旧地球の終幕
人類は選択を迫られた。
地上に残るか。それとも地下へ移り、生き延びるか。
多くの者は未来を選び、少数の者は過去と共に残る道を選んだ。
そして今――。
人類が築き上げた文明に、終わりの時が訪れようとしている。
ヴァーナ、シス、リカの3人は、世界中に散りばめられた転送装置の起動状況を確認していた。空間に浮かぶ巨大なモニターが、地上に点在する装置たちが次々と赤く輝く様子を映し出す。赤い光が輝くたびに、アースポッドに向けて続々と人々が転送されていく。まるで砂時計のように人々が南極に集まって行く。アースポッドに入った人数を表わす数字は4桁までの数字が目まぐるしいほどの速度で上がっていった。
「運命の日まで数日だが、まだかなりの人が移動しているな…」
シスが呟いた。
半日が過ぎ、3人はそろそろ地球に戻る準備をしようとしていた。しかし、彼らの願いはすぐに叶わなかった。ジヤが告げた言葉が、彼らの動きを止めた。
「ヴァーナ、シス、リカよ。ここに来てもらったのは、この人類の移動を確認してもらうためではない。総括レノが目覚めた時に地球人代表として話をしてもらいたい。それが地球人にとって最良になることを望んでいる。それまでは滞在して欲しい。」
シスとリカがヴァーナの顔を覗き込み、どうするのか決断しろという仕草をした。
「わかりました。そのジヤの考えを教えてください。」
ジヤは頷きながら答えた。
「ありがとう。ヴァーナ、それはまた後で話をしよう。その前に。」
スウィフに顔を向けてこう言った。
「スウィフ、滞在してもらう礼に、ビスティ内を案内してやってくれ。」
思いがけないジヤからの提案を受け、3人はもうしばらく滞在することとなり、ロリンズ族の生活を少しだけ体験できる機会を得ることになった。それからまた時間が経ち、持参していた飲み物でしばらくは凌げたものの、腹が鳴り始めた。シスは顔をしかめ、スウィフに尋ねた。
「スウィフ、そろそろ食事にしたいんだが…君たちの食事は、俺たちでも食べられるのか?」
スウィフは微笑み、やや神秘的な響きを伴って答えた。
「試してみるといいわ。」
3人はスウィフに導かれ、別の部屋へ移動した。そこにあるエアーチェアに腰を落ち着けると、スウィフは「少し待って」とだけ告げて姿を消した。1分ほどで戻ってきた彼女の手のひらの上には20センチほどの白い棒が4本浮かんでいた。
「なんだろう、あの白い棒は…?」
シスが目を細めて推測した。
「ははーん。わかったぞ。あれを体の前に置くと、横に広がって、そこから食事が浮かび上がってくるってわけか。ロリンズ族、やっぱり異次元の技術だな。」
スウィフは棒を3人の前で浮遊させ、優しい声で説明を始めた。
「これを使って、私たちは身体を維持しています。地球人に試したことはないけれど、安心して。どんな種族でも瞬時に身体の構成を読み取って最適な処理を行うから。」
「待って、待って、食事だよね?これから食べるんだよね?」
シスが怪訝な顔を浮かべた。
「そう。私たちの食事を、体験してもらいます。」
「体験…ってどういうこと?」
シスが眉をひそめるが、リカが手を挙げて制した。
「もういいから、スウィフの指示に従おう。まず最後まで話を聞こう。」
シスは不満げに肩を落としつつも、黙って頷いた。スウィフは説明を続ける。
「使い方は簡単です。この棒の上に掌をあてるだけ。話は後で、まずは実際に体感した方が良いでしょう。やってみて。」
「おい、ヴァーナ、スウィフが『やれっ』てさ。」
シスが冗談めかしてヴァーナに促した。
「うーん、よし、試してみるか。」
ヴァーナは、浮遊する白い棒におそるおそる手の平を近づけると、手の平と棒の間に静電気とは違う、小さな稲妻のような物が走ったがそのまま手をあてた。その瞬間、何かが体内を駆け巡る感覚が襲い、熱がじわりと体中を満たしていく。鼻をくすぐったのは香ばしいグリルの香り。肉の旨味が、まるで波のように口中に押し寄せ、塩と胡椒だけのシンプルな味付けが、肉本来の力強い風味を際立たせている。ほんのりバターの香りが漂い、絹のように滑らかな食感が舌の上を優雅に滑る。
