7話 本当の願いと古い記憶
ドングリをとてもキレイな池に投げ込むと、ポチャンとドングリが音を立て、落ちたところを中心に水の波紋が広げた。ドングリ池の水底にもその波紋と同じ影が落ち、合計二つの波紋がその場にいた者たちの目と音を奪った。投げ込まれたドングリは水の中に入ると、たちまちキラキラと輝く粉になって散ってしまった。俺は両手を合わせ、虹の水晶を我に与えたまえと心の中で唱えた。しかし、手ごたえのようなものを感じることはなかった。祈りが通じたという感覚がなかったのだ。それが一体どういうものなのか知っているわけでもないが、どうも実感というものがなかった。俺はその違和感と呼べそうなもののために、ふと片目を開いた。すると、そこには静かにたゆたうドングリ池と、かたずをのんで見守る動物たちの姿しかなかった。そこで俺は不思議に驚き、ようやくもう片方の目も開いた。
「……祈った?」とキツネが不安そうに問いかけた。
「ほら、叶わないだで」リスは誇らしげに言った。やっぱり自分は正しかったんだと言いたげな様子だ。
「どうして祈りが通じないんだ? 俺は確かに祈ったぞ。虹の水晶を与えたまえって」俺は動揺して動物たちの方を向いて問いかけた。特に、物知りのコマドリに視線を向けた。
「……ラララ~、ドングリ池では~、本当に叶ってほしい願いしか叶わない~♪」コマドリは知識の引き出しを探すように一瞬黙り込んでから答えた。
「へっへっへ、どうやらお前らの頼りであるニンゲン様とやらは、お前らのために本気で思っていないようじゃな!」と唐突にヘビが高笑いをした。
「ヒモは黙ってろ」とリスが言い、ヘビの頭をピシャリと叩いた。結ばれて自由のない強者に対しては強気である。
「仕方ないよ、ニンゲン君は伝説の話に従って、何も知らないまま僕たちを助けようとしてくれているんだから」とキツネが優しい声で慰めるように言った。「だけどまだ諦めないで」
キツネはそう言うと、もう一つドングリを投げてきた。それはキレイな弧を描き、吸い取られるように俺の手に飛んできた。俺は手の中のドングリを見て、再びキツネに顔を向けた。
「そのドングリを使って、ニンゲン君の本当に叶えたいことを願うんだ。僕の勘が正しければ、それが今の状況を打開する唯一の方法だよ。特に根拠はないけれど、僕はニンゲン君の願いを叶えることが最も大切だと思うんだ」キツネは自信に満ちた顔でそう言った。
「おい、オイラの主食を無駄にしないでくれだで」リスは、言い始めは強めに出たが、キツネの揺るぎなさそうな表情に思いがけず委縮したのだろう、言い終わりにはすっかり細々とした声になってしまっていた。
「わかった、やってみる」俺はうなずいてそう答え、再びドングリ池の方へ体を向けた。
俺は二つ目のドングリを池に投げ込む。そして、祈りを願い事をするために静かに目を閉じた。しかし、俺には自分の本当に叶えたい願いなど見当もつかなかった。キツネの言う通り、俺は何も知らずに彼らを助けようと行動している。自分が何者なのか、そしてどこから来て、どこへ向かうのかということもわからないのだ。そんな状態で願い事など見つかるはずもない。自分が何者かわからなければ――。そこで不意にある考えが降りてきた。俺が最も願っていることは、自分が何者なのか知ることではないか? その考えはすぐに確信に変わった。俺は強く両手を合わせ、願い事を口にした。
「俺が何者なのか、教えてくれ!」
願い事を言葉にしたのは無意識でのことだった。口にしてしばらくは心の中で唱えたと思っていたほどである。俺はそのことに気が付くと、ハッとして目を開きそうになった。しかし、どういうわけか目は何者かに押さえられているように開くことができず、意識が別の次元に分離されたような感覚に陥った。
ふと、目の前で何かが動いているのが見えた。二人の人間の腕だ。柔らかい手が自分の頬に触れるのを感じる。顔を見たい。しかし、白いもやのようなもののせいで、そこまで見ることができない。だが、その二人が男性と女性であり、ずいぶんと仲が良いということはわかった。
「この子からは何か特別なものを感じるよ」と男性の方が、優しく包み込むような声で、女性に語りかけた。
「そうね、あなたと同じように、他の子にはない、強い力を持っているように感じられるわ」と女性は美しく繊細な声で答える。
「強い力? 俺はそんな筋肉質じゃないよ」
「そんな力ではないわ」女性は幸せそうに笑う。「あなたには、なんとしてでも私たちを守ろうとする力があるわ」
「もちろん、俺は君たちを守り続けるよ」
「お願いね。でも、もし私とこの子どちらかしか守ることができないことになったら、迷わずこの子を守ってあげてね」
「……わかった」男性は少し躊躇したように間を空けて返事した。そして、突然俺に顔をぐんと近づけた。凛々しい眉に強い意志を感じさせる瞳が見えた。「ルカ、俺は必ず君を守る。約束するよ」




