものでは……」
小声で呟く。静流は心中では震え上がっていた。この異能域と圧、恐らくかなり手加減しているだろう。
そして隠している固有能力。もし自分が一月の敵だと判断されたら……。静流は生まれて初めて恐怖という感情を芽生えさせつつあった。
「ぐっ……くそぉ!」
20秒を過ぎたとこで変化が生じる。ばりばりっと西城明から火花のような青白い光が飛び散っている。
「おい、能力使用はルール違反だぞ。それに不安定な状況で使用すると暴走す」
一月は言葉を途中で切る。瞬間、一月に向かって真っ白なレーザーのようなものが伸びてきたからである。
少し遅れて雷のような轟音。空間が震え、強化ガラスには白いひびが入る。しかし一月に伸びた白い雷撃は消えていた。
「ルール違反だ。というより入学日早々異能暴走とは退学もあり得るんじゃないか?」
一月は暴走して無造作に雷撃を撃とうとしている明に詰め寄りそのまま蹴り上げた。
ドッ! と鈍い音を立てながら西城明の身体は六メートルほど浮かび上がり落下した。
「キャーーーーー!」
その光景を目にした明の連れ女三人は悲鳴を上げる。
だがこうでもしないとかなり危険な状態だ。
異能暴走とは自身の実力に見合わない異能を行使しようと起こってしまう。
回路が暴走し、勝手に異能力が発現、本人の意思なく辺りに撒き散らしてしまうのだ。
「ガラスなどの被害の後始末は西城にやらせろ、後は職員や生徒会に何か聞かれたら真実を話せよ」
一月は西城明の意識がないことを確認して、簡潔に後処理の指示を出すとさっさと演習室を出て行く。
「なあ一月、雷撃をどうやって消したんだ?」
「ああ、あれか。正直避けれるか焦ったが所詮暴走した能力だ、効果範囲が俺にまで届いてなかったんだろう、勝手に消えたよ」
建彦の質問に一月は間髪いれず嘘で答えた。本当は瞬時に圧倒的な圧を加えて能力を食い殺したのを悟られないようにするためだ。
「一月、さすがでした」
一月たちは会話をしながら演習場を後にした。
生徒会室には数々のモニターが設置されており演習場も映っていた。
「音梨会長、彼等の処罰はどうしましょう」
顔はとても綺麗な中性的な男性が言う。
「まあまあ、いいじゃない御槻君。
そりゃあ西城君には修復費用は払ってもらうけど、霧宮一月君だっけ? 彼等には面白いものも見せてもらったし、ね?」
生徒会長の音梨美咲は副会長の井沢御槻に顔を寄せてバチっとウィンクをする。
「か、会長がそう仰るなら」
井沢御槻は白い顔を紅潮させて顔を伏せてしまう。
「霧宮一月君か。覚えておこ~っと」
音梨美咲はニコニコと無邪気そうな笑顔でモニターを眺めながらそう呟いた。
 




