勇者を待つ酒場
町の外れに、その酒場はあった。
少し古いが、
手入れはされている。
看板も出ている。
やっているらしい。
扉を開けると、
中は思ったより静かだった。
客は二人。
どちらも、酒は手をつけていない。
「飲むか」
店主が言う。
「飲みます」
出てきたのは、
色の濃い麦酒だった。
泡がしっかりしている。
一口。
悪くない。
「いい酒ですね」
「残してある」
店主はそう言った。
「残してある?」
「また来るって言ったからな」
それで分かった。
「勇者ですか」
店主は頷く。
客の一人が、
少しだけ顔を上げる。
「ここで飲んだ」
「いつですか」
「三日前だ」
少し間がある。
「この辺りは、情報が遅い」
店主が補足する。
「南の方じゃ、もう先に行ってるはずだ」
それで納得する。
「で、また来ると」
「そう言った」
店主は、棚の奥を指す。
「同じ樽は残してある」
まだ手をつけていないらしい。
「来たら開ける」
客の一人が、
少しだけ笑う。
「それまで我慢か」
「まあな」
誰も急いでいない。
ただ、残してあるだけだ。
スイが、
足元で静かに揺れる。
色は穏やかな青だ。
店主が言う。
「忙しかったからな」
「戦ですか」
「たぶんな」
店主はそれ以上言わない。
麦酒をもう一口。
ちゃんとしている。
だが、
どこか手をつけにくい空気がある。
「来ますかね」
客に聞く。
男は少し考える。
「来るかもしれないし、来ないかもしれない」
それで十分だった。
「でもまあ」
男は続ける。
「来るって言ったなら、
少しくらい待つだろ」
その言い方は、
期待というより習慣に近かった。
店主が棚の方を見る。
「長く置きすぎると、味が変わる」
「その前に来るさ」
誰も根拠は持っていない。
それでも、
酒は残してある。
俺は自分の杯を飲み干す。
これは、
今飲んでいい酒だ。
スイが、
棚の方を少しだけ見る。
触れない。
ただ、少し見ている。
色は変わらない。
外は静かだ。
風も弱い。
勇者は来ない。
少なくとも、今は。
だが、
酒は残っている。
それで、この酒場は成り立っていた。