彼は次第に喉の渇きを感じたが、すぐに口内に広がる果実の芳醇さがその欲求を満たしてくれた。シナモンやクローブのような温もりが、まるで舞踏会の音楽のように舌の上で踊っていた。最後にはしっかりとしたタンニンの存在感があった。驚くほどの満足感と満腹感で腹は満たされた、彼はゆっくりと手を離した。瞬時に目の前に浮かんだ「異常なし」の文字が、静かに消えていく。
「これは…どう表現したらいいのか分からない。完璧だ。こんな経験は、何というか最高だ。」
その様子を目の当たりにしたシスは、たまらず自分も手をかざした。すると、バターの芳醇な香りと鶏肉の旨味がじんわりと広がり、次第に口の中で溶けていく感覚が続いた。甘みのある野菜がその後に続き、まるで一つの交響楽団のようにシチューの味わいが調和する。柔らかなハーブの香りが漂い、満腹感とともに手を放す。目の前には「高血圧、胃潰瘍、修復完了」の文字が浮かび上がり、すぐに消えた。
「本当だ。言葉にならない、素晴らしい。」
リカも黙っていられず、手をかざした。まず感じたのはトマトの甘酸っぱさ。その後すぐにガーリックの香ばしさとオリーブオイルの滑らかさが舌に広がり、もちもちとしたパスタの食感とバジルの爽やかな香りが続く。パルメザンチーズの濃厚なコクが重なり、全身に満足感が広がった。彼女の目の前にも「肝機能異常、修復完了」と表示され、すぐに消えた。
「…これ、まさに今食べたかったものだわ。味も最高ね。」
スウィフが優雅に微笑みながら3人に問いかけた。
「どうだったかしら、私たちの食事は?」
最初に口を開いたのはシスだった。
「素晴らしい、としか言いようがない。初めて味わう感覚、そして満腹感も完璧だ。これ以上の食事はない。ほんとに旨かったよ。」
スウィフは満足げに頷きながら続けた。
「自分が食べたいと思うものが現れる。だから、みんなそれぞれ違う味を楽しむことができる。毎回新しい味が生まれるのも楽しみの一つでもある。もちろん、私たちも地球人のように口から食事を摂ることもできるけど、ここビスティではこれを使う。地球の食事は三食必要だけど、この方法なら一食で身体に必要な十分な栄養がとれるわ。」
ヴァーナが問いかける。
「スウィフは地球での食事は嫌いなの?」
「いいえ、地球の食事も好きよ。惑星バッハに居た時は、美味しい料理を提供してくれる種族もいたわ。今の地球と同じようにね。」
シスは、ふと先ほど手を離した時に浮かんだ文字について疑問を抱き、尋ねた。
「スウィフ、一つ質問。手を離した瞬間に何か文字が見えたんだけど、それって何なの?」
スウィフは静かに頷いた。
「あれは身体の異常を通知してくれる。私も地球から帰ってきたときには、いつもこれで細菌に侵されていないか確認していた。表示される文字は自分にしか見えなくて、怪我や病気、身体に異常があれば治療してくれる。地球には細菌の種類が多いけど、地球人は全ての細菌に免疫性が見込まれるから、治せないものはないから心配しなくて大丈夫よ。」
シスが驚く。
「じゃあ、俺は、高血圧、胃潰瘍を完全に治してくれたってことか。」
「それが見えたって事は、そういうことね。」
「すげーな。」
「ビトルズ族やロリンズ族にとっては、まだ地球の細菌に免疫がないものがあるので、完全に回復する事ができないケースもある。それはまだ調査中の状態、何種類の抗体が必要なのかも手探り状態。種類が多すぎるのよ。調査にこんなに時間を要するのは初めてのケースで我々も驚いてる。」
シスがそれに答える。
「つまり地球の細菌は宇宙でも厄介者ってことか?」
「その通りよ。種類が多いだけじゃない。新しい抗体を作っても、それに適応した新しい細菌が生まれるの。特にビトルズ族の身体にあった抗体の作成に苦労している状態なのよ。」
