港町と潮の酒
南を離れて、西へ向かう。
道は少しずつ変わっていった。
焦げた地面は減り、
代わりに湿った土が増える。
風も違う。
乾いていない。
少し重い。
「……匂いがするな」
鼻に残る。
スイが、
足元で揺れる。
色は落ち着いた青だ。
しばらく進むと、
音が聞こえた。
一定の、低い音。
波だ。
そのまま進む。
視界が開ける。
海だった。
広い。
ただそれだけで、
少しだけ足が止まる。
「……なるほど」
スイが、
少しだけ色を明るくする。
風が強い。
塩の匂いが混じる。
町は、そのすぐ横にあった。
港町だ。
人が多い。
荷物を運ぶ音。
声。
木がぶつかる音。
酒場を探す。
難しくはない。
こういう町には、必ずある。
扉を開ける。
中は騒がしい。
船乗りらしい連中が、
声を張っている。
席に座る。
「初めてか」
店主が言う。
「分かります?」
「顔で分かる」
それで通じる。
「酒は?」
「おすすめで」
少しして、
グラスが置かれる。
色は薄い。
だが、
香りが少し違う。
一口。
「……少し、塩っぽいな」
思わず言う。
店主が笑う。
「海の風だ」
「風?」
「樽が吸うんだよ。
船に積んでるうちに、潮気がな」
なるほどと思う。
「完全に混じるわけじゃない。
後味に残るくらいだ」
もう一口飲む。
確かに、
わずかに塩が残る。
だが、
嫌な感じではない。
「保存が効く」
店主は続ける。
「長く持つ。
船には都合がいい」
「陸の酒とは違いますね」
「違うな」
店主は頷く。
「ここじゃこれが普通だ」
スイが、
足元からグラスを見ている。
少しだけ近づく。
表面に触れる。
一瞬だけ色が変わる。
すぐ戻る。
「……どうだ」
小さく聞く。
スイは、
特に反応しない。
問題はなさそうだ。
「それ、連れか」
隣の男が言う。
酒を片手に、
こちらを見ている。
「まあ」
「変なもん連れてるな」
そう言って笑う。
悪意はない。
「海は初めてか」
男が聞く。
「そうですね」
「すぐ慣れる」
男は酒をあおる。
「酒もな」
確かにそうかもしれない。
もう一口飲む。
潮の気配が、
わずかに残る。
外から、波の音が入る。
酒場の中の音と混ざる。
少しだけ、落ち着く。
「……悪くないな」
そう言うと、
店主が短く笑った。
「だろ」
それで十分だった。




