傲慢な男
「おーっし始めるぞーさっさと席着けー」
黒のスーツにタイトスカート、目つきのきりっとした女性だった。
女性は教室を見回す。
「すっげーグラマー。お仕置きされてー」
とは建彦の言。下心満載のコメントである。
「えーっとまずは自己紹介だな。私の名前は佐々木結奈。28歳、独身だ。いや、数々の男から求婚されるんだがな、いかんせんいい男がおらん。お前達の中にいい男がいれば申し出てくるように」
いたって真面目な顔で教室を見渡す担任。しかし生徒はどう反応すればいいのかわからず場は静まりかえっていた。
「はぁ……つまらんぞお前ら、そんな肩に力入れてどうする。お前達は確かに命を賭ける職種に歩んでいる。歩んでいるが学校生活ってもんは楽しまんといかんぞ。多少はハメを外せ、若いんだから。それに締めるときは気を引き締めればいいんだよ」
生徒はざわざわとした後、心なしか緊張の糸が解けたように私語が増える。
「そーそー多少私語があるほうがこちらとしても楽だな。しかし話を聞いてないというのは自己責任だぞ」
随分とフランクな担任だなと思ったが第一印象から言うとかなり好印象だった。
「さて、これからのスケジュールだが。1時からAクラスから順番にクラス単位で異能測定を行う。試験時から現在までで能力に変化がないかを調べるためだ。さらにこれから決めなければいけない寮の相室人、地獣討伐班を決める判断材料にしてくれ。ではその時間まで校内を散策したり談笑、昼飯に当ててくれ。以上だ、解散」
というと佐々木はカツカツとヒールを鳴らして教室を出て行った。
「はー簡潔で楽な先生だったな。てっきり長話でもあると思ったぜ」
背もたれにもたれかかりつつ建彦が言う。
「入学式初日だしな、まずは生徒を慣れさせることが大事だと判断してるんだろう」
「一月、私達はどうしますか?」
静流は特に感想という感想もないようで一月に意見を求める。
「1時まで2時間あるのか、適当に校内散策して12時から昼飯でいいんじゃないか?」
「おっ俺も混ぜてくれ! お前達楽しそうだからさぁ」
クラスに連れがいないのか建彦も同行したいようだ。
「まあ断る理由もないな」
教室では至る所で思い思いのグループを形成している。
現代での裕福層は異能力者が半分を占めていると言われている。強い能力者とはそれだけ重宝されるのだ。
そのため学生時代に強い能力者は男女容姿問わず人気になりやすい、人脈を形成するためにも媚びへつらう者もいる。
しかし、その人気に比例して降りかかる陰湿な事件も増えていく。
快く思わない者からの妨害だ。表面上は皆笑顔だが裏では将来を見据えての激しい競争が行われているのだ。
「さすが一月だ! 静流ちゃんも仲良くしような」
そんなことを少しも考えていないかのような建彦は満面の笑顔で静の肩に手を置く。
「仲良くするのはいいですが私は一月の所有物ですので、それをお忘れなく」
それを軽く流しつつ爆弾発言をして手を振り払う静流。
「ありゃ、手厳しいねぇ。静流ちゃんは一月のことが好きっていうことでいいのか?」
苦笑いしながら建彦が問う。
「ええ、そのような認識でかまいませんよ」
肯定の返事、しかし静流は差恥心を匂わせることもなく涼しい顔だ。
「ったく、熱いねぇくのくの」
建彦は肘で一月を突く。
「恋愛感情ではないと思うんだが、静流の言ってることは」
「恋愛……恋愛とはなんでしょう?」
一月は両手を上げて肩をすくめる。
「ほらな。さて、散策でもするとしようか」
言いながら腰を上げようとした時である。
「あの、少しよろしいですかね?」
先ほどの西城明が話しかけてきた。視線が静流に向かっていたので一月は傍観を貫ぬく。
「何でしょう?」
抑揚のない声に無表情。自分から声を掛けられたら普通の女は蕩けるとでも思っているのだろうか、明は驚いた表情になっていた。
「僕は西城明、ご存知でしょうが4区を担当している家の者です、以後お見知りおきを。お名前をお聞かせ願いませんか?」
連れの男は眼中にないのだろう、一月と建彦には意識を少しでも割いている様子はなかった。
「そうですか、私は瀬々月静流です」
静流は変わらず淡々としていた。
「お美しいお名前ですね、よければ貴女と交友関係を築きたいと思ってるのですが」
無言で一月の顔を伺う静流。
(俺にめんどうごとを振るなよ……)
心中で呟きながら顔を背ける。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった、特に根に持ちやすいだろう相手には。
「そちらの男性がどうかされましたか?」
明は静流の視線を追いちらりと一月を見る。
「はい、私は一月と行動するので自己紹介のみになりますが」
一月は明の目と雰囲気が鋭くなるのを感じた。
「私よりこのような男性を選ぶと?」
明らかな侮蔑を含んだ言葉、建彦が立ち上がり、静流が何かを言おうとするが一月が止める。
「静流とはただの知り合いだ、校内散策をするのでこの辺で失礼させてもらう。行こうか、二人とも」
一月はそういうと二人の背中を押して無理やり教室を後にした。
残された明は普段の調子の笑顔に戻り女子の相手をしに戻ったが、内心では拳を握り煮えくり返るほど敵愾心を燃やしていた。