リカがその言葉に割り込んだ。
「私には『肝機能異常、修復完了』って出たんだけど、私、肝臓に何かの異常があったってこと?」
スウィフは頷きながら答えた。
「そうでしょうね。何かの病気にかかっていたんでしょう。でももう、完治してるから安心して。自分が認知している病名があれば、それが表示される。もし知らない病名の場合は、『修復完了』だけが表示されるわ。」
リカは喋ろうとしたが、声にならなかった。スウィフがヴァーナに問う。
「ヴァーナ、あなたは何か出た?」
ヴァーナは無表情のまま答えた。
「いや、俺は『異常なし』だった。」
シスが笑ってヴァーナの肩を叩いた。
「さすが、お前はいつも健康そのものだな!」
スウィフは、白い棒の仕組みについて簡単に説明を始めた。
「これは、地球人的な名前で言うと『細胞活性機』と呼ばれている。肌にあてると、プランク長の繊維が体中に広がり、損傷した素粒子を修復するのと同時に細胞にエネルギーを補充する。その時、脳が求めている食べ物を味覚と嗅覚に伝達し、完璧な食事を再現する。エネルギーを必要としない時は、修復するだけ。私達が睡眠を必要としないのも、この細胞活性機で身体が疲れる事がないからよ。」
ヴァーナが静かに質問を投げかけた。
「どうやったら、そんな事が可能なのか…この技術を地球人に知らせることはできないかな?」
スウィフは少し遠くを見るような目で答えた。
「もし許されていたら、もう教えているわ。でも、その代わりに地球人には食糧問題を解決するためのシステムを提供した。地球人の進化速度は宇宙一といってもいいほど早いから、もしかしたら100年後には同じような技術が生まれるかもしれないわね。大事なのは、地球人自身で進化すること。私たちは、間違った物理学の基盤を正す手助けをするつもり。特に電磁気学や量子力学が正しい方向に進めば、それだけで100年は短縮されるはず。重力を扱うための手助けも考えている。」
ヴァーナたちは、ロリンズ族の技術提供が制限されている理由を理解し、静かに頷いた。
「確かに、間違った基盤を正さなければ、それ以上の進化は難しいよな。」
ヴァーナは深く考え込みながら言った。
「人類はすでに大きな助けてもらっている。それ以上何を望むというのか……ありがとう、スウィフ、わがままを言い過ぎたよ。」
スウィフは優雅に微笑み、彼らの感謝の言葉を受け止めた。
ビスティに滞在している間、スウィフの案内に従い、3人はビスティ内部の一部を見る事ができた。彼ら3人がまず望んでいたのは、ビスティのエンジンルーム。これほど巨大な船体を、どんなエンジンが動かしているのかは誰もが抱く謎だった。しかし、転送した部屋で彼らが見たものは、超巨大な水槽であった。しかし近づいてよく見ると、その中には青い液体に白く輝く微粒子が漂っていた。これは水槽ではなく、ダークマターを吸収し、ダークエネルギーに変換してビスティを動かすためのエンジンだった。
その水槽に見えるものは、直径400キロメートル、厚さ300メートルの円形構造で、活動している時は白い微粒子が円の中を光速で回転し、吸収した船周辺のダークマターが円の中心で圧縮されてダークエネルギーとなり、ビスティの周囲全体を囲う3センチほどの無数の管を通り、ビスティの進行方向と反対側へ流れて推進力として利用される仕組みだ。スウィフの説明は詳細だったが、人類がいまだ解明できていないダークマターの謎を前に、彼らにはまるで夢物語を聞いているようにしか捉えられないものだった。ただ、彼らの技術力が高すぎる事を改めて思い知らされただけであった。
