傭兵と薬草酒
町の酒場は、夜になるほど混んできた。
昼は兵士が多いが、
夜になると、
別の顔ぶれが増える。
傭兵だ。
鎧も紋章もない。
剣と傷だけが目印の連中。
俺が麦酒を飲んでいると、
隣の椅子が大きく鳴った。
重たい男が座る。
肩の革鎧が裂けていた。
「酒」
それだけ言う。
店主が黙って出したのは、
透明な酒だった。
小さな瓶。
草の匂いがする。
「薬草酒だ」
店主がこちらを見る。
「こっちはこっちだ」
俺の前にも、
同じ酒が置かれた。
一口飲む。
苦い。
麦酒とは別物だ。
「……効きそうですね」
「効くぞ」
隣の傭兵が言った。
「飲むと、
体の痛みが少し遠くなる」
そう言って、
一気に飲み干した。
顔は変わらない。
慣れているらしい。
「南からですか」
軽く聞く。
「南だ」
短い返事。
「荒れてる?」
「荒れてる」
それも短い。
スイが、
床に落ちた一滴を触る。
色が少しだけ濃くなる。
傭兵がそれを見る。
「面白い連れだな」
「まあ」
それ以上説明はしない。
傭兵は、
もう一杯を頼んだ。
店主が瓶を置く。
「勇者は?」
誰かが奥から聞く。
酒場が少し静かになる。
傭兵は、
しばらく黙っていた。
「見てない」
やがて言った。
「だが」
酒を飲む。
「いたらしい」
酒場が少しざわつく。
「何をしたんだ」
「影だけ見た」
昨日と同じ言葉だ。
だが、
傭兵の言葉は少し違った。
「黒い連中がいた」
「魔王軍か」
「たぶんな」
薬草酒をもう一口。
苦味が舌に残る。
「そいつらが、
一瞬で崩れた」
「勇者?」
「分からん」
傭兵は肩をすくめる。
「光った気もするし、
気のせいかもしれん」
それで十分らしい。
酒場は、また騒がしくなる。
噂は、
すぐに形を変える。
スイが、
足元で小さく揺れる。
薬草酒は、
少しだけ体を温めた。
「南へ行くのか」
傭兵が聞く。
「たぶん」
「なら」
傭兵は笑った。
「勇者の影くらいは
見えるかもな」
それは、
酒場の話としては、
悪くない終わり方だった。




