勇者のいない酒場
南へ進むと、
道は少しずつ整ってきた。
踏み荒らされた跡はある。
だが、
完全に壊れてはいない。
人もいる。
少ないが、
確かにいる。
「……近いな」
独り言だった。
スイが、
少しだけ動きを早める。
色は澄んだ青だ。
町に入ると、
最初に目に入ったのは酒場だった。
扉が開いている。
中から声も聞こえる。
「やってるな」
入る。
客は数人。
兵士と、
地元の人間らしい男たち。
そして店主。
普通の酒場だ。
「飲むか」
店主が言う。
「飲みます」
杯が置かれる。
透明な酒。
冷えている。
この辺では珍しい。
一口。
……ちゃんとしている。
薄くもない。
雑でもない。
「いい酒だな」
思わず言う。
店主は少しだけ笑った。
「さっきまで、
人が多かったからな」
「南からですか」
「違う」
店主は首を振る。
「勇者だ」
酒場が少し静かになる。
「来たんですか」
「来た」
それだけだった。
「何をした」
奥の兵士が聞く。
店主は肩をすくめる。
「飲んで、出ていった」
それだけで、
少し笑いが起きる。
「戦いは?」
「外でやったんだろ」
店主は酒を注ぐ。
「ここでは飲んでただけだ」
想像通りだった。
スイが、
床の一滴に触れる。
色は変わらない。
問題はなさそうだ。
「どんな奴だった」
誰かが聞く。
店主は少し考える。
「普通だ」
それも、想像通りだ。
「静かだった」
続けて言う。
「騒がない。
飲んで、少し話して、
それで終わりだ」
兵士が笑う。
「英雄らしくないな」
「酒場じゃそんなもんだ」
店主はそう言って、
こちらを見る。
「お前と同じだな」
それは少し違う気がしたが、
否定はしなかった。
酒をもう一口。
やはり、
ちゃんとしている。
「さっきまでいた酒の味だ」
そう言うと、
店主は頷いた。
「そうだな」
スイが揺れる。
色は、
少しだけ深い青だ。
外は静かだ。
戦の気配はある。
だが、
この酒場はまだ普通だった。
勇者はもういない。
だが、
酒だけは残っている。
それで十分だった。