次に案内されたのは、ビスティの心臓とも言える重力変換装置の部屋。オーストラリアをまるごと包み込めるほどの巨大な空間にそびえるその装置は、ビスティが加速したり停止したりするたびに信じられない速さで動作するという。スウィフは、これがビスティを地球に固定する為、常に同じ面が地球に向くように少し地球よりに保っていると説明した。重力の操作範囲はゼロから地球の重力の100倍にまで及ぶ。しかし、スウィフが「各部屋はこの重力装置の重力には影響しない」と言ったとき、3人の理解は完全に追いついていなかった。
そして、彼らが次に目にしたのは、宇宙船の格納庫だ。そこに並ぶ艦船たちは、想像をはるかに超えていた。ニューヨークの空を覆い隠し、夜が訪れたかのように太陽を遮るほどの巨大さを誇る船が「中型船」だという。そして、その5倍の大きさを誇る大型船が整然と並び、まるで永遠に続くかのように無数に停泊していた。これほどの巨体をどうやって建造し、制御しているのか、人類の技術では想像すらできない。3人はただ呆然と立ち尽くし、話を聞くほかなかった。
続いて様々な部屋に案内された。地球には存在しない原子を使った素材、見えるが触れない物体、惑星バッハの記録、他惑星の生物や食べ物、それらはすべて、3人の理解を越えたものだった。目の前に広がる未知の世界に圧倒され、彼らはただ言葉を失った。まるで違う次元に生きる者たちの前に、無力さを痛感させられた。
さらにスウィフから改めて聞かされたのは、ロリンズ族がまだ「中級に近い初級レベル」にすぎないという事実。宇宙には、さらに上級レベルの存在が無数にいる。彼らは茫然とした。「地球文明は進歩している」と信じていた自分たちが、いかに未熟であったかを思い知らされるのだった。
最後にスウィフの声が、彼らの驚愕を静かに打ち消す。
「私達が知っているのも宇宙のほんの一部。宇宙は今なお無限に広がっていて、もっと強大で優れた種族がいるはず。上には上がいるはずよ。想像できないほど巨大な存在がどこかに居るはず。」
宇宙の広さというより、3次元の広さを思い知らされたのと同時に自分達の世界の小ささを絶望するほどに思い知らされた3人であった。
ビトルズ族とロリンズ族の統括者、総括レノが眠りから目覚める時が訪れた。ニューヨークの空にその巨大船が現れてから3年、地上に残る者たちはこの運命の日を覚悟していた。日々のコミュニティでは互いに、その決断が正しかったことを尊重し合いながらも、訪れるであろう運命の日を迎えた。
その頃、アースポッドでは、運命の日が来ても変わらぬ日常が流れていた。彼らはビトルズ族の指示通り、深く潜った地下で生活している。表向きは何の問題もない、だがアースポッドの管理者たちは一抹の不安を抱いていた。ビスティに向かった3人が無事に戻ってくるまでは、何も起きないはずと信じつつも、突然の攻撃が始まるのではという恐れが、影でささやかれていた。
ビスティでは、レチリたちが慌ただしく働いていた。総括レノを含む統括者たち8人のビトルズ族が目覚め、同時にロリンズ族の統括者たちも部屋に招集されていた。彼らは全身白の装いに、シルバーのコートを羽織り、顔には白い仮面をつけ正装していた。部屋の中央には大きな3Dウィンドウが広がり、総括レノ、統括者の7人が現れ、量子を通して対話が始まる。
「3年が経った。地上の様子を見せてもらったが、ほとんどの地球人は地下に移住したようだな。ロリンズ族が手助けしたのか?」
レノの言葉に応えたのは、ロリンズ族の統括ジヤだった。
「そうだ。我々が手を貸した。手助けするなとは言われていないが、何か問題があるか?」
レノの声は冷静だった。
「なるほど。では、今地上に残った者たちも含め、すべて一掃して問題ないのだな?」
ジヤは少し躊躇しながらも確認する。
「地上を我々の環境に変えた後、地球人を地上に戻すつもりはないのか?」
「ない。彼らは今後も永遠に地下で生き続けることになる。地球人が危険であるという認識に変わりはない。」
その答えを聞き、ジヤはうなずいた。
「わかった。ここに地球人の代表としてヴァーナ達3人を招いている。彼らから話があるから聞いてもらいたい。」
「もちろんだ、何でも言ってくれ。」
