剣の跡と黒い灰
翌朝、町は少しだけ静かだった。
夜の酒場の騒ぎが、
嘘みたいに消えている。
兵士の姿も、
昨日より少ない。
「南に出た」
酒場の店主が言う。
「影の話か」
「影の話だ」
それだけで、
通じるらしい。
麦酒は相変わらず薄い。
一口飲む。
冷たいが、
味は軽い。
スイが、
足元で揺れている。
色は、落ち着いた青だ。
「見に行くのか」
店主が聞く。
「近いなら」
「近い」
それだけだった。
町を出ると、
道はすぐに荒れてきた。
草が焼け、
地面が黒くなっている。
戦いの跡だ。
だが、
死体はない。
剣も、
盾もない。
ただ、
黒い灰が広がっている。
スイが、
その近くまで寄る。
色が、少し薄くなる。
「やめとけ」
声をかけると、
すぐ戻ってきた。
地面に、
妙な跡があった。
深くえぐれた線。
一直線だ。
剣の跡に見える。
だが、
普通の剣じゃない。
地面が
焼けている。
「……これか」
独り言だった。
周りを見回す。
倒れた木。
焦げた石。
そして、
黒い旗の破れた切れ端。
魔王軍のものだろう。
「影、か」
昨日の傭兵の言葉を思い出す。
影だけ見た。
それで、
敵が崩れた。
足音が聞こえた。
振り返ると、
町の兵士が二人来ていた。
「見物か」
一人が言う。
「少し」
兵士は、
剣の跡を見る。
「昨日だ」
「勇者ですか」
兵士は肩をすくめる。
「そういう話だ」
それ以上は言わない。
スイが、
灰の端を触る。
色が少し濃くなる。
「連れか」
「まあ」
兵士は少し笑った。
「勇者より珍しい」
それは困る。
剣の跡をもう一度見る。
確かに、
ここで何かが起きた。
噂じゃない。
だが、
英雄譚でもない。
ただ、
戦いの跡だ。
町に戻ると、
酒場の煙が上がっていた。
昼なのに、
もう開いている。
「どうだった」
店主が聞く。
「跡だけです」
「それで十分だ」
麦酒が置かれる。
薄い。
だが、
喉は潤う。
「影は?」
「見てない」
店主は笑った。
「そりゃそうだ」
酒場の窓から、
南の道が見える。
勇者は、
もう先に進んだらしい。
スイが、
泡を吸って揺れる。
影は見えなかった。
だが、
剣の跡は残っていた。
それだけでも、
噂よりは
ずっと静かで、本物だった。