ヴァーナは冷静な表情を保ちながら前に進み出て話し始めた。
「総括レノ、あなたの決定に我々は従い、ロリンズ族の支援を得て地下での生活を始めました。しかし、地上に残された我々の過去、歴史である世界遺産を地下に移動する事はできない。世界遺産は破壊せずに保全してほしいのです。それらは地球人にとって非常に特別なもので人類の歴史です。人類の過去を、足跡を残したいのです。そして、地上に住むことが許されなくても、その世界遺産を訪れることは許してほしい。」
レノは少し間を置いて応じた。
「いいだろう。ただし、地上を訪れる者には量子を埋め込むことを条件とする。そして、その世界遺産の周囲3キロを球体ドームで完全に取り囲み保全する。強化オリハルコンで作られるそのドームは、分解パネルの影響にも耐える。さらに、内部は真空状態とすることで腐敗を遅らせることができる。それで満足か?ヴァーナよ。」
ヴァーナは笑みを浮かべ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、レノ。世界遺産は人類にとって、最高の宝です。」
その後もいくつかの提案が続き、レノはすべてを快く了承した。ヴァーナたちは予想外の結果に肩透かしを食らい、レノに対する見方を変えざるを得なかった。彼は単なる悪役ではなく、人間の危険性や嘘が引き起こす脅威に対して慎重であり、彼なりの方法でこの星を守ろうとしているのだ。ヴァーナたちは、どうしようもない、わだかまりを感じていた。
レノは次にジヤに尋ねた。
「地球の細菌の状況はどうだ?」
ジヤは肩をすくめて答えた。
「残念ながら、解決は遠い。地球の細菌は次々と進化し、新たな力を手に入れる。環境適応力が極端に強すぎる。この星の細菌は本当に不思議だ。永遠の課題になる事も考えられる。」
ジヤはヴァーナたちの方に顔を向けて君たちも不思議な存在だと言わんばかりの感じだった。
「そうか、簡単に攻略できないことはわかっていたが、ロリンズ族の力をもってしても、まだ解決できないとはな。時間はある。少しずつ進めていってくれ。ビトルズ族も同じく研究を進めてみる。」
「わかった。」
レノがヴァーナの方を向き言った。
「では、世界遺産の惑星座標を提示してくれ。球体ドームで遺産の保全が完了したら、我々は地上の再構築に取りかかる。」
ジヤはビトルズ族との会談を終え、ヴァーナたちに厳かに告げた。
「世界遺産だけではなく、もし他に残しておきたいものがあるなら、スウィフに伝えてくれ。アースポッドの地球人と相談するんだ。だが、答えは24時間以内に欲しい。三日後には地上は分解パネルに覆われ、人工物と判断されたものはすべて分子レベルで分解されるだろう。それは生きた人間も例外ではない、その対象になる。さあ、スウィフ。3人をアースポッドへ導いてくれ。」
スウィフは静かに頷き、言った。
「わかりました。では、私についてきて。」
アースポッドに戻った3人は、急遽、世界に散らばる管理者たちとの遠隔会議を始めた。ビトルズ族との会談内容、そして地上がまもなく分解パネルによって人工物を失うこと、ただし世界遺産や特定の場所は保護されるということを全員に伝えた。そして、人々が守りたいと思うもののリストが集まり、5000を超える項目が緯度、経度、そして写真データとともにスウィフに託された。
三日後、ジヤの言った事は現実となった。宇宙から見た地球は、海を除いた部分が暗黒に包まれ、まるで地上全体が夜に覆われたようだった。地上では、黒い大地が広がり、瞬く間に人工物が吸い込まれるように消失し、分子分解され白い煙と化した。その煙もまたすぐに消え去り、何も残らなかった。何世紀もかけて建造された文明は一瞬で分子に分解され、ただの土と穴だけが残された。
そして、翌日。マンハッタン島上空に、それまでに見たこともない巨大な宇宙船が現れた。光すら反射しないその漆黒の船体は鈍く輝き、完璧な円形を描いていた。上部には一本の巨大なアンテナがそびえ、その姿は一滴の水が上から押しつぶされたような形状であった。船内では、レチリ族のリーダーが地球の現状を報告していた。
「地球人の文明の痕跡はすべて取り除きました。しかし、細菌問題が解決しておらず、全都市をバリアで覆う必要があります。」
レノは深く頷いて言った。
「ロリンズ族が調査中だが、まだ解決の糸口はつかめていない。我々のビトルズ族の調査員を目覚めさせ、地球の細菌除去に取り組ませよう。それまでは、バリアを張って建造を進めよ。そして、地上に高さ50メートルの津波を発生させ、土地を洗い流すのだ。3等級の破裂球をいくつか落とせば十分だろう。
拠点は小さな惑星だから8か所とする。今の緯度を保ち、惑星の北半球にここを含めて4か所、南半球の同じ緯度に4つ、北半球と南半球の拠点の位置が交互に行き来きできるように拠点を配置しろ。」
レチリのリーダーは無言で頷き、指示通りに行動を開始した。
宇宙船はマンハッタン島から大西洋方面に瞬く間に移動した。宇宙船が上空5000m付近に移動して静止すると、海面に巨大な竜巻が現れ、上空1000mほどまで伸びた。竜巻は5つほどに増え、その竜巻の頂上では海水の塊が段々と大きくなっていく。その光景は10分ほど続き、やがて竜巻は海面に静かに消えた。
そして、上空の強大な水の塊が大空を覆うかのように円状に広がっていく。広がるのと同時にビルのような建物が波紋のような陣形で次々と形成されていった。やがて広がりは収まり、太陽光があたり光の反射で透明で巨大な物体が浮遊している事がわかる。
強大な物体の中心に白い点が輝いたかと思うと、透明な物体を大きく囲むドームが広がった。それはドーム型のバリアだった。バリアが形成された後、透明だったビル群は一斉に白い色の建物に変わっていく。それは惑星バッハの都市の誕生だった。宇宙船は地球を周回し、同様の空中都市をさらに7か所に建造した。
都市を建造する過程で、宇宙船からは3センチほどの破裂球を落下させながら移動していた。破裂球は海面についてもその落下速度は変わらずに海底に進む。海面に接触してから5秒後、球は海の障害物をものともせずに横に10キロほど伸び、そして破裂した。その破裂の威力の凄まじさにより、地殻変動を引き起こし、海底地震を引き起こした箇所も何か所があった。破裂によって引き起こされた巨大津波は地上を襲い、高いところでは80メートルの津波になる箇所もあった。自然災害の津波よりも遥かに速度が速いため、海辺から30キロ以上は水の勢力が届き、海辺の都市だった場所は完全に水で洗い流され、人工物の後に残った穴は綺麗に塞がり、一面土だけの状態となった。
地球全体が揺れ、まるで地球が新たな生き物へと生まれ変わろうとしているかのようだった。だが、アースポッドだけは静寂の中にあり、日常が続いていた。管理者たちはスウィフから状況を伝えられ、変わり果てた地上の光景を目の当たりにし、今まで築き上げてきたモノが綺麗サッパリと無くなった現実を見た。まるで、地球そのものが夢だったかのように、すべてが消えていた。それが現実だとは、誰も信じたくなかった……。
人類が築き上げた文明は消え去った。だが地球そのものは終わらなかった。こうして地球は、わずか二日で新たな姿へと生まれ変わったのだった。
「旧地球の終焉」をお読みいただきありがとうございました。
この章では、人類が築き上げた文明の終わりと、それでも未来へ進もうとする人々の姿を描きました。
地球は滅びたわけではありません。
しかし、人類が知る"地球"は確かに終わりを迎えました。
失われた世界の先に待つものは希望なのか、それとも新たな試練なのか。
次章からは、生まれ変わった地球と、人類の新たな時代が始まります。
引き続き『ルナリアン』を楽しんで頂ければ幸いです。一言でも感想も頂ければ励みになります。




